先行するのは夜目の利くメルツだが、風を呼んで道を開く為、エリーザベトも横に並ぶ事になった。
「走る時は、踵から爪先の順で床につけるんだ。そうすれば足音があまり立たなくなるから」
 更に二人は用心を重ね、足音を消す為に靴底を布切れで覆い、邪魔になりそうなドレスの裾や外套の端を結び上げる。足首を出す事に少し抵抗があったが、そんな場合ではないのだからと自分に言い聞かせ、エリーザベトはドレスを引っ張りあげると余分な生地を一くくりにした。
 魔物はまだ残飯を漁っている。余程腹が減っているのか、それとも骨を転がして遊んでいるのか。煙が立ち込める周囲にも気付いていないくらい鈍いのだから、二人が走り出しても意識の隅にさえ引っかからないかもしれない。
 歌声を早い段階で聞きつけられるのだけが不安材料だった。エリーザベトは脳裏に譜面を思い浮かべ、省略できる部分は取り除き、最も効果のあるフレーズだけを歌う事に決める。音程を外さなければ十分に力を発揮できるはずだし、あまり長々と詠唱していては呼吸が乱れて逆効果だ。あとは風を巡らせる方向をきちんと自分たちの目の前に定める為、歌詞にこちらの要望をきちんと組み込まなければならない。走り始めて歌う余裕がなくなる際に備えて、歌の効果を継続させるビブラートの箇所を最後に設けた。
(大丈夫、きっとできるわ)
 自分ひとりではない、恩人であるメルツの命もかかっているのだ。普段ならば荷が重いと躊躇いそうなものなのに、今回は不思議とそう思わない。身を包むのは浮ついた自信でも高揚でもなく、何度も繰り返した歌を唇に乗せる時の確固とした冷静さだった。歌そのものは失敗する気がしない。
 準備ができると、エリーザベトはメルツに目配せをして、そっと歌い始めた。
 吐いた息が声になり、言葉になり、歌になる。喉の奥が暖かい火が灯ったように熱くなり、続いて、漂う空気に自分の息が混じるのを感じた。混じり、溶け合い、名を呼び、懇願する――思いを伝えようと。
 ぐんと風の尾を掴んだ、確かな手応え。唇に触れる空気が軽くなる。背中から吹き付ける爽やかな歌の息吹を感じ、立ち込めていた白い臭気が奥へ遠のくと、石畳の床が一筋の光のように黒々と浮かび上がった。
(今だわ!)
 合図を送る。メルツが口元と鼻を片手で押さえながら、残る手でエリーザベトの肩をぽんと叩き、小部屋から身を屈めて飛び出していく。エリーザベトは切りのいいところまで歌い上げ、結びに継続のビブラートを組み込むと、彼に続いて一気に走り出した。
 左手には池。右手の奥をぐるりと壁沿いに進めば、玄関に続く回廊へ。
 呼び込んだ風はそこを目指し、広間を斜めに突っ切るように伸びている。思った以上に池へ接近する箇所があり、エリーザベトは調整を誤ったかとひやりとしたが、それでも魔物とは十分な距離が開いていた。メルツも躊躇う事なく風の道を突き進んでいる。
(良かった、失敗はしてない!)
 エリーザベトは走った。結んだドレスの裾を蹴り上げ、覆った手の下で歯を食いしばり、できるだけ物音を立てないように。
 いくら風で追い払ったと言っても、室内に充満した香りは指の隙間から執拗に入り込んでくる。くらりと眩暈がした。まるで咲きたての花芯に放り込まれようで、鼻がもげてしまいそうになる。臭気に当てられたのかメルツの速度が緩んだが、それでも足取りはしっかりしていた。祈るような気持ちでエリーザベトはそれを見つめる。
 二人は鼠のように石畳の床を駆け抜けた。風で左右に押しのけた臭気は渦になって吹き溜まり、おかげで魔物の姿が霞んで見えなくなっている。しかし逆を言えば、あちらからも二人の姿は見えにくくなっているはずだ。都合がいい。昼間にぐるりと池の周りを一周したおかげで、暗くても位置を把握できるのが幸いした。ほとんど時間をかけずして道程のへ半分を駆け抜ける。
 やがて、池と最も接近する箇所に差し掛かった。もはや気配を悟らない事は不可能に近い。魔物はゆっくりと鎌首をもたげて首周りのエラを波立たせると、ようやく周囲の異変に気付き、ぎゃあん、と甲高い威嚇音を鳴らした。立ち込める煙の隙間からメルツとエリーザベトを見つけたのか、平べったい頭がこちらを向く。
(気付かれた!)
