つま先立ちの恋










 エリーザベトの自室が一階から二階に移されたのは、もう随分と前の事になる。娘が危うげなく歩けるように成長すると、母は少しでも玄関から離す為、長く複雑な廊下と階段を挟み込んだのだった。
「狼が入らないようにね」
 母は優しくそう言った。
「この森の狼は、子供の柔らかい肉が大好物なの。だから貴女はお屋敷の一番奥に、宝物みたいにしまっておかなくちゃ」
 かくしてエリーザベトは屋敷の二階で、幼年期のほとんどを過ごす事になる。自室には半円形のバルコニーが付いており、小さな植木鉢で花を育てる事ができたが、誤まって転落したら危険だからと、そう多くは出させてもらえなかった。
 今では目を瞑っていても、二階の間取りを自由に歩く事ができる。床にはたくさんの人形やぬいぐるみがあり、絵本やお菓子の包みも置いてあったが、積み木と木馬さえ気を付ければ充分に歩き回ることができた。エリーザベトは時折こっそりと目を閉じて、手探りで二階を進んでいく。
 つまづいて膝を付いてしまったら負け。ぐるっと一周し、無事に部屋まで帰ってこれたら勝ち。途中で目を開けてしまったら減点。たまに廊下でワルターとぶつかって叱られる事もあった。
「まったく、うちのお嬢様は腕白だ」
 彼はそう言って説教を締めくくると、決まってエリーザベトを抱え上げ、少々乱暴な遊び――鬼ごっこや高い高いなど――に付き合ってくれる。誰にも内緒と言う約束で、剣術の真似事を教えてくれた事もあった。けれどワルターは多忙な上、大っぴらに彼女の相手をする訳にもいかない。良家の子女に妙な事を教えてくれるなと、母がそれを嫌ったせいである。
 自然とエリーザベトは一人遊びを見つけるのが上手くなった。それしか方法がなかったからだ。
 人形遊び。絵本の続きを考える遊び。カーテンを折り曲げて新しい模様を見つける遊び。石松模様の床を順番通りに飛び跳ねる遊び。母にピアノと刺繍を習うようになってからは、それも熱心に取り組んだ。
 もちろんエリーザベトも常に、誰か一緒に遊んでくれる相手がいればいいのに、と思ってはいた。
 友達が欲しかったが、それがどんなものかは分からない。どうも家族とは違うようだと漠然と推測する事はできる。ワルターは『友達』に入るのだろうかと考えたが、本を見る限り、『友達』は同じ年頃の子供同士がほとんどだ。
 動物と『友達』になっているお姫様の話があったので、こっそり朝食のパンを枕元に隠し、それを細かく千切って窓辺にまいてみた事もある。嬉しい事に小鳥がたくさん寄ってきたが、警戒しているのか、少し近付いただけで飛び立ってしまい、エリーザベトは途方にくれた。
「続けてごらんなさい。毎日パンをやっていれば、小鳥もお嬢様のお心を分かってくれますよ」
 見かねたワルターが忠告してくれたので、彼女はそれからも忍耐強く『友達作り』に取り組んだ。ここは二階なので人食い狼は登ってこれないし、何も怖がる事はない。しばらくすると小鳥達もエリーザベトの存在に慣れたのか、手から直接餌を取りにくるまでになった。くちばしで突付かれると多少ちくっとするけれど、我慢できないほどではない。
 鳥の他、季節によっては別の動物もやってくる。中でも愉快なのはリス達で、くるんと丸まった尻尾を眺めているのは楽しかった。
 けれどエリーザベトは彼らと『友達』になれたとは思えずにいた。確かに彼らは愛らしく、心を和ませてくれるが、一緒に部屋で遊ぶ事はできなかったし、何より会話ができない。エリーザベトも世間一般の少女の類に漏れず、他愛ないお喋りに飢えていたのだ。
 変化が起きたのは、ある秋の夕方である。
 その日、母が遠来の客を迎えた。世を捨てたこの山奥の屋敷にも、それなりに客の出入りがあり、時には使用人が総出で準備をして宴を催す事もある。そうした時は大概母か、もしくはワルターの古い友人だったりするのだが、その日の客は使用人の視線さえ憚るように、ひっそりと森の奥から現れたのだった。
