■ 左文字相談室

   ***

「どうやったら甘やかせるんだよぉ!!」
「それ僕に相談します?」

 急にこの子が部屋に来た時点で嫌な予感はしてましたが、案の定ですよ。僕は息を吐く。「宗三ぁ!」なんて声をかけながら、一拍も待たずに部屋の障子を開けられたときは驚きました。そこに不動が立っていたのだから、ああ、魔王の短刀絡みですね、と察するには難くない。何せ、魔王の短刀であった薬研藤四郎と、この森蘭丸の短刀であった不動行光は、本丸全体公認の恋仲なのですから。
 それにしても。それにしても、不動。あなた、相談相手を間違えてはいませんか?
「だって……あいつには甘えてくれねえと口聞かねえとか言っちまったし……」
「でもいざ甘えられても甘やかし方が分からない、と。あなたも相変わらず、何も考えずに発言しますね……」
 長いため息を吐き出す。
「そもそも、どうしてそんな話になったんです? 喧嘩にしては内容は随分可愛らしいようですけど」
「可愛らしい喧嘩って何……」
「あなた達が今してる喧嘩のことです。それで、どうしてって僕は聞いてるんですけど」
 不動の眉間に、ぐっと力が入るのが見えました。視線を彷徨わせ、ぽそりと一言。
「……その……夜の、行為で……いつも俺、任せきりだから…」
「そうでしょうね。不動が積極的に引っ張る立場になるとは思えませんから」
「…何で分かるんだよ。……どうせ俺は主導権も握れないダメ刀ですよぉ……」
「ダメ刀と言うよりも性格の問題でしょう。それで?」
 適当に返すのは、まともに取り合っても無駄だからです。また自己卑下の無限回廊に突入しようとしている不動に、すかさず本来語ろうとしているものの内容の先を促しました。
 自分で言うのも何ですが、慣れたものですね、僕も。
「……何か、いつも薬研ばっかに頼っちまって……考えてみれば、何でこいつは俺に甘えてくれねえのかなって……」
「はあ」
「それで、甘えてくれって言ったら……薬研が、自分が甘えるのは恥ずかしいとか、言い始めて」
 自分の不安要素を取り除きたい。だから不動が、薬研に「甘えてくれ」と言ったのでしょう。その時点で、既に甘えているのは不動の方のように思えたけれど、本人は気づかないんだろうなと思いました。まあ、わざわざそこまで言ってやる義理もありませんから、無視しましたが。
 それより、僕は薬研が誰かに甘えている姿を想像してみました。でもすぐに頭には浮かんでこない。一期一振ですら、あまり甘えてもらえないと発言していたことを見たことがあります。
 なるほど柄じゃないんでしょう、でも不動はそれでは我慢ができなかったと。そういうことですね。
「結局、薬研は甘えると言ったんですか?」
「……いや……わっかんねーけど……甘えてくれねえなら口聞かないって言って、それっきり」
 ………本当に先を考えないで発言をしますねぇ…。
「…それって、不動は耐えられるんですか?」
「既に後悔してる……」
 顔を覆っている不動に肩を竦めた。何してるんです、この子は。
 ゆらゆらと落ち着き無く体を揺らして、それから不動は持ってきていた甘酒を掴んで一気に呷りました。ぷはっ、と息を吐き出しながら、
「つまりさ! 薬研がさっさと俺に甘えてくれりゃあ、何も問題ねえの!!」
「……あの子がそう簡単に甘えてくれるとは思えませんけどねえ……」
 甘え下手だし、普段から頼られる立場の薬研藤四郎。ちょっと甘えている姿というのは、今のところ、不動には申し訳ないけれど、想像ができません。
「だから! 相談に! 来たんだろうがぁ! …ひっく」
「ですから、相談相手間違えてるでしょう、もう酔っぱらってるんですか」
「……だって……」
 頬を膨らませて、拗ねたように顔を背ける不動には呆れますが、一方で、随分わかりやすい子になったなと思いました。顕現したての頃は、人の感情に戸惑ったり、ひたすら、かつて注がれた愛を返すことができなかったことを悔やんだり。だから周りの、仲間としての愛も怖くて逃げ出して、拒絶して、誰も手がつけられなかったりと散々な状態が多かった。
 これもきっと、どんなに拒絶をされても、頑なに愛を注ぎ続けた薬研の賜物なんでしょうね。……まあ、嫌いじゃあありませんよ、不動。今のあなたは。
「……宗三はさぁ…弟を甘やかしたり、しねえの」
「……してるんですけどね、これでも。前よりは」
「それで?」
「これで」
 遅れてやって来た不動には、やはり僕と小夜の、兄弟としての距離が遠いように見えるんですね。かなり前進していると言われてはいるんですが、あくまでずっと古参の彼らが見ればの話というわけですか。
