慈雨を降らせ | ナノ




雨間
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輪郭の区別もつかないほど暗い部屋に入った途端、息の詰まるような埃っぽさに襲われて、眉間のしわが一気に増えた。
現在は使われていないこの部屋に何故わざわざ足を踏み入れたのかと言うと、ほんの少し前に、場所は離れているが隣に位置する隊から地獄蝶を通して連絡が入ったからだ。

"琥珀を知らないか?"

いい加減聞き飽きたこの質問を頭で繰り返し、肩を落とした。
知らないか?ああ、知っているとも。
そいつは決まってこの部屋に入り浸っているのだから。

「勘弁してくれ、毎度毎度。」

そいつはいつだって此処に置かれた研究装置の影に膝を抱えてうずくまっている。

「…ごめん。」
「ここに閉篭もるより十三番隊でも行って寛いでた方がいいんじゃねえか。」
「…浮竹に心配かけたくない。」

姿が見えない度に連絡を寄越してくれるのは誰だと思ってるんだ、と苛立ちを滲ませながら琥珀の腕を引き上げると、ごめん浮竹だね…と弱々しく呟いて立った。
もっと厳しく叱ってやろうとも思ったが、目元に残った強く擦った跡を見ては、そんな気も失せるものだ。

「あんたが探し求めてるやつらはもういない。
いつまでも引きずってないで前に進んだらどうだ。」

こいつ一人が立ち止まっててもまわりは著しく変化していた。

「新任の儀には顔を出してきたんだろ。」
「うん。」
「浮かない顔だな。」

新たに選抜された隊長、副隊長の就任の儀に、本来ならば隊長格だけが呼ばれるのだが、異例として総隊長に招かれていたのだが。
大方、儀式が終わった時点で琥珀は姿を消し、声を掛けようとした浮竹隊長がまた連絡をして来たってところだ。

「面子はどうだったんだ。
実力、信頼共に申し分ないと聞いたが。」

地雷を、踏んでしまったのだろうか。
名前を出さずとも新任の者たちを示すと、琥珀の生気のなかった眼は爛々と、怒りに輝き出す。
そして聞いたこともないような低く唸る声で、言った。

「大嫌いだ。」

俺はその理由をずっと知らずにいる。





太く肥えた公園の木の枝に腰掛け、懐に入れた通信機を取り出す。
保護者ではないが、どうしても現世に残ることを伝えて置かなければならない人がいる。
さっき懐かしい人に会ったから過去を思い出してしまったついでだがな。

できれば本人と話をしたくないので、代行で伝言を頼めればそれが一番なのだけど、あそこの人間が隊舎から出るとは思えないから希望はほぼない。
それでもどうにか、と覚悟を決めて通信機で瀞霊廷、護廷十三隊の内の一つ、十二番隊及び技術開発局に繋げた。

『は、はい!こちら技術開発局のリンです!』
「よかった…リン、伝言をたの」
『あっ法雨さんですか!変わりますね!』
「え゛、いい、いいよ!!」

少ないコールの後に聞こえた声は幸いなことにヤツの者ではなく、安心して話ができるぞ〜と安堵したのも束の間、秒で裏切られた。
法雨さんから連絡来てますよ、と通信機の向こうで叫んだリンに少し間を開けて怠そうな返事が返ってきて、かと思ったらすぐに名前を呼ばれる。

『おい、琥珀。』
「や、やぁ阿近!丁度お前の事を思い出してたところだったんだ!」
『奇遇だな、俺もだ。
で?あんた、何だって空座町にいるんだ。』

あれ、阿近には話がいってなかったのか。

私が"一角先輩と弓親先輩のおもり、及び日番谷隊長の助手"として送り込まれたのは、総隊長からの命令ではない。
まず十一番隊からあの二人が選ばれた時点で六席やその他隊員に行った方が良いんじゃないかと推薦された。
そして何故かそれを聞きつけた十番隊の隊員たちに日番谷隊長の負担を減らしてくれと頼まれた。
って言う話を更木隊長にしたところ問答無用で放り出された。
この経緯を簡単に説明する。

「不可抗力なんだ、ごめん。」
『今すぐ帰ってこい。
更木隊長に直談判しに行ってやるから、今すぐ帰ってこい。』
「え?更木隊長に?無理無理。」

相手にされないだろ絶対。
それに今回は説教を受けるために連絡した訳じゃない。

「私しばらく現世に残ろうと思って。」
『理由を言え。』
「井上織姫の、護衛?」

彼女から目を離すわけにはいかなくなってしまったのだ。
破面の前で能力を使ったと言うことは、既に藍染にまでその情報は伝わっているはず。
必ず、藍染は織姫を狙いにくる。
それに気付いている私が、そばにいてやらなければならないのだ。

『だめだ。』
「本当!?ありが……、は?」

至極真っ当な意見だぞ!
てっきり承諾してくれると思ったのに、即答で断られた。
これだから阿近には直接話さず、他の局員たちに伝言だけ言い残していくつもりだったのに。

『お前は藍染が関わることから手を引け。』
「引かないよ。
前に進めって言ったの阿近でしょ。」
『藍染を前にすると歯止め効かなくなるだろうが。死にてぇのか。』

私の藍染嫌いは有名だ。
あいつを前にすると勝手に斬魄刀を抜いていて、斬りかかってしまう。
それを制御するのに、相当な時間を無駄にしてきた。

『悪い事は言わねェ。
戻れ、琥珀。』

阿近は、心配してくれてるんだと思う。
私が居なくなったら寂しいもんな!可愛い子。

「もう、しょーがないなぁ。
帰ってあげるよ、しょーがない。
私が居なくなったら寂しいもんね。」
『誰が寂しがるか。
勝手に死なれたら死因解明すんのが面倒くせぇだけだ。』
「お前年上を敬うってこと知らないの。」
『あんたを敬うくらいなら涅隊長に改造された方がマシだな。』

私舐められすぎでしょ。

これで尸魂界に帰ることが決定したわけだが、タダで帰ってやるつもりはない。
私自身が織姫のそばにいられないのなら、織姫ごと連れて帰ればいいだけではないか!
名案すぎる!

そうと決まれば早速。

「巨乳の女の子連れてくからそれで許してね、阿近くーん!」

返事を待たず通信を切り懐にしまって、霊圧を探りながら飛び出す。
探すこと1時間、中々見つからなかったが突如として現れた織姫の気配はルキアと一緒に移動していた。
二人の前に降り立って事の旨を伝えると、どうやらタイミングが良かったらしく、織姫はルキアと共に尸魂界へ向かうところであったと言う。

「私見物客でいい?」

笑われてしまったが、付いて来てくれるなら心強いと歓迎された。
他の奴らには伝えなくて良いのかって?
私は案外抜かりない人でな、織姫を探すがてら、義骸に私が瀞霊廷へ戻ることを言って回れ、それが終わったら喜助のところに大人しく帰れと指示している。

お説教は十二番隊の鬼からだけで十分だ。


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