04
「あなたは、何ですか?」
「…………」
男の問いかけに、青年は何も答えない。
怯えて声も出ないのかと思ったが、そうでないらしいのは、すぐに分かる。質問を変えた。
「この女性の知人でいらっしゃるのですか? だから、私の食事を邪魔するつもりですか?」
このまま戦闘が続くようであれば、俊敏に動くには、獲物を持っていては不効率だ。
しかし、その青年の言葉は予想とは大きく違っていた。
「いや。その人は、今初めて見る」
「……では、早々に立ち去って頂きたいのですが」
「…………」
また、青年は黙っている。その身体が、僅かに震えたことを、男は見逃さなかった。
青年はゆっくりと、鞘から剣を引き抜いていく。暗がりでもはっきりと見える、真っ赤な刀身の奇妙な剣だった。
じっとりと纏わり付く魔力を見て、それが魔剣であることが分かった。次の瞬間、男が明確な殺意を抱き、
青年が斬りかかってきた。その斬撃を、男は地面を強く蹴飛ばして避ける。獲物をその腕に抱き抱え、空へと逃げた。
その為、青年はこちらを見上げる形となる。どうやらその者は、空を飛ぶ術を持っていないらしい。
それでも、彼は地面を蹴飛ばして、こちらに向かってきた。高くは飛べないが、その跳躍力は人間の比ではない。
「……」
男は青年に向けて、抱えていた獲物を放り投げた。青年は、投げられた獲物に対して、
腕を伸ばして受け止める。手放した獲物を抱えながら、青年は地上へと落下した。
衝撃音が響き、砂埃が上がった。呻きながら青年――ディックが身を起こす。頭を抱え、
地面との衝突を防いだ女の様子を伺う。ぐったりとしてはいるが、上下する胸や呼吸する音から、
生きていることが分かった。幾ばくか、ほっと胸を撫で下ろす。
『私の時みたいに、見殺しにするの?』
さっき聞こえた、アレクシアの言葉が耳に付いて離れない。目の前で、命が絶たれたアレクシアの最期が、
じわじわと蘇ってくる。こちらをじっと見つめる、翡翠色の乾いた瞳は、今でも忘れられない。
妙な魔力の動きに気付いて、ディックは男に目を向けた。男が伸ばした両手の先に、黒い魔力が集まり始めている。
やがて、その魔力はひと振りの剣へと姿を変える。陽炎のように揺らめく剣を構えて、
男がディックへと向かってきた。目覚めない女を抱えて、ディックはその場を離れた。
魔力で出来た剣は、その頼りない風貌とは裏腹に、地面を大きく削る威力を見せる。
ディックは軒先に女を置くと、魔剣を構え直して、次の一撃を防いだ。剣を押し流すように弾き、
男は再び斬り掛かってくる。身を翻してそれを避け、ディックが魔剣を突き出した。
男は燕のように、自在に宙を飛び回るので、ディックの攻撃は当たらない。
空から、苛烈に振り下ろされる魔力の剣を防ぎ、ディックはそれを流すようにして薙ぐ。
そして、魔剣を男へと振り下ろす。それを避けられることも見越し、予想通り避けた男に向かって、
振り下ろした状態から、今度は下から斬り上げる。
「うぐっ!」
と、男が呻き声を上げる。男が怯んだ隙を、更に突く為に、ディックが一歩踏み込んだ。
その斬撃を避けた男は、腕を伸ばして、ディックの頬を殴り飛ばした。男は切られた腹部を抑えながら、
忌々しそうな目付きで、ディックを睨む。
「よくも、私に傷を付けましたね。あなたは、決して許されないことをしました。
その身を持って、償ってもらう必要があります」
殴られた横面を拭いながら、ディックが乾いた声で笑う。
「小物の台詞だね。……もっと、大仰なイメージだったんだけど」
「そんなイメージ、人間が勝手に作り上げた物でしかありません。僕は勿論、我らは十字架も恐れはしません。
太陽の光を克服する者もいるのです。弱点を弱点としないように、長き月日を跨いで克服してきたのです」
その言葉に、ディックは小さく笑った。
「でも、流石に頭を潰すなり心臓潰すなりすれば、死ぬんだろう?」
「私に触れることが出来ればの話です」
男はそう言いながら、再び剣を振り下ろしてくる。
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