08
「ディック!」
ティナの呼ぶ声を聞いて、ディックははっとした。今がどういう状況なのかを思い出す。
咄嗟に魔剣を振り上げた。絡みついた細い糸が、腕や顔に食い込んで、血が滲む。
けれども、肌が切れることも厭わず、ディックは魔剣を振り上げていた。振り上げた魔剣で、
ディックは彼女の両腕を斬り落とした。間髪入れずに、その胸部に魔剣を突き刺した。
「ううっ!」
目を見開いたアラクネが、くぐもった声を上げる。
ディックは顔を強ばらせ、アラクネを蹴飛ばして魔剣を引き抜いた。堰を切ったように、
真っ赤な鮮血が吹き出して、ディックに降り注いだ。髪も顔も血に塗れながら、
ディックはアラクネの上半身を切り裂いていく。肉を引き千切るような音を立て、
アラクネの上半身が蜘蛛の下半身から離れた。冷たい土の上に、投げ出されたアラクネの白い体は、
土や血で汚れている。その胸部に、ディックは結晶を見つけた。
「て、テメェ……」
そんな状態でも、まだ口の利けるアラクネに対し、ディックは魔剣を振り下ろした。
「テメェ、調子に乗ってんじゃないよ!」
そう言いながら、アラクネは口から溶解液を吐き出した。ディックの頬や首から、白い煙が上がった。
皮膚が爛れる音がする。その間に、アラクネは口から糸を吐き出して、近隣の木々に糸を付着させ、
それを手繰りながら、ディックの側を離れた。
ひとまず、安全な所まで逃げたアラクネは、ティナを捉える糸を手繰り上げる。
とにかく、損傷した部分の再生をしなければならない。彼女の持つ魔力結晶を使えば、
腕くらいは生やすことも出来るだろう。糸で縛られながらも、目をぱちくりとさせるティナを見て、
アラクネは鼻を鳴らして、嘲笑った。
「作り物じゃあ、どういう状況かも理解出来ないか」
溶解液を吐き出し、ティナの顔を壊そうとしたアラクネは、突然現れた紫電に阻まれる。
鋭い痛みと熱を感じて、アラクネは木から落ちた。開いた口から、煙が吐き出される。
見上げれば、ティナを縛っていた糸が消えて、彼女は太い枝の上に立っていた。
彼女の両腕は、
肘から先が大砲となっている。その銃口からは、激しい音を立てて、紫色の火花が走っていた。
先程の紫電は、彼女の腕から放たれたものだったらしい。忌々しそうに顔を歪め、
アラクネが舌打ちをする。
「ティナ、おそうもの、こうげき、する、いわれた、ですの」
そう言うティナの紫色の瞳が、より一層輝きを増した。
「ティナ、ちょくせつ、こうげき、するもの、てき、ですの」
ティナは両腕の大砲をアラクネに向ける。そして、そこから紫電を放った。
アラクネは素早く糸を吐いて、そこから飛び上がってかわした。そんな彼女の前方に、
魔剣を構えたディックが迫る。その魔剣は、赤い光を帯びていた。
「血石の槍《ブラッディ・スピネル》」
魔剣から、無数に放たれた槍の形をした赤い光が、アラクネを切り刻んでいく。近くの枝を踏み飛ばして、
ディックは更に真上から剣を振り下ろした。顔を顰めたアラクネが、口を開いて溶解液を吐き出した。
あらかたが剣に弾かれるが、飛び散った溶解液の雫が、ディックの頬を溶かしていく。
焼け爛れ、白い煙を纏いながらディックは、アラクネの額に剣を突き刺した。皮膚を貫き、
その落下した勢いを利用して、頭蓋骨をも砕く。
《ギィィィィィ!!》
断末魔のような悲鳴を上げる、アラクネの胸部に、ディックは手を突っ込んだ。
唇を血で赤く染め上げながら、アラクネがけたけたと笑う。
「会って間もない女の懐に、手を突っ込むなんてね」
その言葉に、ディックは微かな笑みを浮かべて見せた。
「悪いね。これを取らないと、死なないから」
嫌な音を立てながら、血管が千切れていく。彼が引き千切って、奪おうとしているものは魔力結晶だった。
蒼い結晶と、紺色の結晶が融合しかけている。一つは、さっきティナから取り上げたものだ。
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