 僕はそっと嘆息した。小夜は大事な弟ですが、どうも、距離の測り方が難しい。どうしても、空回ってしまう部分が多くなる。
「……同じ、左文字の兄弟とは言え…思うところは色々ありますからね」
「へえ……そんなもんか……」
「あなた、長谷部が嫌いでしょう?」
 不動の表情が固まり、不快そうに眉間に皺が寄せられます。何で急にそんなことを、と言いたげな目を向けられますが、僕は言葉を待ちました。
「……だって、あいつは、信長様のことを……」
 顔を俯かせて、そう言う。甘酒を飲んでいたのに、ただこれだけの問いであっという間に素面に戻ってしまうのは、酔いでは誤魔化しきれない感情だからなのでしょう。
「悪く言うから、ですか。でもそれは、直臣ではなかった男に、他でもない魔王が彼を下げ渡したことや……他にも色々あるからこそだと思いますよ。かく言う僕も、魔王のことはあなたのように盲目的に信頼することなどできはしません」
「っ! 誰が盲目的にって…!」
「ですが。……人の身を得てわかったでしょう。僕たちは口に出すことが全てじゃない、と」
「……」
「僕と小夜と……江雪兄様も同じですよ。僕たちは兄弟で、相手を思いやり、大切に思う心は確かにありますが、だから甘やかすことができる、甘えることができる、というものではないんです」
 僕の発言に苛立ちを露わにして腰を浮かせた不動でしたが、何ともいえない顔で結局座り直しました。僕の言葉を鵜呑みにする時点で、根っこが素直なところはどんなにやさぐれていても変わらないと感じます。
 つっけんどんに振る舞いながら、周りを拒絶しながら、顕現したときから結局、誰かの言葉は信じてしまう。危うい子。
 僕たちは、人間よりも遙かに長く世に残る。だから、否が応でも沢山の経験をする。無論、焼けて、消えてしまった刀がどうなのかは、わからないけれど。少なくとも、過去にとらわれている側面が大きい不動には、わかりやすい話ではないのでしょうか。
 暫く、部屋の中に沈黙がおりました。やがて、戸惑った様子で、不動が口を開く。それはとても暗くて、重い……
「……じゃあ、薬研が俺に甘えてくれないのは……俺が甘やかすとか、そういう問題じゃなくて……恥ずかしい以外に、本当は思うところがあるって、ことなのか……あいつ、甘えるのが、怖いのかな…」
「いえ、そこは純粋に恥ずかしいんだと思います」
「違げぇの!? 何で!?」
 一瞬とてつもなく重い話になろうとする気配がありましたけど不動、残念ながらそれは違いますよ。間違いなく。
「今の流れだとそうなるじゃん! 薬研はその、あの、…あの日に、…だからっ、色々思うことがあるとかそういうのじゃん!」
「非番の日に僕の部屋に来て不動が昨日も可愛かった≠ニか言われている時点でそういう重い気はまずないかと」
「今の発言は正直聞きたくなかったなぁ! あいつ何話してんの!? 馬鹿なの!?」
 所謂惚気が始まると止まらなくなる薬研を知らないのは、あなたがいる場所では絶対やらないからですよ。多分頼られる立場でいたいから、そういう……情けない、というか。無防備な自分を見られるのが嫌なんだろうとは思いますが。そういう意味では、不動が薬研の恋仲でいるというだけで充分、「甘やかしている」ことになると思うんですが……まあ、言っても納得しないんでしょうね。
「……じゃあ、何? やっぱり俺がダメ刀だから甘えてもらえねえの?」
「そうなると、僕もダメ刀だから、あまり小夜に甘えてもらえないということになりますよ」
 瞬間、不動はうっと顔を歪めました。自己卑下は激しい割に、自分以外の刀の自己卑下に関しては毛嫌いするこの短刀、しかもその発言の原因が自分となると、ばつが悪そうに、こうした表情になります。
 前に、小夜にも同じ顔を向けていたことがありますね。あと山姥切でしたか。
「……とまぁ、意地悪はこのくらいにして…僕たちの場合は、先ほども言いましたが随分前よりはだいぶ、距離を縮められているんです。だからこれからも、無理なくゆっくり、距離をはかって行こうと思います。それから甘えてもらえて、僕も小夜を甘やかすことができて…僕も、江雪兄様に甘えることができれば。たとえ遅くても、良いと思っていますよ。……ですが」
 物凄く顔を歪めている不動を見て、僕は自分の表情に呆れが滲むのを感じました。
「……あなた達は口を聞かない約束をしてしまっていますからねぇ…」
「ほんっとにマジで後悔してるそこに関しては……」
 つまり、僕たちとは違って、不動と薬研の場合は長い時間をかけるというのはどちらも地獄でしかないというわけで。
 ……つくづく思いますが、あなた達って二人揃うと恐ろしく阿呆な部分が見え隠れしますよね。
