蹴ちらす光の残像が.2









 冬枯れの木立が絡みつくように空に伸びている。
 肌寒い風は大通りを走り、ひたひたと波止場へと流れ込んでいた。人々は首をすくめ、夜の道を足早に通り過ぎていく。桟橋には風に吹き寄せられた海鳥のように何艘かの船が停泊していたが、自らが率いる船団の姿は折れ曲がった道の向こうに隠されていた。コルテスは迎えの馬車を待ちながら、背後に佇む屋敷を振り仰ぐ。
 まだ街の連中同士で飲み合っているのだろう。カーテンの引かれた窓からは暖かな光と共に僅か笑い声が聞こえていた。彼は襟元を緩めながら、そっと溜め息を吐く。
 ――何とか目処がついた、か。
 新大陸へ船を出すには、莫大な資金と手回しがいる。船の施工代、修繕代、許可証の発行、食料品の備蓄、携帯する重火器、寄港地での補給品、騎馬や家畜の餌代――。扱いにくい女を恋人にするように、高い貢物と根気強いご機嫌取りが必要だった。
 出航する際、コルテスは私財をはたいて遠征に必要なものを手に入れた。そればかりか友人達からも金を借りている。しかし総督から遠征隊の隊長を解任されそうだという噂が入り、正式な書類が作られる前にと逃げるように出航した為、積み込んだ食料は不十分。まっすぐ目的地まで足を伸ばす事はできず、途中で買い足しながら進む事となった。食料輸送の商戦から借用書一枚で半ば強制的に獲物を取った事もあり、我ながら海賊のようだったと笑うしかない。
 今度の補給地にと立ち寄った港では、特に資金繰りが難航した。
 いくら比較的暖かい地方とは言え、季節は冬。食料の値上がりが始まっていたのである。人々は疑い深く、探検が失敗すればただの紙切れになってしまう借用書など信用しなかった。
 予定通りに物資が調達できず、コルテスは苛立っていた。水夫たちは上陸休暇を楽しんでいたが、こちらは私財を投じて挑んだ航海なのだ。予定が遅れれば遅れるだけ支障が出る。逃げ出してきた手前、総督の名を借りて一時的に金を借りる事もできなかった。あちこち歩き回り、新大陸から生まれる旨味を説いていかなければならない――。
 だからこそ昨日、急に投資を申し出た豪商が現れたのは、まさにコルテスにとって文字通り「渡りに船」だった。
 今宵、招かれたのは顔合わせを兼ねた会食。列席したの件の豪商と、その取り巻きたち。コルテスが熱心に売り込まずとも新大陸へ興味を持っており、勝手に今後の活躍を祈ってくれた。おかげでコルテスもたらふく葡萄酒をご馳走になったし、この港だけではなく、今後立ち寄る港にも手紙を送って便宜を図ってくれると約束してもらった。
 会食を終え、話がまとまった事に満足しながら迎えの馬車を待っていると、遅まきながら安堵感が湧いてくる。コルテスは心地よい酔いに身をゆだねながら冷えた指先を擦り合わせた。船に戻ったら、さっそく会計士に補給品の目録を作ってもらわねば――。
「将軍様。少し宜しいでしょうか」
 呼び止められて振り返れば、五十代半ばの丸々とした女が立っていた。どうやら屋敷の侍女頭らしい。張り出した腹に白いエプロンをしめており、さぞ新人いびりの際には役立つだろうと思われる太い眉を持っている。
「先日、そちらの航海士の方がお見えになり……これをお忘れになったようで」
「イドが?」
 コルテスは怪訝な顔で侍女頭の差し出したものを受け取った。緋色のリボンが手の上で滑り落ちる。確かに見覚えのある品に思えた。
「失礼。確かにうちの航海士のものと似ているが……妙だな、あいつが先にこちらに来たとは聞いていない。今も船に残っているはずだ。人違いではありませんか?」
 コルテスが答えると、侍女頭は能面のような顔で首を振った。
「わたくしも直接そちらの航海士の方とお会いした訳ではありません。その日いらしたお客様は、ご主人様も内々にお通しになったようでした。ですが一度、扉の前に控えていた私達に茶を運ぶ必要がないと人払いを言いつけられた時、部屋の奥にいたのは確かに異国人のようでしたし、その……部屋の片づけに窺った時は、随分、色っぽいお話になった様子だとお見受けしたので……」
「まさか船乗りの病気、とでも?」
 コルテスはようやく侍女頭の言いたい事に気付き、歯を見せて笑った。長らく狭い船内に閉じ込められる為、船乗りには男色の気があるのだとよく誤解される。普段からイドルフリートの女好きを目にしているコルテスから見れば、またどうしてそんな話になるのかと理解に苦しむところだが、異国人と言う事で怪しく思われているのかもしれない。深い森の国で生まれる金髪は古代ローマ時代には憧れの的だったと言うが、現在でも十分に目立つ色彩なのだった。邪推の的になるのも頷ける。
 しかし笑い飛ばすコルテスに対し、侍女頭は真面目な顔で――それこそ修道女のような面持ちで告げた。
「お気を付けください。ここはカトリックの町。ふしだらな真似で我が家の主人を誘惑して頂きたくはないのです。資金が欲しいのならわたくし達から主人にお話しましょう」
「……人違いですよ、ご婦人」
 決めつけるような侍女頭の台詞に、さすがに冷ややかな気持ちになった。もしや自分がイドを送り込んだとでも言いたいのだろうか。
 両者の剣呑な空気を割るように、ちょうど迎えの馬車が立ち現れる。コルテスはちらりと横目で馬車を確認すると、静かに言い添えた。
「内密な会談も把握しておられるとは優秀な方だ。私の船に乗っていただきたいくらいですよ。女性がいれば『船乗りの病気』などの下らない噂も立たないでしょうしね」
 侍女頭は一度瞬いたが、コルテスの嫌味に顔をしかめたりはしなかった。このくらいの言い合いには慣れているのだろう。顔色も変えずに「失礼しました」と謝罪をすると「わたくしはただ、教会に疑われるような事があれば互いに困ると思うから言っているのです」と付け加えた。
「そんな馬鹿げた話で、教会が動く事もないでしょうがね」
「ええ、そうですね、わたくしの勘違いでしょう。……お時間を取らせました」
 白々しい。
 コルテスは鼻を鳴らすと、話が終わった事を暗に示して頭を下げている侍女頭に背を向け、つかつかと馬車に乗り込んだ。






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