2日目 C | ナノ








君は僕の光の子
 
2日目 A




「アランです。よろしくね?」

父やハワードおじさんほどではないにせよ、一般的に見てもなかなか整った顔立ちをした男性は、にっこりと笑ってルイの手を取った。

ジェシカに案内された植物園の、ひまわりの黄色が一面と咲くエリア。
そこで計器類をチェックしていたらしい男性にジェシカが声をかけたのは、つい先ほどのことだ。

「ルイです」

視線を合わせて屈んでくれるアランに、ルイは笑みを浮かべた。

浅黒い肌に、銀色に染められた髪。
近づくと、ほんのりと土の臭いがする。
ルナと同じ臭いだ。

「あたしのダーリンよ」

つい先ほど、そう言ってジェシカに紹介されたアランは、ルイの手を握ったまま、へぇ、と嬉しそうに声を弾ませた。

「笑うと、更に先輩とそっくりになるんだねぇ」
「お母さんの知り合いですか?」

尋ねると、ジェシカはクスクスと肩を揺らし、ルイを見た。
膝を折り、耳打ちするようにこそっと口を開く。

「彼はルナと同じ大学を卒業した惑星開拓技師よ。私と出会ったきっかけもルナ繋がりでね。
……本当は彼女と同じ地球行きを、もうずっと希望してるんだけど、まだまだ経験が足りないみたいなのよねぇ」
「先輩の認可スピードが異常に速いだけだって! 大学卒業と同時に、だなんて異例だよ、異例」

しかしこの内緒話は、バッチリとアランにも聞こえてしまったらしい。
手をヒラヒラと振りながら、彼はため息をついた。

母も、父ほどではないが、その筋では有名な技師だ。
大好きな母への誉め言葉に何だか嬉しくなって、ルイは誇らしげに頬を染めた。

「期待以上の成果も上げてるって話だし、同じ技師として、すごく尊敬している。本当にすごいよ、あの人は」
「…………」

対して父は、先ほどと同じくどこか苦々しげな表情である。
普段が無愛想な分、ここまで感情を表に出すのも珍しい。

「先輩なら、地球に緑を取り戻すことだって不可能じゃないだろうね。僕はそれをサポートして、共に喜びを分かち合いたいんだ」

キラキラと輝く瞳。
地球の再生を夢見て、語る。
その姿はまるでルイよりほんの少し年上なだけの、ただの少年のようだ。
尽きない夢に燃えていて、全身からパワーがみなぎっている。

(夢、かぁ……)

そう言えば、ルイにはまだ夢がない。
アイドル、ケーキ屋さん、サッカー選手、医者……。
周りの友達は、たくさん持っているのに、どれもピンとこないのだ。

一応、学校の宿題で出た作文で、惑星開拓技師、と答えたことはある。
けれどもそれが本当に自分がなりたい物なのかと問われれば、答えは“よくわからない”、で。
あなたはまだ幼くて、将来のことよりも大事な物がまだたくさんあるんだから、と母は言うけれど。

ルイと同じ年の頃には既に今の職業を夢見て、努力していた両親を持つと、どうしても、それでいいのかなと、考えてしまう。
別に、焦っているわけではないけれど。

「今日はゆっくりしていってね。ここには普通じゃ見られない、珍しい植物もたくさんあるから。僕も計器のチェックが終わったら、合流するよ」

そう言いながら、アランは帽子を被って笑った。
少し照れ臭そうに。
ルイもまたそれに笑顔を返して、ふと、思った。

(……そういえばアランさん、お父さんとは握手しなかったな)

たった一言、互いにどうも、と言い合っただけ。
父はともかく、人懐っこさそうなアランまで、その態度は素っ気ない。

――仲、悪いのかな……?

そんなことを考えながら、ルイは既に歩き出していたジェシカの後を追った。






(2)


まだオープンしていないとはいえ、植物園というだけあって、辺りは資料でしか見たことない花や木が、たくさん植えてあった。
ジェシカの解説を交えながら、かつて絵本代わりに見た図鑑の花を思い出し、その匂いを嗅ぐ。
甘やかな香りは、それが造花ではないことを如実に物語っていた。

柔らかそうな土からにょきりと生える、あの花も。
どっしりと深く地面に根をはった、あの大木も。
全て、映像でも機械でもない、本物の植物なのだ。

感動で、息が詰まる。
ここまでの規模の植物園は、月にはなかった。

「どう? 気に入ってくれた?」
「はい!」
「良かった。――これはね、全部成長促進剤を使わずに、長い時間をかけてたくさんの人たちが育てたものなの。ダーリンも含めたここの技師たちが、銀河中の自然愛好家や植物園にお願いして、譲っていただいたのよ。これほどの規模の自然は、宇宙のどこにも無いわ。……私が知る限り、たった一つの惑星を除いて、ね」

ジェシカの細められた瞳が、真っ直ぐにルイの後ろを歩く父を射抜いた。
視線を受けた父は、ふっと小さく笑みを浮かべる。

その一連の行為だけで、ジェシカのいう“惑星”がどこを指すのかを、ルイは理解した。

「もちろん本物には叶わないだろうけれど、出来る限り近づけたつもりよ。“あの”七人と一匹の一人である貴方の目に、ここはどう映るかしら?」
「……いいんじゃないのか? あくまでここは、“植物園”だからな」

ジェシカが、小さなため息をつく。

「……やっぱり、“作り物”という枠は外せない?」
「本物に近づけようとする行為それ自体が、答えだろう。どんなに腕のいい技師でも、あの星の自然は再現出来ない」
「それが、ルナであっても?」
「ああ」

父は、躊躇うことなく頷いた。
ジェシカは細めた目をさらに尖らせる。
まるでどこか、非難するように。

「それは、地球にもあの星のような自然を蘇らせようというルナたちの夢を、否定しているの?」
「いや」
「じゃあ、どうしてそんなことを言うのかしら」
「別にルナはあの星を夢見ている訳じゃないだろう。地球には地球の、コロニーにはコロニーの自然がある。それだけだ」
「なるほど」

ルイは眉根を寄せた。
あの星だとか、地球だとか、コロニーだとか。
大人の会話は難しすぎて、意味がわからない。

けれどもジェシカは満足そうに微笑んだ。
父も父で、穏やかな表情で辺りを見渡している。
さっき一瞬流れた不穏な空気は、どこに行ったのだろう。

ルイの困惑に、ジェシカはカラカラと笑って腰に手を当てた。

「大丈夫よ、そんな深刻な話をしていた訳じゃないの。ただ、ルイちゃんのお父さんはお母さんのことよーーーくを理解しているのね、ってこと」
「……長い付き合いだからな」
「彼女の友人として、嬉しく思うわ……。
――さ、次のエリアに行きましょうか。あそこはさっき水を撒いたばかりで整備も整ってはいないから、足を滑らせないよう気をつけてね?」

ジェシカがふっと不適な笑みを浮かべる。
まるで何かを企んでいるかのようなその微笑みの真相をルイが知るのは、少し先の話だ。






 







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