 エリーザベトの背筋が凍った。魔物の視線が舐めるように体の上を滑っていくのを感じる。前を走るメルツが尾を膨らませ、片手で腰からナイフを抜くのが見える。
 しかし最初に予想していた通り、魔物の動きは陸上だと極端に鈍くなるらしかった。獲物を追おうと前足を池から引きずりあげたものの、それはひどく緩慢な動作で、すり抜ける事は造作もない。エリーザベトは必死に足を動かし、粘膜に覆われた鉤爪が月光にきらめくのを横目に出口へと向かった。もう少しで回廊に届く。
(逃げ切れた!)
 魔物の気配が遠ざかり、目指す回廊に足を踏み入れるとメルツが再びナイフを腰に戻すのが見え、エリーザベトは心底ほっとした。ひとまず自分の仕事はやりきったのだ。
 だが背後からは魔物が追ってくる気配が続いている。しつこく残飯を漁るくらいだ、心底腹が減っているのだろう。簡単には諦めないはずだ。
「もうちょっとだよ、走って!」
 声を抑える必要がなくなり、メルツが大きく叫ぶ。回廊に差し掛かって臭気は薄れたものの、歌の効果が切れ始め、そよ風程度の細い道が開けているだけなので、ごほごほと彼が咳き込む音がした。エリーザベトも走り詰めで息が続かなくなってくる。回廊は緩い上り坂になっているので足がもつれ、結びが甘かったのかドレスの裾も解けて足首に纏わりつき、ひどく走りにくかった。
「おい……誰かいるのか?」
 玄関広間に辿り着くと、出し抜けに探るような見知らぬ若い雄の声が降る。エリーザベトは心臓が止まるほど驚いたが、声の主はこちらの応答を待つ気はないようで、苛立たしげに舌打ちをした。
「くそっ、どこから入り込んだんだよ!」
 二人の真横で、敏捷な身のこなしで奥へと駆け抜けていく黒い外套が煙越しに映る。あっちには魔物がいるのに――と思った矢先、今度は横手から別の声が投げかけられた。
「こっちへ!」
 こちらも若い雄の声だ。彼は有無を言わさず二人を抱きかかえて横ざまに飛びのき、臭気の充満する塚山から放り投げるようにして二人を押し出した。新鮮な夜の空気が体を包み、メルツは咳き込みながら尻尾を波立たせ、エリーザベトは乱れた息を整えようと大きく胸を膨らませる。
 何だかよく分からないが助けられたらしい。メルツが先程言っていた、ここを縄張りにしている猫たちだろうか。
 塚山の外に出てみると、入り口に水瓶ほどの香炉が据えられ、室内に臭気を送っていたのが分かった。濃厚な煙が重力に従って坂の下へと流れ込んでいる。脇には猫一匹が丸々入りそうな大きい道具袋が置かれていた。夜露に塗れた落ち葉の感触が心地よい。
「やれやれ、どうしてこんなところに子猫が?」
 問いかけながら二人の側に歩み寄ったのは、頭巾を脱いで耳を露わにしている若い雄猫だった。口元を覆っている匂い封じの布を引き下ろし、困惑した様子で二人を見つめている。メルツよりも青味が強い銀色の毛並みをしており、長い髪を縛って背中に垂らしている様子はまるで尻尾を二本持っているようにも見えた。猫族特有のオッドアイが闇夜にきらめき、エリーザベトは反射的に立ちすくむ。
「昼に確認した時には誰もいなかったと思ったんだけど……気付かなかったとは言え、巻き込んで悪かったね。それにしても雌を連れて独り立ちするには少し早い年頃に見えるな」
 歌うような抑揚で銀猫がこちらを覗き込む。品の良い美しい顔立ちをしているが、首を傾げる仕草には隙がない。色違いの瞳が探るように二人を見つめる。メルツが前に立ってエリーザベトを背に庇ったが、体格差がある以上、ケープに覆われた翼は隠しきれるものではなかった。銀猫の眉間に複雑な皺が刻まれる。
