05
「一度、もう斬っているけどね」
ディックは魔剣を振り上げて、それを防いだ。ディックの視界の中で、男は左手にも同じ剣を生み出している。
剣を弾いた途端、左手に持った魔力の剣で、再び襲いかかってきた。それをも弾き返して、
ディックは男から少し距離を取る。宙に浮かぶ男は、ふた振りの剣を組み合わせると、
そこから魔力で出来た、黒い刃を生み出した。それらは、一斉にディックへと襲いかかる。
腕や頬を切り裂く威力に顔を顰め、ディックは魔剣を振るい上げた。
「血石の槍」
無数の赤い光が、槍のように剣から放たれる。降り注ぐ黒い刃と衝突し、次々と霧散していった。
衝突するたびに、黒い靄が煙幕のように吹き上がり、空を覆い尽くしてしまう。
その煙幕を掻い潜り、男がふた振りの剣を交差させて、こちらに突っ込んできた。
ディックの手前で、交差させていた剣を解放させる。すると、それによって生まれた斬撃が、
大きなクロス状の魔力となり、ディックへと迫ってきた。
ディックは振り返る。後ろには店が密集しており、そこには先程寝かせた女もいた。
此処で食い止める必要がある。
『ま、た、こ、ろ、す、の?』
さっき聞いた言葉が、ぐるぐると頭の仲を回っている。五月蝿くて煩わしい。
ディックは魔剣を水平に持った。魔剣の魔力を引き出そうとする。
「守りの壁」
魔剣から、まるでヴェールのように赤い魔力が吹き上がった。
それは、ディックの周囲一帯に広がり続け、前方から迫ってくるクロス状の魔力を受け止める。
風に煽られるシーツのように、赤い魔力が大きく揺らいだ。その衝撃を完全に押さえ込むことは出来ず、
ディックはじりじりと後退していく。後退するたび、守りの壁の範囲から外れた地面が、大きな亀裂を生んだ。
「くっ……!」
左手で支える赤い刀身が、小刻みに震えているのが分かった。男がディックの頭上を飛び越える。
一度手放した獲物のもとへ行くのかと、ディックが魔剣に傾けていた集中が途切れた。
辺りに広がっていた赤い魔力が消える。男に気を取られた次の瞬間、男が持つ魔力の剣で、
背後から斬り付けられた。背中に鋭い傷みが走る。その衝撃によろけた所に、前方からクロス状の魔力が襲いかかった。
喉元まで出そうになった声を飲み込み、ディックはそのまま後ろへ吹き飛ばされる。
店の壁に突っ込み、その石の壁を突き破って暗い店内へと倒れ込む。
その衝撃音で、目を覚ました女が、小さく呻いた。そして、崩れる店と前方の吸血鬼を見ると、
悲鳴を上げながら、立ち上がることも儘ならず、這うようにして逃げていく。こちらには目も呉れない。
咳き込みながら、ディックが瓦礫の中から身を起こす。頭がぐらぐらとするが、鞭を打ちながら立ち上がる。
もうあの女はいない。戦う理由はない。アレクシアの声はもう聞こえない。しかし、
それでも絶えず囁いてくる声は、いつだってある。”彼女”の言葉は、いつだって傍で響いてくる。
戦う時にいつも聞こえる声は、いつも同じ言葉だ。
『逃げるのか?』
強く美しい魔将の傍にいる為には、弱いままではいられない。尻尾を巻いて、逃げ出す愚行は許されない。
彼女を繋ぎ留める為には、彼女に愛してもらう為には、迫る敵を叩き伏せなければならない。
頬や腕に付いていた切り傷が、時間を巻き戻すように治っていく。血の跡を残して、
頭の傷も消えた。その様を見て、男が怪訝そうな顔をする。
「魔物では無いと思っていましたが、まさかあなた……」
「今は関係無いだろう」
男の言葉を遮るように言い切り、ディックは再び魔剣を構えた。
「確かにそうでしたね」
それを見て、男がふた振りの魔力の剣を交差させる。
その動きから、またあのクロス状の魔力を生み出すつもりだと、ディックは気付いた。
あの攻撃は少々厄介だ。防ぐだけなら、頑張ればなんとかなりそうだが、防ぐ為の魔剣の技は、
それを掻い潜る小さな攻撃に対応出来ない。
男が、交差させていた魔力の剣を解放させる。その瞬間、ディックは全ての力を足に集中させた。
地面を強く蹴り上げ、一気に男との間合いを詰める。そして、交差するふた振りの剣が、
丁度交わる部分に魔剣を振り下ろした。がっちりと動きを封じ、あのクロス状の魔力を放出させない。
間髪入れずに、足を上げて、ディックは男の腹部を蹴り飛ばした。よろけたその隙を見逃さず、
魔剣で男の右腕を切り落とす。
殺さなければ、倒さなければ、シェリーの傍にいられない。彼女を失いたくない。
――もう、俺にはシェリーしかいない。
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