蹴ちらす光の残像が.1









 蛇が草地を這うような音を立て、しゅるりとリボンが引き抜かれる。零れ落ちた金髪を自らの手で背中に払い、用なしになったリボンを床に落とすと、イドルフリート・エーレンベルクは時間を惜しむかのようにシャツの襟元をくつろげた。
「では、部屋に鍵を」
 彼に表情はない。屈辱を噛み殺しているのでもなければ、恥辱を隠しているわけでもない。単に浮かべるべき感情が見当たらない様子だった。機械的な瞬きだけが端正な面立ちを飾っている。
「それからカーテンを閉めてくれたまえ。さっさと済ませてしまいたい」
 落ち着いた声の中には酷薄な響き混ざっていたが、それは取り立てて不自然なものではなかった。むしろ多少の冷ややかさは当然のものと言えた。彼は上着の釦を外し、殊更ゆっくりとした動作で肩から落とす。
 書斎の壁は夕暮れに染まり始めていた。イドルフリートは西壁を背にして立っており、向かいの執務机には、一人の男が腰を掛けている。
「そこまで時間がない訳じゃないだろう。こちらとて、釦の一つや二つ外してやるくらいの甲斐性はあるつもりだが」
 男が囁く。その目には確かな欲望と、そして値踏みする狡猾さが灯っていた。イドルフリートは取り合わず、軽く流しながら目を伏せて釦を外していく。
「申し訳ないが、人に脱がされるのは好かなくてね。積極的なご婦人は大歓迎だが、自分の世話くらいは自分で焼きたいのさ。ましてや今日は貴方がお相手だ。お手を煩わせる真似はしないよ」
 演出か、あるいは牽制か。ばさりと音を立てて上着を脱ぎ払うと、彼は背中に垂らしていた後ろ髪を左手を使って体の前まで流した。無駄な肉はついていない。だからと言って貧相ではない。均整の取れた見栄えのいい上半身が露になると、部屋の空気は再び夕暮れから夜更けへと傾いた。彼はそのまま口を閉じ、次の指示を待つように佇んでいる。
 男は机から立ち上がると壁に沿い、イドルフリートの体を鑑賞するように反対側まで歩いていった。そこには粘ついた欲望の他、珍しい動物でも見るような純粋な好奇心も感じられる。船乗りの体にしては白いな、と囁きが零れたが、イドルフリートは黙ったまま返事をしない。
 がこんと扉の錠が内側から落とされた音が背後から響く。続いて、追い詰めるように近寄る足音。
「二百だ」
 男の手が背中から伸びてきた事を察し、イドルフリートが出し抜けに言った。腰に回りかけていた男の両手が、ぴたりと止まる。
「……百八十で我慢してもらいところなんだがな」
 苦笑する溜息と共に、手は思い直したように脇腹に添って上へと向かった。触れるか触れないか、微かな風圧が肌をくすぐる。それは剥き出しになった首筋へと続き、背骨の形を確認するようにうなじを撫で上げた。イドルフリートは不快げに目を細めたが、それは行為ではなく、相手の台詞に対してだった。
「ご冗談を。出し渋りで時間を稼ぐほど、貴公は飢えていないだろう。それ以上は妥協できない。それからあちらの港にも根回しを。船で立ち寄った際、補給の協力を断られても困る」
「ああ」
「それから、もう一つ」
「注文が多い男だね、君は」
「そう難しい事じゃないさ。どうせなら、互いに気兼ねなく楽しもうと言いたいだけだ。残念ながら私は被虐趣味ではないし、最中にあれこれ話しかけられるのも好きじゃない。それを心得てもらえると有り難い。あとはどう扱ってくれても構わないよ」
「ほう?」
「そして、くれぐれも内密に。知られると少し周りがうるさいのでね」
 唇に指を一本立て、ひっそりと彼は囁いた。


前 |



TopMain屋根裏BL




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -