愛の力とは偉大である。
 初恋の爽やか美少年が、屍人もキョドる不眠症V系青年として舞い戻ってきた時も、エリーザベトは彼を見抜いてしまった。そして手首を縛る鎖を力強くぶっ飛ばし。
「メルツでもメルヒェンでも構わないわ!そのネーミングセンスもずば抜けてるわね!ダサイを通り越して素敵、愛してる!」
 と広い心で受け入れた途端、あれよあれよと愛の力で奇跡を起こし、墓場から死者は蘇り、V系青年は記憶を取り戻し、磔になっていた十字架はばきばきと壊れ、生き返りもすっきりの美聖女は、晴れて死に別れた初恋の人と結婚する事になったのである。
 めでたい。
 メルヒェンもさすがの急展開に少しの間ぽかんとしていたが、今では彼女とラブラブである。
 めでたい。
 結果的に仲間はずれになったエリーゼが『馬鹿ぁぁぁ、メルの浮気者ーーー!』としばらく殺意を唄う人形の本領を発揮して荒ぶる事となった。天地を揺るがす強大な泣き声に、邪神が蘇り、オババはおののき、少年と少女は立ち上がり、雷神の力が再び目覚め、激しい戦いの末に平和を取り戻し、やがて幸せに暮らしたと言う。
 めでたい。
 拗ねて荒ぶるエリーゼとて、宥める手段がない訳ではない。メルヒェンそっくりのお人形を作って旦那様にしてあげるからと妥協案を出すと、渋々ながら泣き止んでくれた。今では出来上がったメルヒェン人形に魂を込める為、いそいそと井戸に通うのに忙しい。毎夜毎夜どぽーんと人形を水に突き落とす音が聞こえるたび、本物のメルヒェンが過去のトラウマを思い出して半泣きになるのだが、可愛いエリーゼの為ならと泣くのを我慢している。
 めでたい。
 更にメルヒェンは『ふむ、なかなか良い体つきの花嫁だ。隠れ巨乳と言う奴か』等、エリーザベトを値踏みしてくる《衝動》の声も脳裏からシャットダウンしていた。今では完全にログアウト状態で、二人のラブラブっぷりを覗かれる心配もない。
 めでたい。とにかくめでたい。
 そうして婚礼の当日。無事に結ばれた終えた二人を祝う為、城には人が集まっている。美しく着飾った新郎新婦が愛を誓った後、無礼講の宴は夜まで続けられていた。
 しかし、当の新郎は浮かない顔である。
「初夜に立会人をつけるって本気なんですか……お義兄様」
 場所は、酔い覚ましに立った城のテラス。げんなりと尋ねるメルヒェンの横で、酔っ払ったザクセン選帝侯が声高に喚いた。
「お義父様と呼ばせてやると何度言ったら分かる!ラインプファルツとの縁談を蹴ってまで、住所不定無職のお前にエリーザベトをくれてやったんだぞ!事を見届けなくては怒りが収まらん!」
「住所は墓場で、職業は屍揮者です」
「黙れ!そんな訳の分からん肩書き、信用できるか!」
「ですが、さすがに立会いとなるとエリーザベトも傷つきますし……」
「か、勘違いするなよ、別にお前達の為じゃないんだからな!きちんと新床を確認しないとラインプファルツや諸侯から本当に結婚の義務を果たしたのかとケチをつけられ、行く行くはお前達が肩身の狭い思いをするのではないかなんて、全く心配してないんだからな!」
 顔を赤らめた選帝侯を前に、気持ちは嬉しいけどこの人面倒臭ぇ……とメルヒェンは思った。初夜を公開するとか思考がお貴族様すぎる。
 どう切り抜けるべきか考えていると、更に面倒な輩に絡まれた。どこからともなく軽快なトランペットの曲が聞こえてくる。
「いやはや、素晴らしい結婚式だった!」
 いわずと知れた美青年、王子の登場。背後ではデブ・ヒゲ・ノッポと三拍子揃った従者達が汗だくでBGMを演奏していた。
「君も花嫁も実に美しいよ!病的に透き通る白い肌、喪服のような黒の式服……血のような唇と、青ざめた唇が奏でる誓いの接吻……さすが二人とも一度は死んだだけの事はある!」
 王子はうっとりと歩み寄り、情熱的にメルヒェンの手を取った。
