■ 一年前の大喧嘩

   ***

「ってことがあったよなぁ」
 からからと笑いながら杯の水面も、自分の肩も揺らす彼に、不動は顔を顰めた。
「余計なこと思い出してんじゃねえ」
「ん? あ、見るか?」
 不動が顕現して間もなくあった大喧嘩のとき、火傷の痕を見せた方の手をひらひらと振っている薬研に肩を竦め、遠慮しておくと答えた。
「お前、その火傷、見せるの抵抗なさすぎだろぉ……」
「でも別に痛くもないし、俺としてはただあるってだけなんだがなぁ」
「生々しく映るんだよ、周りには」
 いまひとつその感覚が分からん、と首を傾げる薬研は、一年前と比べて少し雰囲気が変わった。政府に許されたとかで、彼は一時期修行に出ていたのである。その修行先が織田信長の元だと聞いたとき、不動は動揺したし、薬研のことを心配に思ったりもした。
 でも届く手紙は実に淡々としたもので、悲しみに暮れた様子もなかった。戻ってきた薬研の強さには、お前は一体どんな修行してきたんだと小一時間問いつめたくなる程度には驚かされたが。
「しかし一年経って知る事実があるとは思わなかった」
「お節介だよなぁ」
 肩を竦める薬研に不動が首肯。二人してしみじみと言うのは、一年前のこと。「久々の再会を果たしたときは酷い喧嘩をした」と思い出話から始まったのだが、夕餉の際に不動が部屋で一人で食事をとろうとしていたのは、燭台切によって手が回されていたためだと、今更ながら発覚したのだ。喧嘩したばかりで顔を合わせるのは気まずく、部屋を出るのが億劫だろうからと、直々に食膳の配達が部屋にあったらしい。他でもない燭台切によってだ。実際億劫であったし、あのときは薬研の顔も見たくなかったので、有り難くそのまま部屋に居座ることにしていたらしい。そこに喧嘩相手が食膳を持って訪問するのだから、心臓に悪いことこの上ない。
「二人で話す場を設けるためって、他にやり方あっただろ……」
 思い出してげっそりする不動に、でも仲直りできたから結果論として良かったと薬研はあくまで前向きだ。
 ふと気配を感じて、二人は首を回した。廊下を歩いてきたのは、宗三だった。
「おや、珍しい。酒盛りですか」
「おう。今日は月もなかなか良いのが出ててなぁ」
 すぐに薬研が答え、その隣で不動がこてりと首を傾げた。
「……宗三もやってくかぁ?」
 きょとんとした顔。慌てて表情を改めて、仕方ないですね、と言った表情に直す。
「一杯だけですよ。僕、明日出陣なんですから」
「お、いいねぇ!」
 一杯だけとはいえ、断らないのもまた珍しい。薬研が上機嫌に胡座をかいてその膝を叩いた。
 それを見た不動が、思わず、あ、と声を出す。
 勿論、気づかないわけがなかった。宗三も、薬研も、お互いの顔を見合わせて、表情を緩めた。膝を叩きながら、歌った。

「 不動行光、九十九髪。人には五郎左御座候 」

 その歌を聞きながら、不動行光は今日も、笑っている。







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