おおつるぼ


食事の途中で席を立ったアルスラーンを追っていったギーヴが何をしているのかと思えば。用意した部屋へと案内するホディールについていくと、廊下で両手に余るほどの女に囲まれたギーヴは、幼気な少年に女遊びを指南しようとしていた。

「自慢の兵をお借りしてもよろしいかな?」
「いや俺が素手で。」

ファランギースとダリューンが言い終わらないうちに、サッと歩み出たサルシャーンがにまにましている楽士の耳朶を抓って、案内される一行の中に加えた。殿下に余計なことを、と睨みをきかせてもギーヴはどこ吹く風だ。

そんなやりとりを見ていたホディールが、視線で先へ進むのを促すと、ダリューンは手を挙げた。

「私は部屋はいりません。
毛布を一枚拝借したい。殿下の寝室の扉の前で休ませていただきますゆえ。」
「そんな…!
長旅と戦でお疲れの御人を廊下になど…とんでもございません!」

顔色を変えたホディールに、ナルサスとサルシャーンは密かに視線を交わした。

「しかし、私には殿下をお守りする役目が…」
「なりません!」

尚も食い下がるダリューンを今度はホディールがピシャリと拒否した。食えぬ男とは思っていたが、彼はどうやら、そうまでしてアルスラーンとダリューンらを引き離したいらしい。見兼ねたサルシャーンは一歩アルスラーンのそばへ寄り、声を上げた。

「ではダリューン殿の代わりに私が…」
「「お前はだめだ。」」




*




「うぅ……。」

ファランギースと同じ部屋へ通されたサルシャーンは、彼女と向かい合った寝台の上にうつ伏せで呻き声をあげていた。

カーラーン隊との交戦からカシャーン城塞へ向かう道中に至るまで、ファランギースは王太子のみならず、幼いエラムやサルシャーンにもよく気を回していた。サルシャーンはよっぽどのことがなければアルスラーンのそばを離れない。アルスラーンの横には常にダリューンかサルシャーンが控えているというのが、彼らに同行してすぐについた印象である。

「案ずることはない、殿下なら大丈夫じゃ。」

ファランギースが声をかけると、サルシャーンは身を起こして膝を抱えた。

「しかし、ダリューン殿も部屋を引き剥がされてしまっては、もし殿下に何かあった時駆けつけるのが遅れてしまうではないか…。」
「おぬしもダリューン卿も、殿下にとってはさぞ心強い存在であろうな。」
「そうだと、嬉しいのだが。」

研ぎ澄まされた美しさを持つファランギースも、年下の彼女を相手にすると表情が和らぐ。夜着とはいえ相変わらず露出の多いファランギースから、サルシャーンは照れて視線を彷徨わせた。

屋敷や王宮に仕える女性たちや、街で会う奴隷たちは、親しげに話すもののやはり身分を気にしてか、一線引いたものがあった。サルシャーンはそれを気にしていなかったとはいえ、寂しく感じることもある。

それに、サルシャーンは母を知らない。
母は彼女を雪山で産み落とし、そのまま息絶えてしまった。故に身近に年上で、自分と対等に言葉を交わせる者はほとんどいなかったのだ。ファランギースが向けてくれる柔らかい眼も、飾りのない言葉も、サルシャーンにはくすぐったかった。

「…精霊がざわついておるな。」

不意にそう言うとファランギースは窓に手を掛けた。サルシャーンは不思議に思い、彼女の後ろから背伸びをして外の様子を伺おうと近寄って顔を出す。

窓の外にいたのはギーヴだった。

「精霊が窓から足を出せとささやいておる。」
「待て待て待てファランギース殿!」

なんと容赦のない。ギーヴを突き落とさんとばかりに顔を踏みつけているファランギースに、サルシャーンは憧れを抱いた。

「それで、何の用だ?」

窓にファランギースとサルシャーンが並び、壁に指を掛けてしがみついているギーヴを見下ろす。

「軍師殿から伝言だ。」
「なに、ナルサスから?」
「ならば入り口扉から入ってくればよかろう。」
「窓から色男が入ってきた方が趣があるだろう?」
「うむ、味わいがあるな。」

二人のやりとりを尻目にサルシャーンは松明の灯る中庭に視線を向けた。武装した兵が続々と集まっている。

「軍師殿の伝言とやらは、精霊が騒いでいるのと関係あるようじゃの。」
「わかりやすいねぇ、ホディール殿。」

やはり、ホディールとの交渉は決裂のようだ。サルシャーンは踵を返して羽織を手に取る。いつでもアルスラーンのもとへ駆けつけられるよう、彼女は夜着にはなっていなかった。己の獲物を手に取るサルシャーンは、ようやく主君のそばへ戻れると、心が弾んでいるようだ。




