貴方に生かされていた
















 雪のそぼ降る夜、戦火を逃れて南へ移動し続けていた避難民の中、身籠っていた女が流産した。
『独りで寂しくないように双児の人形を傍らに――慰めを与えて下さい。せめて死者の代わりに泣くように、死者の代わりに笑うように。不完全な赤子の為に、死出の旅路へ付き添いを』
 その文句と共に、森の中に埋められた亡骸と副葬品。忍び寄る争いに足を止める事も許されず、悲しみながらも人々が去ると、残されたのは粗末な木で作られた十字架だけとなる。手向けの花を摘む事すら叶わず、やがて時が流れれば、その痕跡すら雪によって覆われてしまうだろう。神の祝福からは程遠い、うら悲しく荒れ果てた土地だった。




 しかし無人のはずの墓地にさえ、それを統べる者はいる。闇を具現化したような衣装に身を包み、じゃらりと鎖を揺らしながら一人の青年が歩み出た。
 蝋のような肌に生気はなく、およそ感情らしい感情は窺えない。彼は真新しい十字架を見下ろして屍揮棒を掲げたが、目当ての反応は得られなかったのか、やがて諦めたように腕を下ろした。
「……無口な事だ。どうやら唄う気はないらしい。それより君のお仲間がいるようだよ、エリーゼ」
『ふん、一緒にしないで頂戴』
 呼ばれた人形が足元で鼻を鳴らす。彼女は眉間に皺を寄せながら、胡散臭そうに十字架に近付いた。例え掘り返さずとも彼女の目には、子供の亡骸に襤褸で作った二体の人形が寄り添っているのが分かる。それは遠い国の風習と言うより、ほとんど形骸化した儀式と言う方が近いのだろう。昔は深い意味があったのかもしれないが、現在は呪術として機能していない。この棺に入れられた人形も有り合わせの布で作られ、どこか顔なのかさえ曖昧な、何ともお粗末な品だった。
『いくら先を急いでいるからって、随分と手抜きだ事。これじゃ単なるお飾りじゃないの。気休めに過ぎないわ。話し相手にもなりゃしない!』
「そうだね……君よりも行儀が良いようだが、確かにこれでは退屈してしまう」
 彼女の皮肉な物言いに調子を合わせ、青年は微かな笑みを零す。かつて赤子と似たような境遇だったとしても、彼自身はそれを知らない。白紙に戻った記憶と戸惑いの狭間から、徐々に屍揮者としての自我が育ちつつあった。薄い唇を左右均等に吊り上げる想い人を見上げ、エリーゼと呼ばれた人形は満足げに喉を反らす。
『当たり前よ。私がメルを楽しませてあげるんですもの。とびきりの喜劇だって探さなくちゃいけないし、お上品になんてしていられないわ!』
 井戸の底で何をすればいいのか分からず途方に暮れ、ともすれば永遠の眠りに傾こうとする彼を現世に引き止めたのは、ひとえに自分の功績だ――そうエリーゼは自負していた。
(屍人の代わりに泣く?まして笑うですって?)
 同族が埋められた墓を横目で見下ろし、彼女は胸中で吐き捨てる。
(下らない、私はもっと役に立つわ。もっとメルを喜ばせてあげられるし、退屈なんてさせない。だって、まだ見せてあげたいものが一杯あるもの!)
 復讐劇を演奏している限り、休憩など認めない。決して彼を独りで眠らせない。神の摂理に従って土に還る事が生きとし生けるものの本能だとしても、それを忘れるくらいに面白く、過激な出し物を準備してみせる。いくら彼の隈が酷くなり、白い肌を黒ずませようと。いくら自分が劣化し、徐々にひび割れていこうと、舞台の幕を下ろす訳にはいかないのだ。
「……ありがとう、エリーゼ。次の唄がどんなものか楽しみだね」
 青年はまだ自分のものになりきらない、大人びた暗い笑みを浮かべる。けれどそれは不意に掻き消された。舞い落ちる雪に興味を奪われたのか、ぎこちなく天を見上げる素振りを見せる。いつの間にか夜が深まり、点々と浮かぶ白だけが際立っていた。それらは鈍重な雲から生まれたと思えないほど、しんしんと世界を清め始めている。白い鳥の羽根のように睫毛に落ちた雪を、青年は振り払いもせずに受け止めた。
 僅かな白にすら眩しそうに目を細める彼の様子に、つきんと、エリーゼの胸が震える。痛むはずの心臓などないのに。
(私は、間違っていないわ)
 彼の代わりに自分が泣きたい訳ではない、笑いたい訳でもない。彼が笑い、宵闇の音楽を統べる者として永劫の生を得ればいいだけだ。そしてその傍らには常に自分の姿があればいい。それだけが望み、それがけが幸せの形。
 やがて彼女は青年を促し、その場を後にする。振り返ると、恨みすら知らずに埋められた赤子と人形の墓は、相も変わらず口を噤んでいた。土の中は心安らかだと暗に訴えられているようで、エリーゼにはその光景が何故かひどく恨めしかった。





END.
合同お題より



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