■ We never call him but he answers us.6

「え――――っ!? まだ隊長戻ってきてないの!?」
 桐生の絶叫に、二人の男は揃って呆れ顔で頷いた。
「一回連絡はとったんですけどね…“もう少し待て”と…」
 ちなみに、零番隊隊長の黒崎一心が“もう少し”を言い始めて、早一ヶ月である。
 黒髪の男が片手を額にやり、唸った。
「信じられねぇ…あの人、俺達のこと過信してんの? それとも単なるイジメ?」
「龍桜(りょうおう)なら、たしかに任せられそうだしね」
「本っ当に勘弁してクダサイ…」
 泣きそうな心境である。
 桐生も、腕組みをして溜息を吐くしかなかった。
「まぁ、隊長のことだから、絶対正当な理由があるんでしょうけど…こっちも余裕ないってのに…」
 龍桜が軽く首を傾け、
「あー…十四郎さん?」
 と尋ねれば、彼女は首肯した。
「昨日、陛下とお会いしたって聞きましたけど…本当なんですか?」
 金髪の男は、桐生がまた頷いたのを見て、うわぁ…と声を漏らす。
 “霊王”は『崩玉』を封印して以来、王家の者達と面会する数もめっきり減っていた。実際、好き好んであの堅苦しく呼吸困難に陥りそうになるような“霊王”と面会する者などいないのだが、それでも衰弱しているのは明らかだった。
 それで、どうして浮竹が“霊王”と面会できたのかといえば、他でもない“霊王”が会いたがったからなのだろう。
「浮竹さんって、体弱いんでしたっけ。霊圧にアテられちゃったとか」
「ふざけるのは止してちょうだい、蘭(らん)」
「ごめんなさい」
 蘭は慣れた動きで土下座した。いつものことだ。
「でもまぁ、そりゃあ怒るだろ、十四郎さんなら」
 龍桜がアッサリと言うので、桐生は恨むような視線を送る。
「あのね…浮竹が本気で怒っちゃったの。私じゃどうにもできないの。というか、今は彼に近づきたくないわ。眼力だけで殺されそう」
「桐ちゃんが怒った時の方が、僕は怖いです」
「蘭……」
「ああっ、そんな目で見ないでください! 冗談です! 一割!!!」
 涙目で土下座する蘭の頭を足で踏みつけ、二回ほどつま先をぐりぐりとひねって、桐生は溜息を吐いた。
「ただでさえ人手不足なのに、あれじゃ浮竹、話も聞いてくれない気がする…」
 龍桜が肩を竦めた。
「俺、十四郎さんが怒ったところ見たことないんだけど、そんな怖ぇの?」
 桐生は真顔で、こう言い放つ。
「本気で怒った総隊長と卯ノ花隊長を足したのよりも怖い」
「成程、すげぇわかりやすいな。十四郎さんヤベぇ」
 やがて三人は顔を見合わせ、がっくりとうなだれた。
 頭を踏みつけられた状態で、「あ」と蘭が声をあげる。
「桐ちゃん、そういえば、時間大丈夫ですか?」
「え?」
「あ、ほんとだ。お前、そろそろ行かないとヤバくね? 間に合わなくなるぞ」
 一瞬停止してから、桐生もようやく思い出したように目を見開くと、慌てて走り出した。
「龍桜、蘭! 浮竹のご機嫌とり、頼んだわよ!」
 そう言い置いて、さっさと瞬歩で消えていった。
 残された二人は、揃って沈黙した後、龍桜が歩き始める。
「というわけだ。蘭、頼んだぜ」
「面倒事全部僕に押し付ける癖、なんとかしませんか?」
 しかし、その言葉が言い終わる前に、さっさと龍桜も姿を消していた。いつものことながら、蘭も今回ばかりはなかなか嫌な仕事であった。
 さて、どうやって浮竹の機嫌をとろうか…。