「初夜にまで立ち会えるなんて目の保養だな。もし興が乗れば、僕も寝台に呼んでくれたまえ。技巧を尽くして二人とも等しく愛でてあげるとも!」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ、この腐れ変態王子」
 新婚夫婦にいきなり何の提案をするのか。手を振り払おうと苦心していると、再びデブ・ヒゲ・ノッポの従者がトランペットを吹き鳴らす。
「兄弟よ、お前の欲望はあからさま過ぎるのだ!」
 ブーツの音も高らかに、色違いの王子が現れた。
「退きなさい。メルヒェン殿が引いておられるではないか。ここは謙虚に、事が終わった後、ちょっとばかし噛ませてもらって感触を味わう程度で――」
「ちゃっかり『いただきます』を狙わないでくれ、変態王子その2」
 メルヒェンはうんざりと目を細めた。容姿も声も抜きん出た王子達だと言うのに、ネクロフィリアとカニバリズムだとは、なんて残念な双子だろう。彼らに嫁いだ姫君達は一体どうやって夫婦の夜を過ごしているのか――。いや、考えるのは止めよう。よそはよそ、うちはうち。
 だが振り払われてもめげる王子達ではない。耳元に顔を寄せ、そっとメルヒェンを不安に誘う。
「しかし君、これまで女性経験はないのだろう?」
「うっ……それは」
 痛い所を突かれた。井戸に落ちてから周囲の女性と言えば人形のエリーゼと屍人達だけだったので、そんな経験を積む機会はなかったである。
 むしろこの環境で経験があったら怖い。誰とどうやるんだ。
「いいかい、初心者同士では上手くいかない事が大半だ。果たして今夜、エリーザベト殿を満足させてあげられるのかな?」
「そうとも。ここは既婚者である僕らの忠告を聞いて、じっくり学ぶべきじゃないのかい?」
 両脇から王子達に肩を抱かれ、ステレオで囁かれる。背後から鳴り響くデブ・ヒゲ・ノッポの演奏も妖しいスローバラードに変わった。
「それは……そうかもしれないが……」
「夜の営みも第一印象が重要だ。見たところ聖女殿は君にぞっこんのようだが、あんまり手際が悪いと、百年の恋も冷めてしまうかもしれないよ?」
「そうとも。まずは相手の服を脱がせるだけで一苦労だ。レースのついた胸飾り、絹の胸衣、後ろで紐を結ぶ短いボディス、オーバスカートに幾枚ものペチコート、コルセットにシュミューズ……紐が絡まないように慎重に脱がせないといけない」
「勢いあまって破っても駄目だ。優雅じゃない。男らしさは演出できるかもしれないがね」
「ああ、あえてコルセットをつけたままもいい。やりすぎると呼吸困難になるが、締まりがよくなる」
「きちんと時間をかけなければならないよ。快楽は慣れによる部分も大きい。急いては事を仕損じる。姫君の負担も大きくなるからね」
「――ああそうだ、エリーザベトに無体を働いたら承知しないからな!」
 最後のコメントは選帝侯だった。まだいたのかシスコン。彼が酔っ払って潰れてしまえば立会いの話もなくなるのに。
 最初は迷惑がっていたメルヒェンだったが、彼らの話を聞くうちに次第に不安が色濃くなってきた。王子達も今では妻を娶ったとは言え、独身時代は散々遊び歩いた色男。この手の経験談には確かな真実が潜んでいる。エリーザベトが自分を嫌う事はないだろうが、うん、たぶんないとは思うけれど、結婚初夜で幻滅されるような事になるのは……いや、大丈夫、きっと大丈夫だが……でもやはり上手くいく事に越した事はないし、きちんと彼らのアドバイスを聞くべきなのだろうか?
「では、その……女性にとって初めてと言うのは、やはりかなり痛む……のだろうか?」
 おずおずと聞いてみた。王子二人は顔を輝かせ、水を得た魚のように喋りだす。BGMもテンポが上がった。
「そうそう、そうやって君も素直に教えを請うといい!」
「そうとも、助力は惜しまないさ!」
「初めてなら○○○の時○○○を仕損じる可能性があるからな。要注意だよ!」
「そうした時は○○○を○○○で○○○してあげたまえ!」
「そして○○○を○○○して○○○が――」




〜しばらくお待ちください〜




「――と、ざっとこんな所だね!」
「頑張ってくれよ、メルヒェン君!」
「そ、そうか……」
 急に詰め込まれた濃厚な知識に圧倒され、よろよろとメルヒェンは額を押さえた。何だか開いてはいけない扉を幾つか開けてしまったような気がするが、果たしてこれは役に立つのだろうか。王子達は満足げにメルヒェンの肩を叩き、きらりと歯を輝かせて目配せしてくる。BGM演奏隊はぜぇはぁと息切れし、いつの間にか音楽は途切れていた。
(今聞いた事を、エリーザベトに……?)
 想像を巡らせたメルヒェンは、ぼっと青白い肌を燃え立たせた。やっぱり無理、絶対に嫌われる!ハードルが高すぎる!恥ずかしくて死んじゃう!
「すまない。若者達の会話に口を出すつもりはなかったのだが――」
 ふと横から声が掛かった。見ると、ダンディーな壮年の男がワインを片手に思慮深い顔で佇んでいる。
「今の話は少し特殊すぎやしないかね。確かに夫婦の数だけ夜の営みはあるだろう。しかし、それでは新妻も怯えてしまう。初夜ならばもっと優しくシンプルに、女性の身を重んじてやらねば。良ければこれを使ってみたまえ。きっと上手くいくだろう」
 彼はそう言って、外套の内側から何かを取り出した。メルヒェンは手の中に視線を落とし、男の正体に思い至る。
「…………あの、棘つきの鞭とか手渡さなくていいですから、青髭伯爵」
「むっ、お気に召さないか。ではこちらを」
「いや、手錠もいいですから!」
「むう、これも駄目か。うちの妻はこれで大喜びなのだが」
「初夜でいきなりこれはないでしょう!」
 メルヒェンは頭を抱えた。どいつもこいつも特殊な性癖ばかり!
 くそっ、常識人の不足……圧倒的不利……!突っ込み役のエリーゼがここにいないのが悔やまれる……!今日もメルヒェン人形を井戸に落としに行ってしまったのか……!でも私は頑張るよ、ムッティ、いつだって……!
「呼びましたか、メル」
「……え、えええっ、母上!?」
 苦悩に暮れていた彼の耳に、懐かしい声が降った。それはとうの昔に亡くなっていたはずのテレーゼ・フォン・ルードヴィング、その人である。
「でも、確か貴女はエリーザベトの奇跡で蘇るには時代が古すぎて、生き返らなかったはずでは?」
「ええ。しかし一人息子の婚礼に冥府から駆けつけぬようでは、何の為の母でしょう?大きくなりましたね、メル」
 テレーゼは艶やかに微笑む。冥府からどんな大脱走を試みたのか、ドレスの右側がべったりと泥で汚れていた。裾には何故か黒衣の子供がしがみつき『出チャ駄目ダッテ言ッタノニー!』と泣いている。
「これで気が晴れました。これからは私も転職し、世界を祝う本物の魔女になりましょう。結婚おめでとう。幸せにおなりなさい」
「……ムッティ……!」
 久々の親子の対面、加えて駄目押しにSH界の涙腺崩壊ワードを添えられたとなると、さすがのメルヒェンもうるうると目が潤んだ。そう言えば彼、かなりのマザコンである。場の空気を察してBGM演奏隊も再び頑張り始めた。王子専用かと思いきや、意外とサービス精神旺盛らしい。
「いやはや、感動的だね」
「全くだ」
「もしやテレーゼ……君なのか!」
「エリーザベトの姑?」
 外野もざわめく。しかし急に彼らは腹痛を訴え始め、すたこらとテラスを去っていった。突然どうしたのかとメルヒェンが首を捻っていると、テレーゼが悠然と目を伏せて、ふっと男前な笑みを零す。
「――さて、何を隠そう立会人のワインに下剤を混ぜておいたのは私です」
「マジで!?」
「これで下世話な目から逃れ、花嫁と二人きりの神聖な夜を過ごす事ができるでしょう。今頃は彼らも自らの野次馬根性をトイレで悔いているはず」
「さ、さすが母上、お亡くなりなっても抜かりない!」
「ふふ、堕ちてもラントグラーフの血筋。伊達に世界を呪った訳ではないのよ。貴方にもこれをあげましょう」
「これは……?」
「精力剤と媚薬です。がっつりばっちり決めてらっしゃい」
「えっ」
「孫の顔が見れるのを楽しみにしていますよ、メル」
 にっこり。
 立会人の危険は去ったが、どういう訳だか先程よりも強いプレッシャーを感じる。メルヒェンは手渡された小瓶を握り締め、どうするべきかと気が遠くなった。着々と宴は終わりへと近付き、母の瞳に抱かれながら床に入る時間が迫ってくる。
 エリーザベト、逃げてぇ!









END.
(2011.02.08)

猛烈にギャグが書きたくて。なりゆき上の設定で王子を双子にしてしまったんですが、うぜぇ!二人揃うとうぜぇ!



TopMainMarchen




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -