はなきんぽうげ


一行はカシャーン城塞を出てから進路を東のペシャワール城塞へ決め、三日三夜馬を走らせたが、ペシャワールまではあと六十ファルサングというところで追手に襲われた。

どうやら、ホディールの兵たちが敵討ちにここまで追ってきたようだ。偵察に向かったファランギースからは周囲でルシアタニアの兵が道を塞いでいるとの報告もある。どちらも簡単にペシャワールへ入らせてはくれないらしい。

崖から様子を伺っていたサルシャーンは、山から火の手が上がるのをみて、顔色を変えてナルサスを振り返った。

「ナルサス、ホディールの兵が火を放ったぞ!」
「まずいな!この風ではすぐに火がまわる!」

どう逃げれば良いのかと立ち往生していると、今度は攻め込んでくるルシタニア兵の姿を捉えた。全く心が休まる暇もない。

「ここは俺に任せろ、先に行け。」
「ダリューン!」
「ペシャワールで会おう!!」

ダリューンはまたしても単騎でルシタニア軍の中へと突っ込んでいく。あの男なら大丈夫だとナルサスは心配そうなアルスラーンの後ろで退路を守りながら駆け出した。

だがしばらく進むとナルサスの言う通り火がまわり、森中が煙に包まれた。ホディールの兵とルシタニア兵に挟み撃ちにされるような形となり、ギーヴの言葉でそれぞれ森の中へと入る。

「殿下!殿下!」

深い煙の中で兵を撒きつつ、アルスラーンの姿を探す。それは如何に頭の切れる軍師でも、目の良い射手でも難しいことだった。
気が付けば味方と兵が入り乱れ、混沌としている。サルシャーンも必死に剣を振っては、アルスラーンの無事を確かめようとした。

そして漸く敵の包囲網を抜けたと思えば、夜はすでに明け、アルスラーンどころかナルサスの姿も見えないことにサルシャーンは焦燥した。

ああ、まずい。
荒い息を整えながら彼女が案じるのはやはりアルスラーンの無事であった。だがここでじっとしているわけにもいかない。ダリューンの言葉通り、例え散り散りになってもペシャワールで会うと約束したのだ。

「行こう、ペシャワールへ。」




*




サルシャーンが味方を見つけたのは、日も高く昇ってからのことだった。
崖の下で駆けているのは、ダリューンとファランギースだ。アルスラーンでなかったのは非常に歯痒いことだが、一人でも多く仲間と合流したい。二人で敵を蹴散らす姿をみて、サルシャーンもバートンの手綱を打ち、崖を駆け下りた。


一方ダリューンたちはルシタニア兵と対峙していたが、こちらの強さを目の当たりにして逃げ帰る兵を追い、彼らの大将のもとまで追いついていた。

「貴様がダリューンかッ!!」

地でも割れるのかというほどの大声だった。ダリューンの構えた剣を払う男の力は、今までダリューンが出会った中でも強い方に入る。

「俺はカーラーンの息子、ザンデだ!!
貴様に殺された父の無念を晴らす!!
潔く俺の刃にかかれ!!」

なるほど確かに男の眼差しは彼の父によく似ていたが、父よりも恰幅がよく、計り知れぬ力がありそうだ。ダリューンは決して気を抜かぬよう、再び武器を構える。

が、ダリューンが攻撃することはなかった。

「仇討ちなら私としろ。」

崖を駆け下りたサルシャーンが、バートンの背からザンデの馬の尻へと飛び乗っていたのだ。どこから現れたのかもわからない体の小さな少女に、ザンデが目を瞬かせる。そして目にしたのは、黒い髪の底からこちらの急所を見抜き、今にも噛みつかんとする琥珀色に輝く瞳であった。

「同じ万騎士の血を継ぐ者同士、手合わせをしようではないか。」
「だ、誰だ貴様!!」

サルシャーンは馬の後ろに乗ったまま、身を低く構えた。

「万騎士シャプールが妹、狼に育てられた者<Tルシャーン。
カーラーン殿には二度命を救われたが、貴様がルシタニアを率いているなら粛清すべき対象だ。
覚悟しろ!!」

次にザンデが言葉を発する前に、サルシャーンは剣でザンデを薙ぎ払う。力で負けても、弱点を見つければ勝ち目がないわけではない。

サルシャーンの剣は確かにザンデの首を狙ったが、すんでのところで庇ったザンデの腕の武具によって防がれてしまった。

反撃される前に馬から飛び退いたサルシャーンを追い、ザンデが大剣を振りかぶり攻撃に出る。器用にそれを躱しながら、サルシャーンは如何にして男を引き摺り下ろそうかと考えていた。

そしてはたと気がつき、サルシャーンは大剣を身を屈めて避けると、すぐさま剣を振り上げてザンデの手綱を切り落とす。奇しくも、アトロパテネでダリューンがカーラーンの馬の手綱を断ったのと同じ状況であった。そして、うぉっ、とザンデが身を崩したのを狙い、サルシャーンはその巨漢に、体に見合わず重い蹴りを入れる。

手綱を断たれ操縦を失った馬が暴れ、ザンデはその上から落とされた。不幸にも、投げ落とされた先には、それまで戦闘を見守っていたダリューンがいた。ダリューンは馬の上から剣をかざすものの、その腕は一瞬躊躇ったようにも見える。

「ダリューン殿!」

サルシャーンが叫ぶと、彼は改めて剣を下ろし、強くザンデの鎧を打った。

「ダリューン卿!サルシャーン!」
「おう!」

ザンデの部下が矢を射てダリューンの後を追おうとする。まだ渦中にいたサルシャーンも、周りの兵たちの攻撃を受けたが、すれすれのところでそれらを避けた。

「来い、バートン!逃げるぞ!」

崖のそばで息を潜めていたバートンが、サルシャーンに夢中になっていた兵たちを後ろから蹴り飛ばしていく。予想外の攻撃に、兵たちは次々落馬した。

サルシャーンの横へ並んだバートンは速度を緩め、サルシャーンが手綱を掴んだと同時に再び走り出す。難なく馬へ乗れたサルシャーンは、ダリューンに斬られたはずのザンデの横を通り過ぎる際、彼が立ち上がるのを見た。

「あの女は一番手柄を立てた奴にくれてやる!
ダリューンとガキの首と心臓は俺のものだ!!」

「……まったくよく吠えるものだな。」

厄介な者に目をつけられてしまったようだ。姿が見えなくなりそうなダリューンとファランギースを気にしつつ、ザンデのよく響く大声に、サルシャーンは辟易とした。

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