 四番隊綜合救護詰所に入れられていた日番谷と狛村は一日で仕事に復帰したが、夜光は三日目の今日も相変わらず病室のベッドに横になっていた。表向き、“まだ気分が悪いと本人が訴えた”ことが原因で、退院を先延ばしにしたことになっているが。
「やってらんない…」
 うんざりと呟き、息を吐き出す。
 実際は、背中の傷の痛みが増している等から、昨晩密かに受けた精密検査の結果待ちなのである。
 五番隊の仕事を全面的に任せる形になってしまっているので、早々に隊に戻りたいのだがそうもいかない。
 ふいにノックの音がして、「はい」と答えた。
 入ってきたのは、四席にまでなった山田花太郎だ。もっとも、気弱そうなところは一切変わっていないけれど、そこが彼の良いところでもある。ちなみに、七席のとき兼任していた第十四上級救護班班長は一昨年、六席の死神に移されて、今では第八上級救護班班長を兼任している。
「瑠璃谷隊長、傷の具合はどうでしょうか?」
 苦笑して、首を横に振る。ズキズキと痛み、体を起こすのも困難だ。
 花太郎の手を借りて、漸く上半身を起こす。体が鉛のようである。
「ごめんね、花」
「い、いいですよ! それより、また処置しますから、こっちに背中を向けてください。包帯はあとで虎徹副隊長が替えてくれると思うので、今は上から鎮痛しますから」
 夜光は言われたとおりに背中を向けて、白い着物を上半身だけ脱ぐ。きつく、幾重にも巻かれた包帯が露わになった。
 花太郎は気を引き締めると、両手を包帯の上からかざす。掌が、薄く光り始めた。
「そういえば、頭の方はどうですか?」
 夜光は、破面化した一護が現れたとき、卍解状態で派手に狛村と衝突するという事故に遭った。あちらも卍解、こちらも卍解では、当然衝撃は恐ろしいもので、脳震盪を起こした上に出血もあったのだ。
「うん、大丈夫。狛村隊長とぶつかっただけだし、おでこのは一日で治ったよ」
 わざと得意気に笑ってみたが、花太郎は「よかったぁ」と呟きつつも、顔は能面のようであった。
 …やっぱりか…。
「ね、花。訊きたいことあるんだけど」
「…………」
「…おーい、花〜…」
「…………」
 多分、意図的な無視ではなく、本当に気付いていないのだろう。だが、これだけの至近距離だと、少し不快だった。
「…花…」
「…………」
「山田花太郎第四席!!!」
「わぁ!? す、すみませんごめんなさい!!!」
「あ、いや、謝ってほしいわけじゃ…」
 花太郎は、四席になっても七席の時と同様に、三席の伊江村八十千和(いえむらやそちか)にしばしば怒られている為、未だに謝罪癖は直っていない。
「え? あ、す、すみません!!!」
 このままだと、花太郎は謝罪スパイラルに迷い込んでしまう。
 夜光は咳払いをして、口を開いた。
「あのさ、訊きたいことがあるんだけど、よろし?」
「なんでしょうか?」
 視線を前に、背中の傷の鎮痛処置を受けながら、はっきりとした声でこう尋ねた。
「余命、かなり短くなってた?」
 瞬間、花太郎が息を呑んだ。
 質問攻めにはせず、夜光は彼の返答を待つ。
 妙に喉が渇いたので、あとで何かを飲みに行こうかな、と考え始めたとき。
「な…何言ってるんですか?」
 と、花太郎が中身のない笑いを漏らす。
「瑠璃谷隊長は、この怪我を負ってからちゃんと治療を続けてますし、そんなことありませんよ! 寧ろ、あと一年弱っていう余命も延び始めてるくらいです!」
「………」
「心配することなんかないですよ! 卯ノ花隊長だって、瑠璃谷隊長の容体は、少しずつ」
「花」
 別に、大きい声ではなかった。でも何だかよく聞こえて、花太郎は口を閉じる。
 夜光が、ベッドのシーツを少しつかんだ。ややあって、
「ありがと。それ聞いて、安心したわ」
 ふわりと笑う。
 彼は俯き、かざしていた手をゆるゆると下げた。
 僅かな間、無音の時が流れた。夜光は花太郎にそれ以上何も問わず、花太郎も花太郎で、無言を突き通す。
 それから数分、再び、病室の戸が叩かれた。
「はーい」
 答えると、戸を開けて入ってきたのは、勇音だった。
 片手のおぼんには、包帯や薬品がのっており、もう片手には分厚い紙の束があった。
「山田四席、鎮痛処置は終わった?」
 問いかけられて、花太郎は立ち上がると小さく頷いた。
「じゃあ、あとは私がやるから。あと瑠璃谷隊長、精密検査の結果、出ました」
 夜光は「ふぅん」と相槌をうつ。
「あ、あの…虎徹副隊長、あとはよろしくお願いします!」
 花太郎が深く頭を下げると、彼は小走りで病室を後にした。
 勇音はベッドに近づき、その傍らに置いてある机の上に持っていたものを全て置き、夜光に向き直ると、彼女に巻いてある包帯に触れた。
「取り替えますね」
 ただ、頷く。
 スルスルと、手慣れた様子で包帯が取られていくのを感じる。
「あのさ、勇音さん…」
「はい?」
 包帯をとりながら、答える。
 相変わらずの酷い背中の傷に、つい顔が歪む。ここまで酷い怪我を拝むことになるのも、正直言ってそうそうあることではないだろう。
「……あたし死んだら、桃は怒るかなぁ…?」
 思わず、手が止まる。が、何事も無かったかのように再び動かし始め、「え?」と聞き直した。だが、それに対し夜光は、
「ごめん、なんでもない」
 と返し、黙った。

