雨勢 1/2
結局、だ。 結局私は井上織姫という女の子の家にお泊まりには行っていない。 何故って、学校からの帰ろうと一角や弓親と別れた直後に感じた虚の気配が引っかかっていたから。 井上さんの家まで案内してくれるという黒崎一護を断って、一人住宅地をうろついていた。
陽は暮れて気味の悪い月が昇ってニンマリと頭上で笑っている。 四方に感じる死神たちの霊圧を探っていると、おかしなものを感じ取った。
「来やがったな。」
気配を隠してたって私を騙せるとは思うな。 一箇所に集っていく六つの狂気に負けじと、多分酷い顔してると思うがまるで下衆のようにほくそ笑んで、義魂丸を口に放り込む。 ピリッとした変な感覚ののち、窮屈な義骸から出た開放感。 現れた死覇装姿の私の横には制服の私。
「朝までには帰れよ。」 「かしこまりました。ご武運を。」
…変な義魂丸じゃなくてよかった。 身軽に走り去っていく自分の後ろ姿を見送って、こちらも踏み出し、宙を蹴る。 ここ最近の鬱憤が溜まってるんだ、容赦はしない。 ………たぶん。
あーあ、折角まとまっていた破面たちが散ってしまった。 向かう先は今現世に留まる死神の元だろう。 引き返そうかとも考えたが、やがてそこらで起きる闘いに、頭が痛くなった。 一角先輩がきっと暴れてるだろうから。
あの人の豪快な戦い方に巻き込まれるくらいなら単騎で乗り込んで行った方がマシだ。 キッと空に浮かぶ一つの影を、電柱の影から道の真ん中へ出て見上げた。
碧いヒト。
心地好さそうな碧色をした破面の気高く狂気に満ちた瞳と交わって、私は左脚を引いて、そして、男に刀を下ろした。 勿論躱されたけど。
「破面って、こんな爽やかな色したお兄さんもいるんだ。 しかも本当に人型だし…その仮面、実は飾りでしたーなんてことないの?」 「なんだァ?よく喋るガキだな。」 「…ガキじゃないし。」
こいつがいつから生きているのかなんて知らないが、こちとら数百年も生きてるのにガキ扱いとは、流石に腹が立った。 だが先ほど斬り込んだ際に男が刀を抜かなかったのをみると、接近戦はこちらが不利になるため下手に攻撃できない。 どうでもいいが十一番隊の暗黙の了解で戦いは直接攻撃、なんて変な空気の所為で稽古でも鬼道が使えず、遠距離戦は私にとって大の苦手である。
「だんまりか? 悦しませろよ、女ァ!!」
「…ぁわっ」
最悪だ、ここにも好戦的なやつがいた。 あぁ最悪だ、さっさと片付くかなーなんて暢気なこと思ってたのが間違いだったんだ。 世の中そう簡単にいかない。 私の周りはいつも鬱陶しいやつばかりではなかったか。 それが今回も偶然鬱陶しいやつを相手取ってしまった。 もう、本当に。
「最ッ悪!!」
後ろに回り込んだ男に回し蹴り。 しかし簡単に足首を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。 遠距離とか近距離とか考えてる場合ではない。 この男は他の破面とは桁違いに強いはず。 つまり私一人では倒せないにしても、一つでも多く傷を負わせることができれば上出来。
予想通り肉弾戦の男が再び足を振り下ろす前に地面から跳びのき、空中で斬魄刀を胸の前で水平にかざす。 男が正面に立ったのを合図に、叫ぶ。
「降り注げ『雨燕』!!」
かざした斬魄刀はひとりでに輝きを増していく。 胸の前で交差させた腕を、直に斬魄刀の刃に触れるように振り払うと、刀の輪郭は消え、やがて雨燕は私の両腕に二枚の鋭い刃を形成した。 砕蜂隊長にだって負けないくらいの素早さだ。
「おもしれェ。」 「いやさ、あんたみたいなタイプが私は一番嫌!面倒!」
面倒ごとに首を突っ込むのは大昔に辞めたはずだった。 私はあの日からずっとあの腹黒黒縁眼鏡が嫌いで、白いものが嫌いで、仮面が嫌いで。
「破面なんか大っ嫌いだ!!」
……ちょっとスッキリした。
|