■ Trojan Horse.9

 振るった斬魄刀の刀身から、一瞬にして氷の飛龍が生み出され、女性破面に向かって猛進する。そこに、灰の刃が渦を巻きながら合流し、爆発的な力をもって迫って行く。
「子供騙しにもほどがあるよ」
 ティファニーの瞳が剣呑に帯び、鎌を一振りすると、それを全て一刀両断して無効化してしまった。が、爆炎が舞い上がったところに、鬼灯丸を携えた一角が斬りかかる。
「じゃあ真っ向勝負と行こうじゃねえか!」
「冗談、勝負にもならないよ」
 槍と鎌とがぶつかり合い、衝撃で死神の腕がびりびりと痺れる。思った以上の固さに、思わず顔を顰めた。
「おもしれぇ!」
 同時に浮かんだのは狂気的な笑みだ。強者を前にする十一番隊の性とでもいうのか。
 だが、笑みが浮かんだのはティファニーもだった。
「退け斑目!!」
 逸早く気付いた日番谷の怒鳴り声が飛ぶ。と、彼の肩口に深々と鎌が見舞われた。
「ぐぁっ……!?」
「一角!」
 弓親が叫び、ティファニーの正面に飛ぶ。藤孔雀を振りかぶるが、そこで一角を捨てるように横へと追いやると、破面は不敵に笑う。
「次はキミか」
 だが、破面の表情が一変する。視界が青く染まったのだ。思わぬ爆撃に思わず身体が傾いだ。が、自分よりも盛大に叫び声をあげたのは弓親だ。頭から煙を伸ばしながら震え声を出しつつ振り返る。
「瑠璃谷隊長! 僕がまだいたから!」
「あ、ごめん……」
 青い閃光が走ったその原点にいたのは乱菊であり、明らかに鬼道を放ったと思われる手を伸ばしているのは彼女の腕の中にいる夜光である。あのような状態で狙いを定め、蒼火墜を放ったとなると、彼女もまた底知れぬ根性を持っているとでも言えばいいのか。乱菊が苦笑いを零しているので、恐らく制止しても夜光が聞かなかったのであろうことは傍目で分かる。
 徐に瞳が動き、夜光の目がティファニーに向く。
「………へえ…………あんた……そう……」
 見返していたティファニーが、夜光の目にそんな呟きを漏らす。
 死神らは言うほど気にした様子もなかったが、夜光だけが怪訝そうに眉根を寄せた。だが、すぐに破面が自分から視線を外してしまったので、それ以上の言葉を聞くことはできなかった。
 そんなティファニーの背後に、恋次が飛びあがってくる。動きの機敏さを失いつつも、出せるだけの力を振り絞って蛇尾丸を振るった。しかし無論、そんな攻撃を彼女が簡単に受けるはずもなく、軽く身を捻って躱すと、伸びていた蛇のような刀身を鎌で叩き割った。
「チッ…!」
「クズはクズらしく、反抗せずに死んでなよ」
 間一髪で離していた刀身を繋げ直したが、次に飛んできたティファニーからの、鎌に変形していない方の手による裏拳は躱しようがなかった。咄嗟に肩を突き出して顔面への直撃は避けたものの、代わりに受けた肩への被害は甚大だ。
 声にならない呻きを漏らして、破面との間の距離を開ける。どう考えても手負いの自分は足手纏いにしかなれない。自身の力不足を感じて恋次は顔を顰めた。そこへ、肩にじんわりとした温かみを覚えて振り向く。いつの間にか近くにまで来ていたルキアが、裏拳を受けた部分に掌を翳していた。
「ルキア……!」
「遅くなってすまぬ。もう話は済んだ」
 戦った、のではなく、「話は済んだ」とは一体どういうことなのか。ティファニーの方に視線をやると、なるほどルキアを名指ししていたガレットも、彼女のところに合流しているところだった。
 どう斬魄刀を振るっても、ティファニーに妨害されてガレットとルキアが対峙しているところに力添えをすることができなくて不安に思っていたのだが、不思議なことにルキアは、ガレットとの一対一の戦いにおける傷は見られない。ルキアの斬魄刀の能力としか思えない氷柱も見えていたし、ガレットも斬りかかっていたのを目撃していたが、怪我が一切ないのは妙だ。まさか、申し訳程度に戦っていただけで、本当に話していただけだったのだろうか。
 ―――ということは、一体、何を?
 ―――敵と言葉を交わすとしたら?