「……鳥?」
「渡りの最中に夜盗に襲われて、船から落ちてしまったんです」
 そうした反応を予想していたのか、疑問を制すように手早くメルツが説明を挟んだ。先程まで咳き込んでいたせいで声が掠れている。
「僕は薬師の母と一緒に護衛についていました。ここは船に戻る為に立ち寄っただけで、貴方がたの縄張りを荒らすつもりはありません」
 メルツの気負いを感じたのか、銀猫は微かに目を細めた。事態を把握して答えを導き出す目つき。値踏みするような沈黙の後、ゆるゆると溜め息を零して前髪をかき上げる。
「渡りか……まあ、災難だったね。安心してくれ、僕らも魔物を狙って最近ここに来たばかりだから。こんなところにまで迷い込んでくるなんて君たちも余程の事だろう。同情するよ」
 彼は軽く両手を差し出した。はっとした顔でメルツは自分の名を名乗り、相手の手を取る。二人は順繰りに手の甲に額を押し当て、互いに敵意がない事を示した。銀猫は次にエリーザベトを見ると、両手を差し出す代わりに軽く微笑みかける。
 エリーザベトは慌ててドレスを摘み、膝を折って正式な礼をした。せっかくメルツが取り繕ってくれたのに、自分のせいで場の空気を悪くしたくない。猫式の挨拶をさりげなく避けられた事に胸が痛んだが、鳥には鳥なりの方法がある。
「初めまして、エリーザベト・フォン・ベッティンと申します。知らぬ事とは言え、無断で貴方がたの縄張りに立ち入った事、どうかお許し下さいませ」
「……どうも。雌の雛をこんなに近くで見るのは初めてだな」
 用心の為なのか銀猫は名乗り返さなかったが、それでも充分に好意的な微笑を浮かべた。唇の端を左右平等に持ち上げる、とても綺麗な笑い方だった。エリーザベトは今更ながら自分の髪や衣服がめちゃめちゃになっている事に気付き、せめてもとケープからはみ出た風切り羽根を隠す。
「僕も一度、護衛が足りないからって渡りに付き合った事があったけれど、その時の連中がひどく高飛車でね。足を洗ったんだ。だけど君みたいに礼儀正しい子の護衛なら、もう一度渡りをするのも楽しそうだな。翼も純白で綺麗だね」
「……おい、雛まで口説く真似は寄せ。その渡りの時、痛い目にあったのはどこのどいつだ?」
 背後から辛辣な声が飛んでくる。振り返ると、先程塚山の奥へ走り抜けていった雄猫が戻ってくるところだった。過不足のない整った顔立ちだが、つり上がり気味の眼差しもあって、苦々しい表情はどこか投げ遣りな印象を与える。腰には剣を下げているが、肩に担ぐように持っているのは弓のような形状の武器だった。黒い頭巾を被っている為、額から上は見えない。他の猫のように肩に羽織る外套ではなく、腕を袖に通してベルトで腰元を縛る形状の衣服を着込んでおり、裾も長いので尾の色も分からなかったが、黒衣の立ち姿からエリーザベトは故郷の断罪師を連想した。鳥が重い罪を犯した場合、翼を切り落とす役目を担った役人の総称で、一年に一回、冬至の日にまとめて執り行われている。尻尾が隠れて邪魔そうなのに、猫でもあんなに長い外套を羽織る者がいるのかとエリーザベトは少し意外に思った。黒衣の猫は二人を見やると、皮肉げに口元を吊り上げる。
「へえ、あれを嗅いで走りきれたんだな。そろそろ倒れた頃かと思ったぜ」
 どちらでも大差ないと言うような口調だった。彼はすぐに二人へ背を向けると、銀猫に向かって「眠らせてきた」とだけ報告し、香炉の横に置いてある道具袋の中を掻き回し始める。銀猫が片眉を上げ、先程の発言に対し異議を申し立てた。
