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 夕食は宣言通りに侍女が部屋まで運んできてくれた。温かいカブのポタージュと白くふっくらとした水麦のパン、甘辛く炒めた芋に木の実を混ぜた料理、それからデザートに果物の盛り合わせ。
 昼寝をして頭がぼんやりしていたエリーザベトも、久々のご馳走に飛びついた。水麦のパンを食べるのは初めてだったが、弾力があって歯触りがいい。腹の中に陽だまりが出来たように、ぽかぽかと暖まる。
 食事を済ませると、エリーザベトは侍女に尋ねた。
「メルや伯爵様は?」
「申し訳ありません。まだお二人での話があるようで、お食事は別に取っておられます」
 客人と夕食を共にしないのは妙だが、もしかしたら肉食が駄目なエリーザベトの為、わざと別席にしているのかもしれない。除け者にされたようで良い気分とは言えなかったが、配慮してもらったのなら感謝すべき事だった。メルツが青髭に進言してくれたのかもしれないし、そうでなくとも二人きりで積もる話もあるのだろう――。
 夕食を終えて侍女が食器を持ち帰ると、何もする事がなくなった。爪の手入れでもしようかと化粧台を見に行くと、鎧戸を下ろしていなかった窓の外で、ちらりと白い影が通り過ぎる。
(メル?)
 そこには日が暮れた暗い中庭を歩いているメルツの後ろ姿があった。外套を脱いでいるので白い尾がやけにくっきりと見える。
 もう青髭公との夕食は終わったのだろうか。エリーザベトは急に堪らない気持ちになり、部屋の外に控えている侍女に中庭を見学してくると言いおくと――こんな時間にと怪訝な顔をされたが――階段を下りていった。
 しばらく手入れはされていないのだろう、秘密めいた中庭だった。ねじれながら伸びた枝、実を結んだまま闇に彩りを添える茨の生垣。煩雑に伸びた茂みがあちこちに生えており、まるで森の中に戻ってしまったように感じられる。手前に石造りのベンチが置かれていたが、メルツの姿はそこにはない。夜空に雲は出ておらず澄んだ星空が広がっていたが、木々が落とす陰で足元は真っ暗だった。目を凝らして進むと、ぽこぽこときのこを踏み砕く感触がする。
「メル、そこにいるの?」
 名を呼ぶ。反応はなかった。聞こえなかったのかもしれないと再び息を吸い込むと、ようやく奥の茂みから「エリーザベト?」と応じる声がする。
 メルツは生垣の石積みに寄りかかり、膝を折って座っていた。途端に彼に話したい事――お風呂がとても気持ち良かったとか、城の作りは鳥と猫でもあまり変わらないとか、どんな話を青髭公としたのか等と――溢れ出てきて、エリーザベトはうきうきと駆け寄った。
 しかし近付くにつれ、メルツが強張った顔をしている事に気付く。眉間が狭めて目を細め、まるで眩しさに堪えている者のようだが、膨らんだ尾から彼の尋常ではない様子が膨らんでいた。耳を軽く後ろに伏せている事からも気が立っているのが分かる。エリーザベトはぎょっとして足を止めた。
「……どうしたの、何か嫌な事があったの?」 
 メルツは押し黙ったままエリーザベトを見つめる。何かが瞳の奥に封じられているような、物言いたげな視線だった。だが彼は更に眉間に力を入れると視線を反らし、毛羽立った尾を背に隠す。
「うん……ちょっと苛々してる、……かな。ごめん、八つ当たりしちゃいそうだから、もう少し一人でいさせて欲しいんだ。頭を冷やしたい」
 詫びる気持ちは汲み取れるものの、風を切るようなきっぱりとした口調だった。突然の事でエリーザベトは頭の中が真っ白になり、何があったのか、自分がいては駄目なのかと混乱したが、咄嗟に首を横に振り、気にしていないふりを装う。肉食について集会場で語り合った時も、これほどまで彼は鋭い態度を取らなかった。上手く取り繕わなければと、殊更明るい声を出す。
「そうなのね、邪魔してごめんなさい。私、部屋に戻るけれど……ここは寒いから、その……メルも気をつけてね」
「うん。……明日、話すよ」
 メルツは若干声を緩めて頷いた。エリーザベトはおやすみなさいの代わりに軽く手を振り、踵を返すと、普段通りの歩調になるように心がけて中庭を出て行く。何度か走り出しそうになったが、メルツが見ているかもしれないと思って衝動を堪えた。メルツにも自分自身にも、今の事には何一つ傷ついていないと言い聞かせたかった。
 しかし不安は募る。
(何だろう、何があったんだろう?青髭公様と喧嘩?それとも、もっと悪い何かが?)
 嫌な予感がした。






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