 黒髪の凛々しい女性だった。普段は引き合わせられる事もないのだが、その時ばかりは何故かエリーザベトも一階に呼ばれ、その女性と対面させられた。意外な事にお医者様だと言う。貴女が赤ちゃんの頃にお世話になったのよ、と母が嬉しそうに説明した。女性の足元には様々な道具が詰まった鞄が置かれており、銀のスプーンのようなものがきらりと覗いている。
「大きくなったのね。体に変わりはないかしら?」
 女性はどこか緊張しているような微笑を浮かべ、エリーザベトを診察した。人見知りをする性質なのでどきどきしたが、母の香水とも違う、かぐわしい薬草の香りに肩の力が抜ける。エリーザベトに触れる手付きも無駄がなく丁寧で、何となく安心できる人だ、と思った。
「きちんと目は見えるのね?」
 そんな質問を受ける。エリーザベトが是と答えると、女性は下瞼を押し下げ、むき出しになった眼球を慎重に眺めた。それから口の中を覗き、脈を測り、一通りの事を調べ終えて頷くと、大事ありません、と母に告げる。
 その後は大人同士の話があるからと、二階に戻された。さっきのは何だろうかと首を捻りながら部屋に戻ると、ふっと窓の外で何かが動く気配がする。
(誰かいるのかしら?)
 耳を澄ませば遠く、草の根を踏みしめる足音がさくさくと聞こえてくる。彼女の私室は屋敷の裏手に位置しており、窓の風景のほとんどが鬱蒼とした森で占められていた。こんな所を通るのは屋敷の使用人くらいだ。
 エリーザベトはつま先立ちになり、そっと外を覗く。
 誰だろう。知らない人だ。大人ではない。親指ほどの大きさにしか見えないが、手に籠を下げ、足元を見ながら熱心に何かを拾っている様子が見て取れた。狼のいる森に一人で出歩くなんて勇気がある子だ、と感心する。真っ白い髪は群れからはぐれた鳩のようだ。
 エリーザベトの視線に気付いたのか、ふと人影はこちらを見上げる。それから腕を頭の上まで伸ばすと、ひらひらと左右に揺らし始めた。
(……手を、振ってくれてる?)
 確証が持てないまま、恐る恐る手を振り返す。すると人影は一際大きく腕を振り、やがて満足げに去っていった。
 翌日も、その翌日も、その人影は夕方になるとやってきて、こちらに手を振ってくれる。
(あの子とお友達になれないかなぁ)
 しかし冬になる前に、その人影はぷっつり見えなくなってしまった。雪が降って家から出られないのかもしれない。エリーザベトは残念に思ったが、きっと雪が溶ければ再び姿を見せてくれるだろうと考え直し、うきうきと春を待つ事にした。
 そんな時、塔の上のお姫様の本を読んだのだ。長い髪を地面に垂らて、王子様を招き入れる童話である。
 エリーザベトは鏡台に駆け寄り、急いでリボンを解いた。彼女の髪は量が多くて結ぶのも一苦労なのだが、かえってこれが有利になるかもしれない。もっともっと伸ばして三つ編みにすれば、きっと素晴らしく丈夫なロープになるだろう。元から髪は背中を覆うほど伸びていた。当時の彼女はそれを頭の上で一つに結び、ふんわりとしたポニーテールにしていたのである。
 まずは春まで、と彼女は考えていた。春になって、あの子がやってきて、二階まで引き上げる事ができたら、お友達にしてもらおう。
 けれど春になっても人影は森に戻らず、夏が過ぎ、また秋になっても、一向に姿を現さなかった。どこか他の土地に移り住んだのだろうとエリーザベトは落胆し、無駄に伸びてしまった髪を指先で弄んだ。
「随分と伸びたのね。腰に届くくらいじゃないの。貴女の髪は厚いから、きちんと手入れしないと邪魔になってしまうわ。そろそろ切らないと」
「……でも、まだ伸ばしたい」
 夜、鏡台の前で母親にブラシをかけてもらいながら、彼女はしょんぼりと唇を尖らせる。
