07


 魔力結晶も、魔物の残骸とも呼べる塵の山も、肉片もそのまま捨て置いて、リアトリスは地上へ向かう。
 光が差し込む、斜面になっていた場所を地道に上り終え、ようやく地上に出た。
 衣類に付いた砂や泥を払いながら、リアトリスは改めて町の様子を伺う。

――これだけ静かな上に、地下で見たあの魔力結晶の量から見れば、嫌でも想像付くな。

 オールコックが、何かの魔物に乗っ取られたことは、簡単に判断出来た。
 町を歩いていたリアトリスは、ふと足を止めた。壁や家々の向こう側に、グラスター山脈が見えた。
 岩壁が剥き出しになっているが、上の部分にはまだ緑が覆い茂っている。
 頂上付近は、夏日だというのにほんのりと白く、雪か氷がまだ残っているらしい。

 オールコックを囲む壁のすぐ傍に、ほん少し顔を覗かせているのは、恐らくダラムの森だ。
 リアトリスは無意識に、これまでに得た情報を思い浮かべた。

 ダラムの森。一昨日の夜。逃げてきた男。魔物同士の戦い。響いた咆哮。静かな町。見かけない魔物。

――魔物の姿を、おいらは此処まで一匹も見てねえ。でも、派手な戦闘跡は、幾つか見てる。

 唐突に、ディックの姿が脳裏を霞めた。
 赤い瞳や、ぞっとする威圧感も一緒に思い出す。思わず腕を摩れば、鳥肌が立っていた。

                  ◆
 人気のないオールコックを抜けて、リアトリスはダラムの森の前へと来ていた。低木が何本か立っており、
 ぽっかりと丸い穴を開けているような生え方をしている。その穴の向こう側は真っ暗で、何も見えない。
 夏場とは思えない程の、冷気が漂ってくる。「ダラムの森には鬼が住む」。ソープステッドの住人はそう言っていた。

 リアトリスは反面防毒面マスクを装着し直すと、大きく口を開ける、森へと足を踏み入れた。
 途端、背筋に電流が走ったかのような、そんな強い痺れを感じた。じんわりと掻いていた汗が、
 急激に冷やされて肌寒い。全身を突き刺すように漂う空気が、魔力であることに気付くと、
 小枝や石を踏まないよう、音を立てないように気を付けながら、リアトリスは森の中を進んだ。

 耳が痛い程に、静かだった。魔物の息遣いや唸り声どころか、小動物や鳥はおろか。虫一匹も見当たらない。
 まるで、オールコックの静寂が、此処まで浸食しているようだ。人が一度も踏み入ったことが無いのか、
 森の中は手入れされておらず、非常に歩きにくい。獣道も殆ど無く、草木が縦横無尽にそこらを覆い尽くしている。

 迷ってしまいそうなその森で、歩いてきた道を見失わないように、リアトリスは左腕のアームカバーから鎌を出すと、
 定期的に木々に傷を付けながら歩く。更に進むと、根元が腐って倒れた大木が、進む道を塞いでしまっていた。
 その大木を乗り越え、森の奥へ進めば進む程、青々としていた草花や木々は変色し、茶色く朽ちてしまっている。

 森が死ねば、そこで暮らしていけない生き物は、また別の住処を求めて、生まれた場所を捨ててしまう。
 誰もいなくなったその場所を、魔物が手中に収めて暮らしていく。いずれ、住んでいた人々の消えたオールコックや、
 クロズリーの町も、魔物の住処へと変貌していくのだ。ル・コートの村も、リアトリスが定期的に訪れ、守っていかなければ、すぐに奪われてしまう。

 一度引いた汗が、再び滲み出始めた頃。ようやくリアトリスは、物音を聞いた。
 そして、それまでとは比にならない程の、悍ましい程の魔力を感じた。その強く、冷たく、激しい殺意を纏った魔力は、
 彼の自由を奪うように絡み付き、動き辛い。それでも、無理やりにでも四肢を動かして、
 リアトリスは音のする方向へと慎重に進んでいく。

「……っ!」

 暗い木々の向こうから、激しい戦闘の音と魔物を見つけ、リアトリスは足を止めた。ゆっくりと、音を立てないように気を付けながら、
 しゃがみ込み、息を潜める。前方にあったのは、魔物の群れだった。魔力が充満しており、
 それが攻撃性を誘発しているのか、皆一様に赤い目をしていた。




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