婚礼の翌朝。
 ドキドキの夜も終わり、目覚めたメルヒェンを待っていたのは、初夜の顛末を聞こうとする可笑しな性癖を持った二人の愉快な王子達で、その後、狡賢いデブ・ヒゲ・ノッポの謀略により、幾度か捕まりかけたのであったが、その都度、奇跡的に逃亡し続けたのであった!
 ――が結局、捕まった。
「気に掛けてくれたのは有難いが、つつがなく初夜は終えました。首尾はご想像にお任せします。後は僕ら夫婦の問題ですのでお気になさらず――と言う訳で、野次馬は山に帰れ」
「はははは、恥ずかしがっておるな、愛い奴め」
「苦しゅうない、話すが良いぞ」
「君達は王子であって殿ではなかったはずだが」
「いかにも」
「たこにも」
「そして君達はもう少しキャラを薄めた方がいいと思う」
 朝っぱらからこんな会話をしなければならないとは何の罰だ。
 メルヒェンはうんざりしながら二人の王子を見比べ、背後でロープやら虫取り網やらタライやらを持って控えている従者達を恨めしげに見遣った。下剤を飲まされたと言うのに懲りない奴らめ。
「君達のアドバイスが役に立ったかは疑問だが、確かに親切にしてくれた事は認めよう。しかし、余計な詮索は止してくれ。エリーザベトにも悪いし、もう僕だけの問題じゃなくなったんだから」
「それは正論だが、君も友達甲斐のない奴だね」
「せっかく色々と心配してやったと言うのに、その顛末も教えてもらえないとは」
 王子達は大袈裟に肩をすくめる。ちなみにメルヒェンは彼らと友達になった覚えはない。派遣コンサルタントとして屍人姫の紹介をしてやった覚えしかない。今となっては婚礼に招待した自分の正気を疑うレベル。
「考えてみてくれ。君達だって、奥方との事を根掘り葉掘り聞かれたら失礼だと思うだろう?」
 幸い、王子達も人の子。遊び人にして愛妻家である。彼らの情に訴える作戦に出ると、青王子が煌びやかに笑った。
「僕は構わないよ。と言うのも、白雪はまだ肉体的にも精神的にも幼いからね。手を出していないんだ」
「それは……意外だな」
「現在の彼女も可愛らしいが、まだ理想の女性には程遠い。大人になるまで待つつもりさ。とりあえず一緒の墓に入る約束は取り付けたし、夜は一緒に林檎の皮むき競争などをして、有意義に花嫁修業をさせているね」
 意外に計画的である。思いがけずドイツ版・源氏物語を聞いてしまった。最終目標が『墓』と言うのが諸行無常を感じさせ、むしろ風流にさえ思えてくる。
「君の方は子供も出来たんだろう?」
「ああ、妊娠七ヶ月だよ」
 話を振ると、赤王子がうっとりと応えた。
「いやはや聞いてくれたまえ。野薔薇のほっそりとしたお腹が、日に日にメレンゲのようにふっくらと膨らんでいく光景は実に感動的だ!それに官能的でもある!あの滑らかな小山に柔く歯を立てて、子供の胎動を唇に感じた時の幸福感と言ったら――!」
「いや、それ以上は言わなくていい。奥さんに悪いからいい。あと子供が生まれても、そう言う話は聞かせない方がいいぞ」
 またもや特殊な性癖の話になってしまった。まあ、幸せそうで何よりである。確かにメルヒェンも自分とエリーザベトの間に子供が出来て、丸くなっていくお腹を触らせてもらったら、それはそれは感動的だろうなと想像はできるが。
 ――いかん。ちょっと理解できそうになってる。
 メルヒェンは話題を反らし、いい天気ですね心が洗われるようです、時に何故この世界の魔女や継母は七割方ムッティに瓜二つの声なのか気になって夜も眠れないのですが、正直ムッティの声で「この愚図!」「いいツラの皮だね!」と罵倒されてみたいと言うドMの男共が後を絶たず僕としては物凄く複雑で、しかしまあ罵倒でも高笑いでも亡きムッティの声が聞こえるのは喜ばしい事だと思い、うっかりエリーゼに「ムッティ(の声を聞くと胸が)あったかいね!」と打ち明けた際には『あんたバカァ?マザコン?』と罵倒と共に頭突きをかまされ、ああ嫉妬かな愛されているなぁと実感してしまっていた当時の僕も、今となっては大概ドMだったのではと思うのですが、ははっ、いやはや懐かしいものですね、と言うような脈絡のない事を何故か敬語で喋りながら後ずさり、回れ右をして、再びダッシュで逃亡した。
「こら待て、心の友よ!」
「その話、もう少し詳しく聞きたい!」
 逃亡したはいいが、結局のところ特殊な性癖の話題からは逃れられなかったあたり、王子達の影響力の強さを物語っている。恐るべき空気感染テッテレ。何気なくドM告白をしてしまった屍揮者の明日はどっちだ!
「あ、メル、おはよう。どこへ行くの?」
 ――と次回に持ち越すのかと思いきや、走り出したメルヒェンの前に現れたのは新妻エリーザベトでした。
「起きたら隣にいないんだもの。私、もしかしたら昨夜、メルに気に入られなかったのかと思って不安で……」
 しかもここでメルヒェンが振り切ったはずの初夜の話題を出してしまうあたり、彼女も間の悪い人間である。なにせ選帝侯が蝶よ花よ聖女よ、と慈しんで育てたピュアピュアの箱入り娘なのだ。だからこそ「お父様って呼ばないと殺しちゃうんだからっ」と言うヤンデレなメッセージにも気付かず、愛の裏返しを受け続け、最終的には素直に磔になってしまったのである。素直すぎる。だが、そこがいい(選帝侯談)
「ねえ、ちゃんと気持ち良くなれた?」
「っ、エリーザベト、その話はまた後で!」
 メルヒェンも頬を赤らめ、たじたじとなりながら彼女の手を掴み、一緒に逃げようとした。エリーザベトも旦那様に手を握られ、嬉しそうに顔を輝かせる。鈍色の足取りなど人々の記憶から跳ね飛ばす勢いで、彼女はメルヒェンの猛ダッシュに根性で付いていった。砂煙の上がる廊下に人々が驚いて二人を振り返る。彼らの姿は後に、大河の上空を美しく流れる星々のようだったと語り継がれる事になった。思いがけず『ライン川の流星』の二つ名を得た新婚夫婦の明日はどっちだ!
 ――と再び次回に持ち越すのかと思いきや、そこは色んな意味で人間離れした王子達の事。恋愛話には女子高生なみに貪欲である。あっと言う間に二人に追いついてしまった。
「やあエリーザベト殿!」
「ご機嫌麗しゅう!」
「朝から貴女のお顔を拝見できるなんて」
「僕らはなんて幸せ者だろう!」
「さて不躾だが」
「今後の夫婦生活を円満にする為にも」
「ひとつ僕らに」
「君達の昨夜の顛末を」
「詳しく」
「教えて」
「くれないか」
「な?」
「わざわざ台詞を細切れにする必要があるのか君達は!」
 メルヒェンは叫んだ。うざい事この上ない。しかもこの間、四人はまだ全力疾走である。さすがドイツの城。廊下が長い。
「で、でも昨夜の事を話すなんて……きゃっ、恥ずかしい!」
「満更な顔をしないでくれ、エリーザベト!」
 ピュアピュアな箱入り娘も恋の成就に浮き足立ち、普段の慎みを忘れている。嬉し恥ずかしな新妻の反応にメルヒェンは青ざめた。王子達をガールズトークの相手と認識されては困る!プライベートが色々とダダ漏れになる!
 なんかもう突っ込みを!突っ込みの応援を頼む!エリーゼはまだ井戸から戻ってくれないのか、今となっては彼女の毒舌が恋しい!この展開だとまた青髭が出てきてSMトークになってしまう!
 ――と、ネガティブな思考回路を展開させていたメルヒェンを救ったのは、意外と言えば意外な人物だった。
「エリーザベトにセクハラ発言をするな、この若造がぁぁぁぁぁ!」
 選帝侯である。廊下の真ん中で仁王立ちしていた彼の拳が、すかさず唸った。
 まずは赤王子の腹に一発、衝撃で後ろに飛ばされたところを回し蹴り、そして宙に浮いた彼を踵落とし。床にめり込む赤王子。
 次に青王子。足払いを掛け、つんのめった彼の額に膝蹴り、衝撃で後ろに飛ばされたところを回し蹴り、そしてやはり最後に踵落とし。床にめり込む青王子。
「ふっ、他愛のない……」
「お兄様!」
「……お父様だ……っ」
 ずざぁ……と砂煙が上がる中、優雅に前髪を払い除け、選帝侯は渾身のドヤ顔を披露した。エリーザベトも口元に手を当て、ピュアピュアの名に恥じず、場の空気に流されて何故か感動している。
 メルヒェンには言えない。あんたが最初に酔っ払って初夜を公開するとか言い出したせいだよ、とは言えない。
 ともあれ、こうして初夜の秘密は守られたのだった。







END. 
(2011.02.16)

私は彼らを何だと思っているのか。



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