*




「殿下、アルスラーン殿下。夜分遅くに失礼します。お休みのところ申し訳ありません。」

人々が寝静まっているであろう夜に、星の瞬く夜空に負けないほど煌びやかな鎧に身を包んだホディールはアルスラーンの寝室を訪れた。その背後には、中庭に集っていた兵の一団を引き連れている。

「何事だ、ホディール。」
「おお!殿……」

扉を開けたアルスラーンも、ホディールと同じように武装していた。

先刻、アルスラーンはギーヴの手を借り、見張りのついた寝室から、ダリューンら四人が詰められた狭い部屋へと向かった。

ホディールはアルスラーンに二つの条件を提示した。一つは自身の娘を将来の王妃にすること。もう一つは、奴隷解放という、パルスの伝統を打ち砕く改革を慎むこと。
アルスラーンはホディールの条件に、すぐには返事できないと答え、ナルサスに相談できないかと考えあぐねていたのだ。そこで、四人の部屋に仕込まれていた睡眠薬をギーヴがアルスラーンの寝室の前で見張る兵に使い、無事部屋を抜け出せたのだった。

ホディールは恐らく、パルスの国土をルシタニアから解放したのち、新たな国王のもとで権勢を欲しいままにするか、もしくはアルスラーンの首を手みやげにルシタニア軍に降伏し恩賞を受け取るか。いずれにしても、己の欲のためにアルスラーンを最大限に利用するつもりだと、ナルサスは読み取る。

ホディールは今夜中に動き出すだろう。ナルサスはアルスラーンにいつでも出発できる用意をするように指示し、ギーヴに部屋まで送り届けさせた。
ギーヴはその足で、ファランギースとサルシャーンの部屋に向かったのだった。

そして現にホディールは兵を引き連れ、ダリューンらを排除する許可をアルスラーンに求めに来たのである。

「彼らは私によく尽くしてくれている。
それを排除するという理由はなんだ?」
「彼らはいずれ奸臣となり、後日殿下と祖国とに害をなすことは明白でござる。」
「何をばかな…。」

アトロパテネで身を呈して守ってくれたサルシャーンやダリューン。彼らの忠義は、アルスラーンが身を持って知っている。だからホディールが彼らをいずれ奸臣になるなどと決めつけることに、不快感を抱いた。

「全ては王太子殿下の御為でござる!
あのナルサスなる者、智略に恵まれながらなぜアンドラゴラス王のご不興をこうむったと思しめすか!」

そこからホディールは、カシャーン城塞で出迎えてくれた時と変わらぬ饒舌で、ナルサスを悉く貶した。地位を望むなら即位した後必ず宰相にするから、今はダリューンらと協力してくれないかと宥めても、彼は今度はダリューン、そしてファランギースやギーヴまでも信用がおけぬと、自分を正当化して言い放ったのだ。

「もし今おぬしの言う通りにすれば、私はダリューンやナルサスを捨てることになるな。」
「そうなりますな!」
「私にはおぬしの考えていることがわからない。
ダリューンやナルサスを私が捨てておぬしを選んだとして、今度はおぬしを捨てる日が来ないと何故言える!?」

アルスラーンはいよいよ反論に出る。ホディールの言葉への不快感を、今度は隠すようなことはしなかった。

「ナルサスの悪口をおぬしは言いたてる!
だけどナルサスは!私に一夜の宿を与えておいてだまし討ちになどしなかったぞ!」

力強い双眸に射抜かれ、ホディールは言葉に詰まる。気弱そうな少年だと彼は思い込んでいたのだろうが、アルスラーンは実に聡明であり、逞しい少年であった。

「世話になった。
いずれ、今日の食事の礼儀はさせてもらう。
だがもうおぬしに味方になってほしいとは思わない!」

まとめてあった荷物を掴むと、ホディールが止めるのを振り払って廊下を突き進む。

「ダリューン!ナルサス!サルシャーン!ギーヴ!ファランギース!エラム!
起きてくれ!すぐにこの城を出る!!」

付き添ってくれた者たちの名をアルスラーンが呼ぶと、やがて彼の前には既に服装を整えた忠臣たちが現れる。ダリューンは黒い鎧を松明の灯りで揺らめかせながら、鋭い眼光でホディールを睨みつけた。

「今サルシャーンに馬の用意をさせております。
すぐに出発いたしましょう。このような場所に長居は無用と存じます。」
「いい女もあんまりいないしね。」

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