双龍の王 | ナノ



共に哭く
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「ハク、何か見えた?」
「皆無。あのジジイ、どこにいるのかわからんヤツを探せつってもな。」
「…気が遠くなりそう。」
「お前も探せ!何のんきに座ってんだ。」

この高華国の未来を古より見据えてきた神官が、風の地のどこかにいるらしい。これからどうするか迷っているなら神官のもとへ行けば、きっと道を示してくださる、とムンドクは言った。どこかに、いるのだ。手掛かりなんて簡単に見つかりやしない。ユタとハクは早速肩を落とした。

神官は昔、王宮に住まい政に大きく関わっていたが、イル国王の兄であるユホン様に弾圧され、今は人里離れた場所でひっそりと暮らしているそうだ。人里離れた…思い当たる場所といえばと、ハクはヨナたちをここへ連れて来たのだが、里どころか人すらいない。

風の地、それからもっと北に位置する火の部族の土地は寒く、痩せた土地なのだという。この二つの境に当たるここはどこの干渉も受けることなく、かえって隠れ住むには最適なのかもしれない。と、王都を出たことのなかったヨナとユタにとって外の世界は未知の領域で、ハクの言葉を聞いているしかできなかった。

「ところでお姫サマ、この辺をしらみつぶしに探すとなると野宿になるが、どーします?」
「野宿?少しは慣れたわよ。ね、ユタ。」
「は、はい。」

やっと目の前の大自然をじっくり観察できるようになって、ユタはヨナたちの会話も耳に入らないほど風景に夢中になっていた。

ふと、二人の会話に混じった別の音を拾う。斜面に耳をつけ、様子を窺っていると、すぐそばにヨナを押えてハクもやってきた。

「これは、足音…?」

ざっとその数五十。

「もう追う気がねーのかと思ってたけど、こりゃまた気合の入った数だな。」

王の追手か、それとも新手か。不安げな表情を浮かべるヨナの肩に、ユタはそっと触れた。風牙の都を出る際、ユタが羽織っていた外套は今ヨナを包んでいる。赤髪を隠すために覆いを被せてやり、ユタはハクとヨナの背後を守る体勢に入った。

やがて現れた追手の兵たちが、四方から一斉に雪崩れ込んでくる。

「離れないでくださいよ、お姫様。」

それをハクは一太刀で薙ぎ払った。ユタはすごい、と息を飲む。圧倒的な強さ、これがハクの、高華の雷獣の名たる所以だった。

現れたのは火の部族。風牙の都の川を堰き止め、商団を襲ったのも彼らだ。おおよそ、風の部族の動向を見張っている最中、ヨナとハクの姿を見つけたから、こうして兵を差し向けてきたのであろう。彼らの考えることは、わかりやすいことこの上なかった。

「火の部族、カン・テジュン。
この時を待ちわびていましたよ。」

カン・テジュンと言えば、火の部族長カン・スジンの次男坊だ。他の部族より一段と王族に執着のある火の部族の中でも、彼のことはよく目にしていた。城に来た際には必ずと言っていいほどヨナに付きまとっていたので、ユタもあまり印象のいい人とは覚えていない。

ハクとテジュンの会話を背に、ユタはヨナに耳打ちする。

「姫様、ハクのそばから離れないでくださいね。」
「ユタ、あなたは…」
「大丈夫。僕も戦えます。」

まって、とは言えなかった。
降り注ぐ矢を目にした途端、ヨナはユタに押されてハクの胸に飛び込む。

「ユタ…!」

ハクに守ってもらえる自分とは違い、ユタは剣を一本構えただけだ。雨のように降り注ぐ矢を振り払えるのだろうか、とヨナはユタを見ようと首を向けるが、ハクが腕を振るって矢を避けているため、何も見えない。

