君は僕の光の子 3日目 B
(1)
馬のえさやりから始まった“ふれ合い”に、ルイはすっかりご満悦だった。
艶やかな黒い毛を撫でると、小さくいなないて尻尾を揺らす。
最後は背中に乗せてもらって、柵の中を一周。
お尻が痛くてたまらなかったけれど、普段見るよりずっと、視界が高くて……。
何より生命の息づかいが、そこにはあった。
そう、生きているのだ――。
感じた興奮を引きずったまま、ふれ合い広場を後にしたルイと父は、少々遅めの昼食を取るためにカフェテリアに来ていた。
ここでも、人はあふれかえっている。
それでも何とか空きテーブルを見つけ、パネルで料理を注文すると、すぐにそれは運ばれてきた。
かわいい動物が模されたお子様ランチに、ルイのお腹がきゅっと縮む。
「いただきまーす」
「いただきます」
周囲の喧騒もなんのその。
ようやく満たされそうな食欲そのまま、ルイは目の前のハンバーグにナイフを入れた。
「……ねえ、お父さん」
「なんだ」
視線はプレートに置いたまま、父に語り掛ける。
もごもごと食事を飲み込んで、ぼつぼつと語り掛けた。
「すごかったね、あのお馬さん」
「そうか」
「大きかったし」
「ああ」
「あとね、触るとちょっと震えてたよ」
「そうだろうな」
「あれ、なんだったんだろう」
「脈動じゃないか? 心臓が動いている証拠だ」
「ふうん」
みゃくどう。
後で調べてみようか。
母と違って難しく、簡潔な父の言葉はルイの知らないものがたくさんある。
「お母さんは、ここにいる動物たちも地球に住めるように頑張っているんだよね」
「ああ」
「なんか、すごいね。そんけーしちゃう」
「……ルイは、惑星開拓技師になりたいんだったか?」
「知ってたの?」
「ルナから聞いた。ルイが学校の宿題に、そう答えたと」
それを、覚えていてくれたのだ。
ルイは頬がゆるんだのを自覚した。
「うん。……でも、本当はまだよくわかんない」
「そうなのか?」
「一番知っているお仕事だから、そう答えただけ、かな」
「そうか」
父が、コップに入った氷水を飲み干して、とん、とテーブルに置く。
「なら、ゆっくり考えるといい」
「うん」
ますます、頬がゆるむ。
母と同じことを言う父を、とても近くに感じた。
(2)
「あの、失礼ですが……」
ランチ後の一服中、頬を紅潮させて近づいてきたのは、まだ年若そうな男の人数人だった。
身なりも荷物も簡素で、わざわざ旅行に来たというより、機会があってふらっとここへ立ち寄ったかのような雰囲気だ。
多分、仕事の為にこのコロニーに来ていたのだろう。
それは、父を見つめる目にありありと浮かぶ尊敬の色からうかがい知れる。
そういう目をする人は、たいてい父の同業者だ。
実際、彼らは、遠目に見た父が本当に“あのパイロット”なのかと、確かめに来たようだった。
確信をもって素性を問う彼らに父が頷けば、おお、と感嘆の声が上がる。
「俺たち、みんなパイロットなんです。ライセンスはまだ近距離級なんですけど……」
「この前テレビでやっていた特集、見ました! あの時の、乱立する巨大な重力圏での航空技法について少しお話を伺いたくって――」
「……悪いが」
父がちらりとルイを見る。
「今は休暇中でな。そういったことは連邦軍に問い合わせてくれれば、ある程度の回答は得られるはずだ」
彼らも父の視線を追って、改めてルイの存在に思い至ったようだ。
「あ、そうですよね」
「すみません、娘さんとの貴重な時間を」
顔は笑っているが、肩がひどく落ちている。
……なんだか、可哀想になってきた。
「少しくらいお話ししてあげたら? お父さん」
ルイはちゅー、とオレンジジュースを吸い上げた。
どうせ、これを飲むのにも少し時間がかかるのだし、もうすぐデザートのパフェだって届くはずだ。
その時間くらい、父を慕う人たちにあげたい。
「いいのか?」
父は少し眉を寄せて尋ねた。
「うん。私はいいよ」
若いパイロットたちの目が、期待に輝いていた。
(2)
すごいな。
どうしたらあんな、見ず知らずの人にまで、尊敬されることが出来るんだろう。
ちゅー。
もうほとんど氷だけになったグラスからジュースの残りを吸い上げる。
自分自身より、十も離れていないであろう若者たちに囲まれて、父は口数は少なくとも、しっかり会話に応じていた。
でもルイには難しすぎて、まるきりわからないことばかり。
真ん中にいる父は、なんとなく、楽しそうに見える。
相変わらずの無表情だけれども、時折口の端がほのかに上がったり、持っていたタブレットを開いて絵なのか計算なのか、よくわからないものまで書き始めたり。
そりゃ、そうだ。
父は多分、宇宙が好きなのだろう。
こうして誰かと語り合うことすら、楽しく感じるくらい。
そして宇宙もまた父のことが好きで、だから父はいつもあの暗闇の中を飛んでいるのだ。
母の夢が地球にある通り、父の夢もきっと、そこにある――
だから、滅多に会えない。
今度は運ばれてきたパフェのいちごをつついて、ルイはそっと父を見た。
自分の知らないことを熱心に語り合う父に、寂しさを感じたけれど。
今までわからなかった、父の好きなもの。
一つ、見つけた。
(パイロット、かぁ)
一体、どんなお仕事なのだろう。
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