「本来ならそういうのは時間をかけてゆっくり修正していくものですよ。性分なんて即日で変えられるものではありません」
「ううっ、説教やめろよぉ…後悔してるって言ってるだろぉ……」
 両耳に手をあてて唸る不動。
「……いっそ、もう会ってきて、撤回してくればいいではありませんか」
「それは、なんか、嫌だ」
 なんて面倒な。
「……はあ。自発的に薬研が甘えてくる可能性は低いと思いますけどね、僕は」
「………じゃあずっと口聞けねえってことかよ……」
「でも薬研もあなたと口を聞けないのはかなり痛いはずです。なら、あなたが積極的に甘やかして、甘えやすい状態を作ってあげればいいんじゃないですか? そうしたら、万に一つはなくとも、億に一つくらいの可能性で甘えてくれるかもしれませんよ」
 半ば投げやり気味に提案したのですが、思ったよりも不動の目が輝きました。……本気ですか、あなた。
「甘えやすい状態……! …いや、でも、俺甘やかすって、よくわかんねえし…そうだよ、だから、甘やかすってどうやるのかって宗三に聞きに来たんであって……!」
「僕が参考にならないことくらい、もうわかったでしょう」
「だけど……だけどぉぉ……!」
 他に誰に相談すれば、と突っ伏して、くぐもった声で嘆く不動に、参ったなと思いました。本気で悩んでいるのはわかっているのですが、本当にこうした手の相談事は僕は適任とは言えません。かと言って、甘やかすことが上手いと言える薙刀の彼や、薬研の兄なんかとは、不動はほとんど話しません。急に相談に行くというのは無茶でしょう。
 不動がある程度普通に喋ることができて、かつ、甘やかすことができる刀。……そう考えたところで、一人の短刀と共に頭に浮かんだ刀の名前を挙げる。
「……へし切長谷部」
「……ああ?」
 思いがけない名前だったのでしょう。先ほどの話からまた、脈絡もなく登場した名前に、不動は顔を此方に向けました。
「あなた、長谷部と似ているでしょう」
「似てねーよ! ふざけんな!」
「……じゃあ、長谷部は甘やかすのが上手だと思いますか?」
「え……」
 不動は思い出すように首を傾げ、視線を暫く空中に投げました。でも案がいすぐに、ふるりと横に振ります。
「……上手くねえと思う」
「そういう点ではあなたと似ている。それは否定できないでしょう?」
「う……まあ……」
 現に、甘やかし方がわからないと言っているのだから、否定はできるはずがありません。
「でも、博多が長谷部に甘えているのを見たことが、僕はあります」
「はかた? ……ああ、あの、薬研の弟の。…そういえば並んで歩いてるとこ、見たことあるなぁ」
「博多が甘えるのが上手ということもあるかもしれませんが、もしかしたら、甘えやすい何かが長谷部にはある、ということかもしれませんよ」
 僕の言わんとしていることに気づいたようで、不動の眉間の皺は今までの会話の中でも一番深く刻まれました。
「…え、何。つまりへし切のところに相談行けって言ってんの?」
「その方がまだ実りある相談になると思いますけど」
「無理だよ! 俺、あいつと喋るとすぐ喧嘩になっちゃうし、そもそもあんな奴…っ」
「でも、他に相談事をまともに喋れる刀、いないでしょう?」
 言葉を詰まらせている不動は、なんて面倒な子なんでしょう。嫌いだ、嫌いだと口で言うほど、この子が長谷部を嫌っていないことくらい、僕には分かります。いえ、この本丸にいる刀のほとんどが気づいているのではないでしょうか。気づいていないのは、本人だけです。
「……ううう…へし切か…うう…うううううう……」
「悩みますねぇ……」
 悩んでいる時点で、相談に行きたい気持ちはあるくせに。もっと自分に正直に行動したらどうですか。……気持ちは分かりますけど。
 延々とうなり声が響くので、僕は試しに一言、添えてみました。
「……色々我慢して長谷部に頼って、上手いこといけば、すぐに薬研と口が聞けますよ」
「行ってくる!!!」
 ガタンと音を立てて立ち上がり、障子を開けて外に出ようとする。でもその直前、足を止めて、此方を振り向くと、ちょっと澄ました顔をして、言いました。
「……ありがとな、宗三」
 大股で出て行き、廊下を歩き去っていきました。
 予想以上に、僕の一言が効いたようで、行動の早いこと早いこと。何て、容易い……。呆れ半分、驚き半分の気持ちで深く深くため息を吐きました。まあ、上手く行くことを祈っていますよ、不動。
 ……そして、長谷部。適当に頑張ってください。



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