「休む間を与えるな!ヤツを止めろ!!」

高華王国全土に、ハクの実力は知れ渡っている。まともに戦っては勝てないことを知っている彼らは、疲弊させるため、立て続けに矢を射ては、剣で斬りかかるを繰り返した。ムンドクの稽古を受けていたユタは、彼らの剣を弾いては、懐に飛び込んで兵の数を減らす。けれど数で太刀打ちできないと悟ると、ヨナを背に庇いつつユタは声をあげた。

「僕が囮になっている間に、あなたとヨナ姫が逃げる。
…どうです、最高の作戦でしょ。」
「ぬかせ、最悪だ。」
「でもこれしかない。行って!」

ユタの合図で、ハクがヨナを連れて走り出す。このまま二人が逃げ切れるためにも、ユタはここで時間を稼ぐ必要があった。

殺れ、とテジュンが鋭い声で指示を飛ばすと、兵たちは真っ直ぐ退路に立ち、剣を構えたユタのもとへと突進してくる。左右から迫る刀身を屈んで躱し、振り向きざまに斬る。突き出される鋒を剣で弾ませ、円を描いて敵の体に赤い線を作った。順調にいけば、かなり敵の戦力を減らせるはずだ。
そう意気込んだ瞬間、彼らは再び矢を降らせた。




*




一方ユタが囮となっている間、ハクはヨナを小脇に抱え、山をいくらか登り身を隠せる場所を探していた。丁度良さそうな草陰に、ヨナを下ろす。

「隠れて、絶対動かないで下さいよ。」
「お前、血が…っ」

ハクの服を掴んでいた手が、赤く染まっている。先ほどハクは肩に深い矢傷を負ったのだが、彼は汗を滴らせつつも返り血だと言って聞かない。

「あのバカ連れ戻してくるんで、待ってて下さい。」

今も激しい金属音が響いており、ユタが懸命に戦ってくれているのがヨナにはわかった。
一緒に行くと決めた。当然進んで囮をかって出たユタを見捨てる選択肢ははじめからない。でも、傷を負っているハクを見送るのも、ヨナには辛いことだった。

その時、ヨナの隠れている場所の目と鼻の先でテジュンの声がした。

「雷獣も人の子よ。だいぶ疲れがあるようだな。」
「先程当てた矢は毒矢です。
常人ならばまず動けません、恐ろしい男です。」
「何!?それを姫に向けたのか!?」

ここからでは下の様子がわからないが、彼らの言葉通りなら、あの矢傷でハクは相当堪えているはずだった。ユタだって、自分と大して変わらない体格で、到底兵たちを薙ぎ倒し戦況を優勢に傾けるほど力はない。

「じゃあ次に背中を向けた時を狙え。」

その言葉で、伏していた体が大袈裟に跳ねた。

「あの少年は。」
「風の部族だろう。用はない、ハクとともに葬ればいい。」

ハクとユタが殺されてしまう!

焦る気持ちが募る一方で、ここから動くなと言うハクの言葉が思い出される。ヨナは自分が非力であることを、これまでの間で十分に思い知らされた。ハクは強い。自分が出ていけばかえって足を引っ張っるだけなのも痛いほど想像できた。

テジュンのそばに控えた兵が、弓をつがえる。

大丈夫、ハクなら矢くらい避けられる。ここで隠れて大人しくしていれば、ハクはきっと敵を片付けて迎えにくる。

キリ、と弦が張り詰める音がヨナの耳に届いた。


──────「大丈夫。僕が、守るから。」


鮮明に響いたあのあたたかい声が、ヨナを刺激する。

ちがう!自分は何のために彼らの反対を押し切ってまで風牙の都を出たの?
己の危険も顧みず体を張ってくれるハクやユタに守られているだけ?それならば、危険を犯さず風牙の都に留まっているべきだった。でもヨナは今、ここにいる。それは決して無力なまま囲まれるお姫様でいるためじゃない。

ならどうするべきか、ヨナはようやく答えを見つけた。


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