「……何か分かったのか?」
 治療を施してくれている相手に尋ねれば、少し肩をすぼめるだけだ。
「ああ。奴らに絶対に一護を渡してはならぬ、とな」
「何だそりゃ」
 そんなの、当たり前じゃねーか。
 訳が分からないと言いたげに眉を顰めるが、それ以上の説明をする気はルキアの側にはないらしい。勝手だなぁと思う一方で、怪我をしていないことに関しては安心する部分があった。
「――! ルキア!」
「……!?」
 恋次の声に顔を上げて、ガレットの指先がこちらに向いていることに気付いた。治療を施している今は、どうしても反応が鈍る。怪我を治す、という鬼道の使い方は、かなりの集中力を伴うのだ。ましてや、治癒鬼道の能力に特化した四番隊でもないルキアがそれを行おうとすれば、瞬発的な反応をするのは難しい。それは、分かっていた。それでもこのままでは、恋次があまりに危うい。歯噛みして、せめてもう少し回復をと手に力を込める。
 それは恋次も分かっていたのだろう、鬼道で何とか対処しようと、口を開きかけた。
「“灰猫”!!」
 瞬間、恋次とルキアの周辺に、灰の姿と化した刃が舞う。それは壁となって、ガレットの放った虚弾を弾いていた。乱菊の方を見やると、ぱちんと片目を閉じられる。日番谷先遣隊の中でも、恋次の力がかなり削られた状態での戦闘は戦力をかなり削られているのと同義だと、共通の認識があるのだろう。折角ルキアが治療をしているのに、鬼道などで霊力を浪費するのは勿体ないといったところだろうか。乱菊の臨機応変な対応には、普段の言動からは想像しにくいので舌を巻く。
「ちょっとガレット、何で虚弾なのさー」
 一方、ティファニーが不満そうに声を漏らした。虚閃だったらあの程度の防御壁突破できたのに、と眉を顰めている。
「いや、どうせ弱いしこの程度でもいけるかなーって思ったんだけどなぁ…」
 大した問題にはならないだろう、とガレットは軽く言って頭を掻いた。
 仕方ないなあと頬を膨らませるティファニーが、本当の彼女である。無論、死神に対してそのような態度はとらないが。
(……しっかし…戦いにくくなっちまった気が少しするな)
 誰に言うでもなく、ただ一人心の中で呟いて、溜息を吐く。
 互いに一護を――ナリアを大事にしていることは分かってしまった。本当の仲間だと信じた上で、お互いに目的は一緒のはずなのに、ただ破面と死神というだけで刃を交えなければならない現実に、よくできていると笑いでも漏らしたくなってくる。死神以外の神がいない以上、誰に何をというものではないのだが、仮に万物の神がいるのだとしたら、この世界の構造について座布団の一枚でも投げてやりたい気分である。よくもまあここまで、うまくいかないという意味では素晴らしくできた世界だ、と。
 ルキアが少し腰を屈め、自分の足に手を添えて大雑把ながらも治療している様子がうかがえた。
「なあティファニー、あのチビ死神が治療終わるまで待ってやろうぜ」
「…ねえガレット、本当に惚れちゃったとかないよねぇ…?」
「絶対にございません。そうじゃなくてよ、このままだと俺らの圧勝になっちまうぜ。そんなのつまらねぇし、一応短期間でもナリアを世話してもらったわけだから、軽い反抗くらいさせてやろうっつってんの」
「あっまー……そんなだからいっつもバートンに呼ばれないんだよ〜?」
「はい傷ついた。やめろな、そういうの」
「でもユウだって待ってるし。そもそも世話してもらっちゃったからこんな面倒なことになってるんでしょ」
 ティファニーの瞳が剣呑に帯びていることに気付く。今は少し頭が冷えて、こうしていつものように言葉を交わすことができているが、いつまた激昂するか分からない。本当は、もしかすると何かをしたのは破面側なのかもしれないということを伝えて相談したい気持ちでいっぱいなのだが、今言っても火に油を注ぐようなものだろう。破面にして死神の肩を持つ気か、と怒りを爆発させるに違いない。
(そいつは避けたいんだがな…)
 そっと唇を舐める。ティファニーの実力を知ってしまっているだけ、変に刺激はしたくはない。止め切れるかどうかも定かではない。が、ここで自分が死神側につくのは違うと思うし、死神側につくという考え自体は実際のところないのだ。だが、ただ「ナリアを助ける」という、それだけを考えると、自然にこういった形にしようとしてしまう自分がいるのだ。
「それに、」
「あ?」
 彼女の声に視線を前にやり、ぎょっとする。
 目の前に瞬歩で現れていたのは、日番谷と一角の二人。それぞれの斬魄刀を大きく振りかぶっていたのだ。
 咄嗟にガレットとティファニーは響転でその場を離れ、二つの斬撃を躱した。
「余裕ぶっこいてるかと思ったらこの反応の速さ! おもしれぇ!!」
「そう簡単に隙は突かせてもらえないか」
 嬉々としている奇妙な死神と、冷静に目を細める死神。彼らから感じ取れるものは、敵意と殺気、死神としての誇り。そこから、ここは戦場なのだということを改めて思い出す。
「死神の方が休憩時間いらないって言ってるみたいだし?」
「あらー……」
 ――――人が折角気ぃ遣ってんのに…!
 到底言えはしない毒を吐き、それから、ルキアに視線を戻してみると、すでに痛みは引いたようで斬魄刀を構え、恋次と共に此方を睨みつけていた。しかし、先ほどまでのように、彼らの目を「死神の嫌悪な目」と捉えることは、残念ながらもうできそうにない。話さなければ良かった、と頭の端で思ってから、また唇を舐めた。
(あーっ…めんどくせぇなぁ畜生…! ナリアと馬鹿やりてぇよ畜生!)
 八つ当たりの思いで、顔を上げた。その視線の先では、ナリアとバートンが激しい剣戟を繰り広げ、火花を散らしていた。
 傍目でも分かるほどに、ナリアは、圧されていた。

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