10
アベリーはとある屋敷へと戻ってきた。数年程前に手に入れた、さる貴族の屋敷である。
没落した貴族が残した屋敷で、外から見れば外装も庭も荒れ放題だ。しかし、扉を開けて中に足を踏み入れれば、
そこは見違える程に美しい内装に囲まれている。ダマスク柄の絨毯の上を歩いていたアベリーは、
徐々にその衣装を変えていく。真っ黒なパーティードレスは、落ち着いたワインレッドのワンピースへと変わっていった。
ツインテールにしていた、濃紫色の髪は自然と解け、緩くウェーブを掛けながら、ふんわりと落ちていく。
金色に塗られた手摺に、手を掛けながら、アベリーは二階へと続く階段を登る。
そして、左へ続く通路を横切り、二つ目の扉の前に立った。
過去には、遊戯室として使われていた部屋だ。静かにドアノブを開いて、アベリーは中に入る。
ガラクタのように設置された、古い調度品に囲まれて、一人の青年が眠っている。
手足と身体を鎖で縛られながら、床に寝転んで、獣のように丸まっていた。そんな青年の頭からは、
黒い尖った獣の耳が生えている。機嫌が良さそうに、ゆっくりと黒くふさふさした尻尾を揺らしていた。
その黒い耳が小さく揺れて、青年はゆっくりと瞼を開く。琥珀色の瞳がそこから覗いた。
アベリーの姿を見ると、小さく身体を起こす。チャリ、と鎖が小さな音を立てた。
「ただいま」
アベリーがそう言って、青年に抱きついた。青年は小さく尻尾を振る。
青年の頭を撫でながら可愛がっていたアベリーは、その紅茶色の視線だけを後ろに向ける。
扉の向こうに、クロードが立っていた。背中で腕を組み、にっこりと張り付いた笑みを浮かべている。
アベリーが全身で向き直れば、クロードは深々と腰を折った。
「アベリー様、お疲れ様で御座いました」
「アナタもわざわざ、こんな辺鄙な屋敷までご苦労様だこと」
唸り声をあげる青年の頭を撫でて窘めながら、アベリーはクロードを見る。
「シェリー様へのご伝言、ありがとう御座いました。何か、おっしゃっていませんでしたか?」
「残念だけど、何も言っていないわ。怖い顔と怖い炎を貰っただけよ」
そう言うと、アベリーは小さく吹き出した。
「あの人も、どれくらい焦がれているかは知らないけど。まるで相手にされてないのね。
いい加減諦めたらいいのに。振り向かない相手なんて、ずっと思ってても報われっこないんだから。
時間の無駄よね。馬鹿みたい……」
アベリーが神妙に口を閉じる。クロードの纏う雰囲気が変わったことに気付いたのだ。
「……口が過ぎたわ」
その冷たさに耐え切れず、先にアベリーが口を開く。それから、クロードがふっと力を抜いた。
そして、いつもと同じ張り付いた笑みを浮かべた。
「今の言葉、私は何も聞かなかったことに致します。公演などでお忙しい中、
わざわざ時間を割いて下さいましたから」
ですが。と、クロードは続けた。普段見えない、緑色の瞳がこちらを見つめている。
「どうか、お言葉には責任をお持ちくださいませ。二度目は、御座いません故」
「……ええ」
やっぱり、この男は嫌いだわ。
その張り付いた、温もりのない笑みを見つめながら、アベリーは改めて思った。
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