「口説いてるんじゃない、労わっているだけだ。見境がないような言い方は止めてくれよ。大体、あの渡り時だって、あっちが勝手に入れあげたんだ。家宝の飾り球なんて贈られて迷惑したのは僕も同じなのに」
「どうだか。俺はこんなとこで盗賊の真似事なんかしてるより、お前に結婚詐欺でもさせた方が楽に儲かる気がするがな」
「そんな事を言うなら、僕は君が曲芸師になった方が儲かると思うけど?」
 ぽんぽんと跳ねる二人の会話に聞き逃せない単語を見つけ、エリーザベトはぎょっと身を強張らせる。
「お二人は盗賊……なんですか?」
「……いや、盗賊と言っても、こういう塚山に残っている値打ち品を探したり、賞金の掛けられた魔物を狩るのが主なんだ。取って食いやしないから安心してくれ。渡りを襲うような連中とは別口だよ」
 銀猫が苦笑しながら片手を振る。気を許し始めたのか、彼がしゃべるたびに場の空気が和らぐのが分かった。黒衣の猫も一度鼻を鳴らした後はこちらに興味を失くしたようで、袋から銀色の網を引っ張り出し、あちこちへ鉤爪のような金属片を組み込む作業を没頭している。
 どちらにせよ、彼らにとって自分たちなど相手にするほどではないのかもしれない。何しろ塚山の奥では先程の魔物が既に仕留められている様子なのだ。
 二人が夜盗ではないと聞き、ひとまずエリーザベトはほっとする。少なくとも友好的な態度を取ってくれるようだ。メルツは話の内容に興味を覚えたようで、塚山の奥と盗賊たちとを見比べている。
「あの魔物、賞金首だったんですか?」
「ああ。おそらくここは《数え足》の生け簀だったんだよ。魚でも養殖していたのか、あるいは元から奴を入れていたのかは分からないけどね」
 いけす、とメルツは酸っぱいものを口に含んだように繰り返した。
「つまり……あれを《数え足》は飼っていたかもしれないんですか?」 
「おそらくはね。野生化して長いんだろう、池の魚を食い尽くした挙句、巣から這い出るのを覚えたらしくて、もう十人近く猫を食ってる。《数え足》はこういう魔物の事を竜と呼んでいたらしいけど……生け捕りにすると高く売れるから、剣を使う訳にはいかなくて」
 銀猫は顎で香炉を示し、これを使ったのだと言い添えた。
「水の魔物は鼻が利かない。だが空気を取り込む穴は持っている。そこを狙って、動きが鈍くなる作用のある水藻を炊いたんだ。あまり炊きすぎると自分たちまで具合が悪くなるような代物だから、加減が難しいんだけれど」
「へえ……」
 メルツが感心したように香炉の中を遠巻きに覗き込み、具体的には何の藻なのか、分量はどのくらいが的確なのかと質問し始めた。問われて悪い気はしないのだろう。銀猫も出し渋る事なく知識を披露し、一通りの講釈が終わると、二人の間には同じ薬師だという連帯感が生まれているように見えた。
「僕たち、群れからはぐれて困っているんです。皆のところに戻りたいんですが、何か噂は聞いていませんか?」
「うーん……悪いけど、僕たちはしばらくここを張っていたから、他の猫とも会っていないんだ。このあたりで渡りをしてたって言うのも初めて聞いたし」
 なあ、と彼は横手へと視線を向ける。網の目へ順繰りに仕掛けを施しながら、黒衣の猫が同意を示すように肩をすくめた。しかし手掛かりがないと分かって気落ちした二人を見かねたのか、銀猫が続けざまに提案する。
「ただ、集会場までの道なら案内できるよ。僕らも魔物の事を組合に報告しなきゃいけないからね」
「いいんですか?」
「まだ奥で作業が残ってるから朝まで待ってもらわないといけないけど、ついでだし、別に構わないよ。君たちは少し休んでおくといい。あいつを除けば、この塚山には虫くらいしかいないから」
