02


 ギルクォードは、ル・コート村と比べれば発展している町ではあるが、それでも田舎町と称される。
 自警団も五人程しかいない。ディックが来る前は、カツカツに切り詰めて、配達なども行っていたようだ。
 ディックは、懐に依頼書を入れた封筒を仕舞い込む。彼は戦うことも、魔物から身を守ることも出来る者であり、
 こうした手紙などは自分で持って行っていた。

「明日には発ちます」
「おお、そうか。それじゃあ、気をつけて行くんだよ」
「ディック、どこか、いく、ですの?」

 トレーを抱えたティナが、ディックの隣に立った。ゆっくりと小首を傾げている。

「ウィットエッジっていう村。用事があるんだ」

 そう答えると、ティナは顔を輝かせた。トレーをカウンターに置いて、
 ディックの服の裾を掴む。思ったよりも、柔らかな力だった。

「ティナも、いきたい、ですの。そと、みてみたい、ですの」

                   ◆

 そんなわけで、ディックとティナは二人でウィットエッジを目指している。
 シェリーは、もともと人助けをするような女性ではなかったし、リアトリスは、自分までいなくなれば、
 ギルクォードを守る者がいなくなると、居残ることにした。この町には、シェリーがいるので、
 魔物は滅多にやってこない。しかし、リアトリスは彼女のことを全く信用していないようだった。

 ティナは鼻歌を歌いながら、両手を水平にしてディックの前を歩いている。なんだか、楽しそうだ。
 上手いか下手かは別として、機嫌良く歌っていた。所詮人形である彼女には、寒さなど全く気にならない。
 フレア・スリーブから伸びた細い腕は、こちらが見ていて寒々しい。

 ティナは空を小鳥が行き交ったり、草原で風に揺れる花を見つけたり、
 そんな小さなことを目にするたびに、足を止めた。目を丸くして、口角を上げて、いちいち驚いていた。
 最初は、そんなことで……と思うディックではあったが、彼女が作られてから一度も、
 外に出たことがなかったことを、思い出す。造り主の、混血ハーフブラッドに、閉じ込められていたのだ。
 彼女は、オボロの顔馴染みである、仕立屋の女性が作ってくれた、小さなポシェットに、
 小さな花や綺麗な石を見つけるたびに、仕舞い込んでいる。

「ディック、ディック」

 と、ティナが振り向いた。花が開くように、顔一杯に笑顔を浮かべている。

「いっぱい、あたらしいもの、いっぱい、ですの」
「そうか。良かったな」

 静かなトーンで答えたディックの目の前。ティナの背後に巨大な蜘蛛が現れた。
 細かい毛の生えた八本の腕を振り上げて、ティナを捉えようとする。巨大な頭部には、
 赤い瞳が八つ付いていた。大きさ以外を見れば、普通の蜘蛛と変わりない。

《魔力結晶! アラクネ、渡ス!》

 くぐもっていて聞こえ辛かったが、蜘蛛の魔物は確かにそう言った。
 振り向いたティナの目を、細かな毛が生えた足が襲いかかる。彼女の魔力結晶を狙っている。
 ディックの脳裏に、彼女の両目が抉り取られる映像が過ぎる。ぞくりとした。

 ディックは剣を引き抜くと、強く地面を蹴飛ばして巨大な蜘蛛に斬りかかる。こちらを見上げた蜘蛛が、
 糸を吐き出してくるが、それすらも切り捨てて、ディックは剣を振り下ろした。
 巨大蜘蛛の頭部に、真っ赤な剣を突き刺した。表面の皮や外骨格を突き破り、体内の組織にまで、
 深く突き刺さったのが分かる。耳をつんざくような悲鳴を上げて、巨大蜘蛛が倒れ伏した。
 ずるりと引き抜くと、ねっとりとした黄色い液体と赤黒い血。そして、肉片が剣に付着している。

「……」

 その斬った頭部の隙間から、紺色の光が見えた。
 剣で頭部の傷口を切り開くと、紺色の魔力結晶がある。ディックは躊躇なく手を傷口に突っ込んで、
 引き摺りだした。結晶に絡み付いていた血管や組織が、嫌な音を立てて千切れていく。
 滑りのある赤黒い液体に包まれたそれを、完全に引き離した途端。巨大蜘蛛は、
 黒い塵となって消えていった。

「びっくりした、ですの」

 ティナはそう言うが、全くそんな顔はしていない。
 不思議そうな顔で、ディックが手に握る、魔力結晶を見つめている。
 興味があるらしい彼女に、ディックは魔力結晶を手渡してみる。ティナはそれを光に掲げながら、
 目をぱちぱちとさせた。

「きれい、ですの。なあに?」
「魔力結晶だよ。魔物の……心臓みたいなもの」

 勿論、魔物には魔力結晶とは別に、ちゃんと心臓もある。心臓を貫いても、首を撥ねても、生きていられる魔物でさえ、
 魔力結晶を失えば死んでしまう。それ程、魔物にとっては大切なものであった。

「まもの、みんな、もっている、ですの?」
「うん」
「ディックも?」

 無邪気な瞳で、こちらを見つめてくるティナを、ディックは見つめ返す。
 そして、小さな微笑を浮かべた。

「俺は魔物じゃないんだけど」

 そう答えたディックに、ティナは無邪気な笑顔で続けた。

「ティナとおそろい、ですの」

 小さく笑いながら、ティナはまた歩き出す。ディックはその後ろ姿をじっと見つめた。
 そして考える。
 彼女は、気付いているのだろうか。しかし、気付いたとしても、他言しないだろうと、判断した。

 ティナは、言われたことしかしない、命を吹き込まれた人形だ。自分で考えて、動くことはない。
 人間のように見えた所で、結局は人形でしかないのだから。



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