「狼がいないうちに、窓から髪を垂らすつもりだったの。そうすればいつか、お友達が登ってこれるようになると思って……」
 でもその子いなくなっちゃった、と言葉を続けようとした矢先、背後からぎょっとするような悲鳴が上がった。
「駄目よ、エリーザベト!貴女はずっとここにいなきゃいけないわ――狼だけじゃない、とっても怖い怪物が外にはたくさんいるのに、それを招き入れようだなんて!」
 何が逆鱗に触れたのか。母は半狂乱になり、エリーザベトの髪を引っ張った。
「怪物だけじゃないわ、貴女は体が弱いのよ!そのまま外に出てごらんなさい、すぐに肌が焼けて真っ黒になってしまうわ!ここの森は呪われているのよ、ねえ、分かるでしょう?」
「やめてっ、お母様、痛い!」
 ぎりぎりと髪を引っ張られる。頭が剥がれてしまいそうだった。人が変わったような母の声に恐怖が湧き上がり、エリーザベトは泣き叫ぶ。やがて、母親が空いた片手で鏡台の上を乱暴に掻き分ける音がした。
「はしたいない子!こんなもの……!」
 じゃりじゃりと、頭上で嫌な音がする。むき出しになった首筋を柔らかいものが滑り落ちていく。鏡台の上に置いてあった鋏を使い、母が髪を切り落としたのだった。
「やだっ、お母様、やめて!」
 鋏の音は鳴り止まない。やがて頭が軽くなり、引っ張られていた力がすとんと消えうせた。母が掴んでいた部分が全て断ち切られたのだ。先程まで彼女の一部だった長い金髪は、すっかり床に散乱している。
「……悪い事を考えるから、こうなるのですよ……!」
 正気に戻って動揺しているらしく、母は息を乱しながら鋏を取り落とし、逃げるように部屋から飛び出した。残されたエリーザベトはぽかんとする。
 お母様はどうしてしまったんだろう?
 のろのろと椅子から立ち上がり、足元を見下ろした。束ね忘れた刺繍糸のように長い金髪が散らばっている。鏡を覗けば、見慣れない自分の姿が映っていた。泣いたせいで目尻が赤くなり、肩の位置で乱雑に切り落とされた髪型と相まって、なんともひどい有り様になっている。
 あまりの事にしばらく呆然としていたが、やがて気持ちが追いついてきたのか、再び瞳が涙の膜で覆われた。あっと思う間に零れ落ちてくる。エリーザベトはしゃくりあげ、しくしくと泣き始めた。
 形相の変わった母も怖かったし、外に出ると肌が焼けてしまうだとか、呪われているだとか、新しく知った事実も恐ろしかった。無遠慮な鋏の音も怖かったし、せっかく伸ばしていた髪が短くなってしまったのも悲しかった。
 ひくひくと喉を鳴らしながら鏡台にすがり、そこからブラシをリボンを見つけ出す。何とか元に戻らないかと髪を弄ってみたけれど、いつもと同じ位置で結っても、短くなった後ろ髪はうなじすら隠してくれない。すうすうして、心許ない気分になる。
(どうしよう。すごく短くなっちゃった……)
 再び涙がぶり返してくる。深く息を吸い込んだ時、ざわり、と背後から物音が聞こえた。驚いて泣き声が引っ込む。
 母が戻ってきたのだろうか?
 しかし音は扉ではなく、バルコニーの方から聞こえてくるようだ。わさわさと規則的な音である。エリーザベトは恐る恐るバルコニーに向かい、硝子の窓から外を伺った。
 空には月が出ている。おかげで周囲の様子がぼんやりと見渡せた。やはり大部分は暗い森で埋め尽くされているが、視線を手前にまで引き寄せると、小さく動くシルエットが確認できる。鳩のような真っ白い髪。
(あの、手を振ってくれた子だ!)
 エリーザベトは飛び上がりそうになった。どうしようどうしよう!嬉しいけど、怖い!
 人影はバルコニーの横手に生えているブナの樹に足を掛け、わさわさと枝葉を揺らしている。どうやら登ってきているようだ。こっちへやってくる。しかし登れば登るほど太い枝は少なくなるのか、その身のこなしは次第に危なっかしくなっていった。
(ああ、危ない!)
 落っこちてしまいそう。狼が出ないうちに助けてあげないと!