「ありがとうございます!」
 メルツの声に続き、エリーザベトも膝を折って礼を言う。盗賊たちは使い終わった香炉に蓋をすると、鉤を仕込み終えた複雑な網を担いで塚山の中に入っていった。きっとあれを使って生け捕りにした魔物を封じておくのだろう。軽口を叩きながらも手際よく準備を済ませる彼らの様子は、このような仕事について随分と長いのだと示していた。猫は家族単位で行動すると聞いていたエリーザベトは、もしかして二人は兄弟なのかしらと考えたが、あまりそうも見えない。
 盗賊たちがいなくなると、メルツとエリーザベトは道具袋を守るようにして地面に腰を下ろし、事の成り行きを振り返った。一連の出来事で神経は昂っていたが、ようやく安心して座る事が出来る。
「何だか、運が悪かったのか良かったの分からないね。せっかく寝床を作ったのに、魔物は出るし、煙に巻かれるし」
「でも助けてもらって、今度は集会場まで連れて行ってもらえる事になったわ。きっと良かったのよ」
 そう答えると、メルツは控えめに微笑んで目を伏せた。心なしか耳も萎えて見える。
「……ごめんね、エリーザベト」
「え?」
「僕が見立てを間違ったせいで、危険な目に逢わせちゃって」
 塚山に入る時、変な匂いがしたのはイユキの実だけではなく、魔物の残り香や潜んでいた雄猫たちのものが混じっていたのだろう、とメルツは語った。その時に気付いていればこんな目に逢わなくて済んだのに、と。
 エリーザベトは驚いた。彼の非を責める気持ちなどこれっぽっちもなかったのに、そう受け取られている事も衝撃的だった。そんな態度を取っただろうか。誤解を招いたならば解かなければと、せっかく落ち着いていた腰を浮かせてしまう。
「そんな事ないわ!私だってメルに頼りっきりだったんだもの、メル一人が悪いんじゃないわ、ごめんだなんて言わないで!」
 大声を出してしまったせいか、その剣幕にメルツが軽く身を引いている。我に返ったエリーザベトは頬を赤くさせ、膝を抱えた姿勢に戻った。
 どう言えばメルツに伝わるのか、よく分からない。風呼びの歌を歌っていた時はあんなに自信があったのに、旋律に乗せず、ありのままに想いを伝えようとする事の、何と言う複雑さだろう。伝統的な型もなければ技法もない。相手の気持ちを軽くするフレーズが丸ごと教本に載っていたらいいのに。
「それに……今思えば、船から落ちた時の方がずっと危なかったと思うの。だから、あんな足の遅い魔物なんて、全然よ?」
 膝に顔を埋めながら、もごもごと付け加える。ちょっと話をずらしてみたのだが、どうだろう、おかしくないだろうか。目玉だけ動かして様子を窺うと、メルツは先程のように睫毛を伏せて微笑んだ。
「……そっか。なら、いいんだ。ありがとう」
 安堵したと言うよりも、エリーザベトの必死さに応じて場を収めてくれたような、大人びた笑みだった。彼はあの二人が戻ってくるまで少し休もうと話題を変える。会話が立ち消え、エリーザベトは歯痒さに目を瞑った。かえって気を使わせてしまったのかもしれない。
(お礼を言いたいのは私の方だったのに)
 ぎこちない沈黙が胸を塞ぐ。船に戻った時の為に今から言葉を考えておこう、と彼女は思った。今は上手く伝えられなかったけれど、一緒に船から落ちたのがメルで良かったと、そう伝えられるように。


第二話END



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