■ 序章

「くっ…!!」
 とっさに手をついて宙返りをした。再び体制を立て直す黒い着物の少女は、十三番隊所属の死神・朽木ルキアだ。
「大丈夫か、ルキア!?」
 そのルキアに駆け寄ってきたのが、オレンジ色の髪をもつ死神代行・黒崎一護。
「ああ。しかし…」
 コクリと頷き、一護も正面を見据える。
 そこには、巨大なバケモノ・虚(ホロウ)の姿があった。しかし、普通ならもう少しサイズは小さい。
「なんなんだ、コイツ…!? 霊圧も攻撃も、普通の虚と比になんねぇぞ!?」
「破道の三十三! 蒼火墜(ソウカツイ)!!」
 ルキアが突き出した掌から、青白い閃光が飛び出し、それは虚の仮面に激突した。しかし、虚には少しの傷もついていない。
「これではラチがあかぬ…」
 一護は右手を左腕に添え、斬魄刀・斬月を正面に突き出す。すると、彼の霊圧は爆発的に上昇した。
「卍・解(バン・カイ)っ!!」
 細い日本刀へと姿を変えた斬魄刀・天鎖斬月を手に、一護は改めて虚を見据えた。
「天鎖斬月!」
 ならば私も、と言わんばかりに、ルキアは手に持っていた斬魄刀・袖白雪(ソデノシラユキ)を華麗に振るい始める。
「舞え、袖白雪」
 ヒラリ、と柄の先端から、まるでリボンのような白い布が現れ、切っ先から柄までが純白に染まる。
 瞬歩で虚の周りを一周し、それと同時に袖白雪で巨大な円を描く。
「初(ソメ)の舞……月白!!」
 白い光を放ち、ピシピシという音と共に、虚の足元から自由を氷で奪っていく。やがて、光は一層強さを増し、天に向かって鋭く伸びた。そして、その光とほぼ同じ速さで、氷が虚を侵食していった。
「今だ、一護!」
 一護が大きく跳躍し、凍り付けにされた虚に向かって、斬月を力強く振るう。
「月牙天衝(ゲツガテンショウ)オォォォ!!!」
 激しい斬撃が直撃し、それに伴ってルキアによって出来ていた氷柱も、ガラガラと崩れた。
 これでおそらく倒せただろうと、一護とルキアがそろって力を抜いた時だった。
 モウモウと立つ煙の中から、水色の液体が、ルキアに向かって飛んできたのだ。
「あっ!?」
「ルキア!!?」
 その液体は、例えるなら瞬間接着剤であろう。液体ごと地面に押し倒され、ルキアの身体はその場に固定されてしまった。
 そして、煙が消えると、虚はここぞとばかりに、ルキアに向けて鋭利な爪を振り下ろした。
「ッ!!!」
 ギュッと目を瞑ったルキアだったが、どういうわけか、痛みを感じない。恐る恐る目を開け、最初に瞳に映ったのは、地面に赤い斑点の模様を描く、血…。上目遣いで一護を見上げると、そこには背中にまともに爪を受けた一護が立っていた。
「一護ッ!!!」
「ぐっ………………はぁっ……はぁっ………月牙…」
 奥歯を食いしばって、背中に走る激痛に耐えながら、虚に向き直り、斬月を力のある限りで振るう。
「天衝ォォ!!!」
 しかし、その攻撃は虚の右腕にはじかれてしまった。
「チッ…!」
 一護は左手を自分の額の前に持っていき、掻き毟るような仕草をした。すると、黒いオーラが放たれ、一護の顔に虚の仮面が出現。彼は『虚化』をした。そして再び、
「月牙天衝ッ!!」
 叫び、斬月を振るった。すると、黒い斬撃が先ほどの月牙天衝よりもはるかに威力を増して、虚に迫った。
 それは虚をいとも簡単に両断し、虚は消え去った。
 一護は仮面を消し、『虚化』を解く。
 ルキアに向き直り、妙な液体を斬月の刃で剥ぎ取り始める。
「一護ッ……すまぬ…」
「ははっ…気に…すん…な…」
 とたんに視界が激しく歪み、一護は倒れこんだ。
「一護!? 一護っ!! 一護、しっかりするのだ! 一護ッ!!!」
 ザアッ…
 一護の卍解状態も、一瞬にして消えてしまい、斬月も元の巨大な斬魄刀の姿に戻ってしまう。
「一護! 一護!!!」
 身体が固定されて動けないルキアは、呼びかけることしか出来ない。
「一護!! ――――ッ!?」
 倒れた一護の背中からの出血量に、思わず絶句した。

「一護!!!!」



『海燕殿…!』

 危うく、ルキアは涙が出そうになる。それでも、必死になって一護に呼びかける。


「一護! 一護!!」




『海燕殿…! 海燕殿ッ……!!』





 もう、大切な人を失いたくないと、死なせたくないと、迷惑をかけたくないと…

 自分の未熟さのせいで、誰かが死んでいくのは、嫌だと、
 



 心の底から…



 思ったのだ。

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