07
「上手く隠したつもりだろうが、あたしを恐れる本心は剥き出しだ。それでも、たった一人で趣いてきたその度胸に免じて、
為になる話をしてやろうか。魔物ハンターとはいえ、混血のことを詳しくは知らないだろう」
「……」
「おまえ達人間の多くは、混血が、魔物と人間の、双方の血が交わった種といった、単純な生物だと思い込んでいるようだが、
それは違う。確かに混血は人間の血と、魔物の血と両方引き継いでいるが、その血の強さは周りの環境に大きく影響される」
リアトリスはただ、拳銃を握り締めたまま、シェリーの目をじっと見つめた。
少しでも殺意を感じたら、すぐに撃つつもりだった。
「混血というものは、酷く不安定な存在だ」
「……どういう意味だ」
リアトリスの問いに、シェリーは淡々と述べた。
「ディックが良い例だ。あたしと出会うまで、あいつは人間の中で人間として生きていた。
まあ母親が、あまり魔法を使わせなかったこともあるだろうが、人間に囲まれて、それらしく振舞うよう強制され生きていたからか。
初めて出会ったとき、ディックからは魔力を殆ど感じなかった。今にも消えてしまいそうな、
気を抜けば見失いそうなほど、弱々しい魔力だったんだ」
それが。と、シェリーは目を細めた。
「あたしと出会って、あたしと一緒にいるようになると、今度は強烈な魔力を感じた。魔法を使わずとも、
魔将が常に傍にいる影響か、日に日に魔力が強くなっていくのが分かった。それから今。魔将一人と、
おまえ達に囲まれて、ディックの魔力は日によって大きく変わるようになったのさ。大した敵ではない魔物相手に、
苦戦したかと思えば、今度は簡単に切り捨てるのを、おまえも見たことがあるんじゃないか?」
リアトリスはそれを聞いて、幾つか思い出す。
シェリーは朗読するように、つらつらと言葉を重ね続けていた。
「ヒトの中で群れれば魔力は低下し、魔物の中に交われば魔力は飛躍的に跳ね上がる。
混血は、周りの環境に合わせて、魔物にもヒトにもなるということだ。どちらに転んだとしても、
結局どっちつかずな存在ではあるが、もともとディックは魔物の血を持っている。それがどういうことなのか分かるか?」
その問いかけに、リアトリスは答えなかった。なんとなく、彼女が言わんとすることが、分かる気がしたからだ。
その答えに似た言葉を、つい最近、ニルスやエリックから聞いていた。
「ヒトらしく振舞ったところで、あいつにも魔物特有の闘争本能があるんだよ。そして、その戦闘欲は、
魔物として正しい感性であり、生物としての本能だ。あたし達は、常に力を求める。
弱ければ淘汰されるのが理だからだ。それは、魔物の血を引くあいつも、決して抗えない。
住処や力を手に入れる為、戦闘を好むのは魔物の性だ」
シェリーの深海のような青い瞳は、鋭く射抜くような眼光を放ち、こちらを見据えた。
「おまえはディックを、あたしや他の魔物と同様、恐ろしいと思っているんだろう」
表情は全く変わっていないが、その笑みに侮蔑や嘲笑が混じっていることに、リアトリスは気付く。
そして、そこで改めてシェリーを恐ろしく思った。それでも、彼女の言葉を否定しようとする。
「おいらは……」
「それが、”ただの”人間として正しい感性だろう」
リアトリスの言葉を遮るように、シェリーは続けた。
「魔物に対して、恐れや嫌悪を抱くのは何も間違っていない。おまえは正しい。
魔物に分け隔てなく接する人間も、人間に愛情を抱く魔物も、いるのが……」
そこでシェリーは、何か言葉を飲み込んだ。
「いる方が、稀なんだ。気に病む必要はない。ディックだって、そのことは充分理解している。
だが、ディックに恐れを抱いているのなら……もう関わるな」
艶めいた赤い唇から生まれたその言葉は、ずしりとリアトリスを貫いた。
シェリーを見れば、彼女は鋭くこちらを睨んでいる。
「それは、ディックの為じゃなくて、テメェが誰にも奪われたくないからじゃねえのか」
「あいつはあたしの所有物だ。誰にも渡すつもりはないと言った筈だ」
シェリーはそう言うと、踵を返して部屋の中へ歩いていく。
振り返ることもなく、最後にピシャリと言い放った。
「帰れ。あいつは、此処にはいない」
リアトリスはしばらく、シェリーの背中を睨みつけていたが、やがてライフルの銃口を下ろした。ライフルを背負う。
ディックに対して、恐ろしいと思ってしまったことは事実だ。彼に距離を置かれていることに気付いている。
それでも、なんとか歩み寄ろうとしてきた。吸血鬼の件で、アストワースに向かった時。
彼はとても重大な秘密を打ち明けてくれた。一度だけだったが、彼という人物を少し理解した気がしていたのだ。
――こないだ、アストワースでシェリーの炎を静観するまでは。
彼がシェリーに依存していることを知った。
それは、想像している以上に深く、ややこしい程に絡みついている。シェリーと比べれば、まだまだ付き合いは浅い。
ディックが、どんな人生を送ってきたのかも知らない。二人の歪さに疑問を抱きながら、
深く突っ込むこともせず、上辺だけの関係を続けている。
そこまで考えたリアトリスは、小さく咳をした。右腕が酷く痺れてくる。
顔を顰めると、リアトリスは時計台から走り出すようにして出て行った。
大きく、嘔吐くように咳を吐き出した。反面防毒面を外してから、更に嘔吐するような咳を繰り返す。
「ん?」
そこでリアトリスは、外がまだ赤いことに気付く。既に陽が沈んだと思っていたが、
まだほんのりと赤みが差していた。あの時計台の暗闇は、シェリーの魔力だったのだろうか。
よく分からない。ただ、リアトリスは腕を抑えた。
痺れが酷い。
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