 エリーザベトは慌てて部屋に戻り、髪が短いのを未練がましく鏡で確認すると、思い切って寝台からシーツを引き剥がした。それを棒状にまとめてバルコニーの柱に結びつけ、もう片側をブナの樹に放り投げる。木の枝からバルコニーまではちょっとした距離があった。子供用のシーツなので大した長さは稼げなかったが、人影はこちらの援助に気付いたのだろう。即興のロープに片手を掛け、器用にこちらへ飛び移った。
「ありがとう。君は大丈夫?」
 ひょい、とバルコニーの隙間から顔が覗く。
「さっき悲鳴が聞こえたから、何かあったのかと思ったけど――逆に助けられちゃったな」
 はにかんだ笑顔。木製の手摺りを乗り越えて、その子は照れたように乱れた髪を背に払った。木登りで汚れた上着には千切れた葉がくっついたままになっている。下はワルターのようなズボン姿だった。
(……あ、『男の子』なんだ)
 エリーザベトは目を丸くする。知識として知ってはいたけれど、間近で見るのは初めてだ。
 一体『女の子』とどう違うのだろう。『男の人』よりもがっちりしていないし、体格はエリーザベトと大差ないように見えた。森には怪物がいると言うけれど、口も裂けていないし、角や尻尾も生えていないし、何かが化けている訳でもない。整った顔立ちはいかにも人が良さそうだ。
 男の子――少年は物怖じする事なく、真っ直ぐにエリーザベトを見つめている。人見知りの彼女が怖気づかなかったのは、一重に彼が昨年の秋に見かけた子だと分かっていたせいだ。初対面だが、初対面ではない。
「それで、君は大丈夫だったの?」
 少年は親しげに尋ねた。
「え?」
「さっき、泣いている声が聞こえたから」
「ああ、あれはお母様に髪を切られてしまって、それで――」
 エリーザベトはそこで慌てて頭を押さえた。すっかり忘れていたけれど、ざくざくと乱雑に切られた髪をリボンでまとめただけで、シーツを剥がす時にも滅茶苦茶に動き回ったし、きっと乱れて大変な事になっていると気付いたのだ。
「やだ、ごめんなさい!私、せっかく会えたのに、みっともなくて……」
「そうかな。花みたいで可愛いよ」
 あわあわと髪を結び直そうとすると、少年は不思議そうに首を傾げた。びくっとエリーザベトは手を止める。
「……お花?」
「うん。動くたびにふわふわ揺れて、たんぽぽみたい」
 にっこりと微笑まれ、一瞬で首筋が熱くなった。たんぽぽがどういうものなのか分からなかったが、少年の口調からきっと綺麗で可愛らしい花なのだろう、と想像できる。
「でも、髪を切られたのは残念だったね。前に見た時はひまわりみたいだったのに」
 彼は尚も言葉を続ける。昨年の事を覚えていてくれたんだとエリーザベトは嬉しさと同時に居たたまれなくなった。今度はひまわりが分からない。でも、誉めてもらったのだと分かる。嬉しいけれど恥ずかしい。
 少年はメルツと名乗った。母親と一緒にあちこちを渡り歩いているらしい。昨年の冬から今年の夏にかけて西の森にいたが、秋になって、またこちらに戻ってきたと言う。
「母上は薬師なんだ。去年の秋も君の定期健診に来たはずだよ」
 それで因果関係が分かった。あの凛々しいお医者様はエリーザベトの母に頼まれてやってきた、彼の母だったのだ。
「じゃあ今年も『テイキケンシン』の間、あなたはここの森にいるのね?」
「ああ」
 人食い狼がいるのに大丈夫なんだろうかと心配になったが、去年の秋も無事にやり過ごしたのだから、きっと何か手があるんだろう。話によると彼の母親は剣も扱える女性らしく、熊でさえ簡単に倒してしまうと言うのだ。それを聞き、エリーザベトはワルターに本格的な剣術を教わろうと決意した。きちんと自衛手段があるのなら外に出ても平気なのかもしれない。彼女は以前見たテレーゼ・フォン・ルードヴィングの姿を思い浮かべ、自分も彼女のように勇ましい女性になる想像に思いを巡らせた。
 メルツは最初の印象の通り人が良く、屈託がなかった。エリーザベトが世間知らずな質問をしても嫌な顔一つしないで説明してくれるし、はきはきとした喋り方は聞き取りやすく心地良い。簡単な自己紹介をしているつもりが話は幾度も脱線し、森や動物の話題など、気の赴くまま膨らんでいった。
 しかし楽しい時間はあっという間に過ぎる。秋の夜は肌寒く、いつしか二人はすっかり体温を奪われていた。
「やだ、気が利かなくてごめんなさい。部屋の中で話せば良かったわ」
「ううん、いいよ。僕が勝手に登ってきちゃったんだから」
「暖かい飲み物を入れるから、中に入らない?」
 提案してみたが、少年は夜も遅くなってしまったからと辞退した。彼は夕方から夜にかけて薬草取りをするのが日課らしく、そろそろ家に戻らないと母親が心配すると言うのだ。エリーザベトは残念に思ったが、無理に引き止める訳にはいかない。
「あの……メルツ君、また遊びに来てくれる?」
「メルでいいよ」
 彼はそう笑い、身軽にシーツをつたってブナの木に飛び移った。またね、と言ってくれる。エリーザベトは彼が無事に地面に降り立つのを見送り、姿が見えなくなるまで何度も何度も手を振った。
(お友達だ!)
 遂に本物の友達ができたのだ。部屋に戻ったエリーザベトはそわそわと歩き回り、幸福な気持ちを噛み締める。しかも相手は初めて見る『男の子』で、狼をもろともしない上、熊も退治できる賢女が母親なのだ。なんて凄い!
 ばたばたと寝台で足を振り、嬉しさに身悶えしていたが、シーツをバルコニーに置きっぱなしにしていた事を思い出し、慌てて元に戻す作業を行った。メルツと知り合った事は秘密にしなければならない。母を怒らせるような事はしたくなかった。これ以上髪を切られてはたまらない。
(そうだ、たんぽぽ!)
 シーツを張り終え、エリーザベトは本棚に駆け寄った。薄い図鑑を取り出す。物語性のあるものが好きだったので今まで開く事は少なかったが、調べ物をする時はこれが一番だと学んでいた。子供用なので載っている花の種類は少ないが、やがて「たんぽぽ」の項目を見つけ、食い入るように挿絵を見つめる。
(可愛い……)
 小振りな、ふんわりとした黄色い花だ。派手さはないが、精一杯に花弁を広げた様子は、確かに短くなったエリーザベトの結い髪と似ている気がする。
(あの子の髪はどれに似てるかしら)
 エリーザベトはページをめくった。最初は鳩のようだと思ったけれど、間近で見るともっときらきらして滑らかだったと思い出す。たくさんの白い花を調べてみたけれど、どれもしっくり来ない。
 彼の姿を無意識に追い、バルコニーに目を向ける。月明かりがふんわりと舞い降りるその光景に、エリーザベトは答えを見つけた。
 もう一度バルコニーに出る。煌々と輝く月はじっと眺めていると徐々に存在感を増し、やがて視界一杯にまで広がった。太陽は目が痛くなるけれど、この光は自分に優しい。ああ、これだ、と思った。
「エリーザベト!」
 足元から声に視線を下げると、帰ったはずのメルツが両手を振っている。エリーザベトは驚き、つま先立ちになって手摺りから身を乗り出した。
「どうしたの、忘れもの?」
「君にお裾分け!」
 彼は意味ありげに右手を掲げると、受け取って、と思い切り腕を振りかぶる。二階ぶんの高さを越え、バルコニーに落ちたのはこんもりとした不思議な塊だった。恐る恐る拾い上げる。
 重さを持たせる為の石に縛り付けてあったのは、彼が夕方に摘んだ薬草の束だった。小さな花が咲いている。
「乾かして紅茶にすると美味しいよ!」
 少年はそう言うと今度こそ森へ走っていってしまった。エリーザベトは贈り物を胸元に引き寄せ、どきどきと彼の後ろ姿を見送る。わざわざ引き返してくれたなんて、なんて親切なんだろう。
 メル、メルツ、メル――私の初めてのお友達。
 ことりと、恋に堕ちる音がした。








END.
(2011.04.02)

この二人は恥ずかしいくらい王道の少女漫画を突っ走って欲しい。
ところで従者の名前は「バルカン」なのか「ワルター」なのか「ヴァルター」なのか。


TopMainMarchen




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -