08


 リアトリスは、その場にしゃがみ込んだまま、懸命に息を殺していた。

――下手に動いちまえば、取り返しが付かねえ。おいらが部隊でいたならともかく、
あんな状態の群れと、たった一人で戦うなんて、無謀にも程がある。

 リアトリスはしゃがみ込んだ体制を崩さないまま、最良となる答えを導こうとする。
 出来る限り浅い呼吸を繰り返し、気配を周囲に紛れ込ませようとした。

――奴らが潰し合って終わるか、共喰いで終わるか。どちらにしても、興奮状態が冷めねえ限りは、おいらも動けねえし……

 赤い光が見えた。次の瞬間、その光は、まるで鋭利な刃物のように、周囲の木々を斬り裂いていた。
 リアトリスのすぐ脇にあった木々までもが砕かれ、その破片が頭上から降ってくる。
 咄嗟に腕を振り上げて、降り注ぐ木片や木屑から頭や目を守る。見覚えのあるその光の刃に、
 リアトリスはゆっくりと立ち上がった。音を立てないよう、細心の注意を払いながら、
 それでも急ぎ足で魔物の群れへ近付いていく。手頃な木の陰に隠れながら、森の奥深くで、枯れ果てた花や朽ちた木々に、
 次々と赤黒い血が飛び散っていくのを見る。赤い目をした魔物が、次々と何かに飛び掛かっては、
 呆気なく返り討ちにされていた。単体では敵わないと見た魔物は、数匹がかりで襲い掛かっているが、
 今度はあの赤い光の刃で細切れに裂かれてしまっていた。リアトリスは目を凝らす。大きな魔物の影になっていて見え辛いが、
 そこにいる筈なのだ。

 そして、息を呑む。

――見えた!

 一際大きな魔物――大鬼オグルの頭を蹴り飛ばして、群れの中から宙へ飛び出したのは、
 紛れもなくディックだ。あの赤い魔剣を振り翳し、落ちるスピードと、それに伴って掛かる力を利用しながら、
 次々と切り捨てていく。彼が過ぎ去った傍から、切り捨てられた魔物は、黒い塵へと変貌していた。
 赤い血飛沫と黒い塵が風に舞ったその中で、ディックは真っ赤に染まった目で、魔物達を値踏みするように睨みながら、
 背筋を凍らせる程の殺気を放ち、魔物の群れを蹂躙している。瞳は血潮のように赤く染まり、顔も腕も返り血に濡れていた。

 地面に降り立った途端、大きく振り被り、叩きつけるように振り下ろされた大鬼の掌を、ディックは横方に飛び退いてかわした。
 その威力は大地を大きく揺らし、リアトリスは思わず尻餅を着いてしまう程だった。
 ディックはかわした先に襲い掛かってきた、別の魔物を斬り払う。そして、間髪入れずに角兎ジャッカロープへと一気に距離を詰め、数匹纏めて串刺しにする。
 そこまでの流れるような動きに、リアトリスは目を見張った。

 長い脚で、角兎達を魔剣から蹴り離せば、一瞬で角兎は黒い塵へと変化し、消えていく。
 魔力結晶が、ばらばらと音を立てて地面に落ちた。魔力結晶には、一切目も呉れず、ディックは次の標的へと向かっていく。

 リアトリスはそこで、自分が左手で右腕を強く握り締めていることに気付いた。爪が食い込む程に、
 強く握り締めている。いつの間にか、全身に汗をびっしょりと掻いていた。この場から感じる、
 強い魔力と殺気立った雰囲気に、恐れを抱いていた。半面防毒面をしていても、湧き上がる吐き気が治まらない。
 多くの魔物達の魔力が絡み合い、密集することで、酷い興奮状態が続いている。その悪い渦の中に、ディックも飲み込まれているようにも思えた。

「あっ、」

 魔物を切り捨てたディックの傍に、大きな魔物が立ち上がっている。
 右側からの異様な気配に気付いたのか、ディックがそちらへ顔を向けようとするも、それよりも早く、
 魔物の岩のように大きな拳が、ディックを弾き飛ばした。その瞬間を捉えた頃には、リアトリスは拳銃の引き金を引こうとしていた。
 その刹那――

 赤い刃の光が、無数に飛び放たれ、まるで風に舞う木の葉のように、魔物を散らしていく。
 その状態でも意識を失わず、大顎の牙を動かしていた頭を、ディックは突風のような速さで飛び掛かり、勢い良く魔剣を突き刺した。
 正確にして敏捷な、その一瞬の動きに、リアトリスは息を飲む。



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