 処置が完了し、夜光は再びベッドに体を倒す。
「それで、精密検査の結果ですけど…」
「ああ、あの、それ、いいや」
 ひょいと彼女が手を挙げたので、結果を読み上げようとしていた勇音が瞳を瞬かせる。
「花から“良好”って聞いたから。それでいいし、難しいこと言われても、あたし分かんないし」
 そのとき、勇音の手が小さく震えたのを、夜光は見逃さなかった。
「あら、そうでしたか。山田四席もわざわざ先に言っておくなんて、随分気が利くようになりましたね」
 突如聞こえた声に、夜光と勇音は同時に戸の方を見る。いつの間にか、卯ノ花が立っていた。
「卯ノ花隊長…!」
「それならば、もうここはいいでしょう。勇音、隠密機動の方々の治療が追いつきません。行きますよ」
 え、え…、と勇音は夜光と卯ノ花を見比べていたが、卯ノ花がさっさと病室を後にしてしまうので、慌てて彼女も夜光に会釈をすると、薬品類を抱えて急いで病室を出て行った。


 勇音は廊下を早歩きで進み、卯ノ花に追いつく。
「卯ノ花隊長、いいんですか、あれで? 夜光ちゃんの容体が良好だなんて、そんな…」
「いいのですよ」
 歩調は緩めず、静かに瞳を閉じる。
「彼女自身……もう、分かっているでしょう…それに、彼女は今日の夕方、退院させます」
 それは、まぁ、そうですけど…。
 納得のいかない様子で唸る勇音を尻目に、卯ノ花は一瞬足を止め、夜光の病室を振り返る。
「…彼女には、やるべきことがある―――」


 やはり、四番隊の治癒の力というのは伊達ではない。先ほどまで激痛だった背中の傷が、嘘のように大人しくしている。
(…夕方には退院する…)
 ムクリと体を起こし、掌を見つめる。
 夕方の退院については、精密検査が終わった直後に卯ノ花から言われていた。言われたときは結構突然だったので驚いたが、これ以上入院したところで手の施しようがないことも重々承知していたので、それならさっさと退院したいと思っていたがゆえに、丁度よかった。もっと早く鎮痛処置を受けられたなら、今朝退院しても良かったくらいだ。

 ――――やるべきことを、おやりなさい。

(『やるべきこと』……ね…)
 たしかに、これ以上五番隊の仕事を、雛森や他の隊士に任せるのは良くない。すぐにでも仕事に復帰するべきだ。隊長印の必要な書類もかなりあるだろう。
 やがて、夜光は少しを眉を上げた。
「…あれ、桃? いるの?」
 合間があり、カチャッと扉を開けて入ってきたのは、やはり雛森だ。
「いつもよく分かりますね、隊長…」
「まぁ〜、正直得意なの、これだけだからね」
 にしし、と夜光が笑うと、彼女もクスリと微笑んだ。
 ベッドのところに歩み寄ってきて、小首を傾げる。
「隊長、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。夕方には隊舎戻るしー、なんていうか、気分が悪いのは寝すぎたからだよ」
「それは、仕方ないですよ。だって隊長は、余命一年弱なんですから、もっと寝たほうがいいくらいなんじゃないですか?」
 雛森の言葉。
 それに、夜光は固まった。たしかに今、有り得ない言葉が混じっていた。知っているのは、乱菊と四番隊の者だけであるはずのことが、何故雛森の口から出る?
 彼女は険しい顔つきで、夜光を睨んでいた。
「……あたし、隊長から直接聞いた覚え、ありませんけど?」
「……なんで…知ってんの?」
「隊長が詰所を抜け出していた間に、日番谷くんが違和感に気付いて、勇音さんから聞き出したんです…事件のことも、傷のことも…余命のことも」
 いずれ、ばれるだろうとは思っていたが、予想を絶する早さだ。
 つい、溜息が漏れた。
「……それで?」
「どうして言ってくれなかったんです? あたし、そんなに頼りないですか?」
「別に。ただ、言ったらお前等はすぐにあたしを気遣い始める。それは正直、嫌なんだよね」
「言われなかった身にもなってください!!」
 叫ぶ雛森に、
「あたしの意志はあたしのもんだ!!」
 と、夜光は叫び返した。
「……悪かったとは思ってる。でも、あたしは余命がどの程度だろうが、知らない。生きられる時は生きるし、死ぬ時は諦める」
 天井を見上げる。
「あたしはあの小っこい虚を死ぬほど可愛がったよ。その結果、流魂街の人たちは沢山死んだ。なのに、この程度であたしが“死ぬのは嫌だ、怖い”とか喚いたら、それこそ怒られるよ」
 小さく、呟く。
「それに…死んだ、あの中には…」
 そして言葉を飲み込み、手をひらりとふり、「まぁ、これはいいや」と話を強制終了する。
 雛森を向くと、自嘲気味に笑った。
「あと、あたしは実は、マジで往生際が悪い。そうそう死なないよ」
 彼女が下唇を噛み締め、一度俯く。震えた声を発する。
「隊、長……っ…」
 瞳が潤んできていることに気付き、夜光は呆れ顔で雛森の頭をポンポンと撫でた。
「あ〜もう、泣くな泣くなー」
 幾度も頷き、雛森は涙を拭って顔を上げる。
 漸く顔上げたかと思えば、
「そ、そういえば、隊長に、渡したいものがあるんです!」
 彼女は懐をゴソゴソと探る。
「……あたしに?」
 キョトンとした様子で言う。
「はい! えっと…これ、なんですけど…」
 そこで雛森が差し出してきたのは、花の髪留めだった。薄緑色の蜻蛉玉がいくつも連なり、装飾してある。それはその花の葉の部分ともとれた。また、その花本体は白い貝で作られており、光に反射すると鈍く虹色に輝いていた。
「おお、綺麗…! 花…だよね?」
「そうですよ。待雪草(まつゆきそう)の髪飾りです」
「待雪草………って、十三番隊の隊花の?」
 自分は五番隊だが、と思わず突っ込みそうになる。五番隊の隊花は、馬酔木(あしび)であって、断じて待雪草ではない。
 雛森は決まりが悪そうに笑った。
「あはは……す、すみません…でも、隊長に差し上げる花を選ぶなら、これしかないと思って」
既に傾き始めている太陽の光にあてるように、髪飾りを翳しつつ、夜光は目を細める。
「待雪草がねぇ…何でまた?」
 雛森が、微笑んだ。
「……隊長、待雪草の花言葉は御存知ですか?」

 待雪草の花言葉は――――――


 ひらり、と一羽の地獄蝶が舞ったのは、雛森が病室を退室して間もなくだった。

 ―――これより一時間の後、緊急隊首会を招集いたします。尚、阿散井恋次三番隊隊長
    は未だ帰還されておりませんので、隊長代理吉良イヅル三番隊副隊長を招集いた
    します。以上…

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