おおつるぼ


ナルサスから指示を受けたサルシャーンはファランギースと分かれ、中庭に面していない城の窓から、軽い身のこなしで飛び降りて着地した。こちらでも中庭へ駆けていく兵を見かけたが、サルシャーンは彼らから隠れつつ、厩へと向かった。

城に招き入れておいて、体のいい言葉を並べて手のひらを返すとは、ホディールはやはり気に食わない男だ。

ギーヴによれば、アルスラーンは無事だ。ただ気まぐれに美女につきまとってきただけかと思っていたギーヴも、しっかり臣下として役目を果たしているらしい。
頼りに、なるかもしれない。寝室で別れる際、サルシャーンは殿下のことをよろしく頼むと、ほんの少し見直したギーヴに委ねてきた。

「バートン、バートン…。」

厩の入り口に立っていた見張りを気絶させてから、サルシャーンは薄暗い建物の中で愛馬の名前を呼んだ。すると、サルシャーンの声で首を起こしていた何頭かの馬の奥から、一頭の白馬が顔を覗かせた。よく見れば、白馬のそばには六人分の馬がいる。まとめてここに繋げられたようだ。

「休んでいるところ、すまない。
またそなたたちを働かせることになる。」

彼らに声をかけ、毛並みを撫でてやりながら、サルシャーンは着々と七頭分の鞍をおき、出発の支度を済ませていった。まだ見張りが気絶しているのを確認し、三往復して馬を外へ連れ出すと、次は一度に七頭まとめて中庭へ向かわねばならないことに気づく。だが生憎ここにはサルシャーンしかいない。持てても、手綱は精々三本だ。

「………。」

サルシャーンはおもむろに、そばで肩にすり寄せるバートンに目を向けた。彼は主人であるサルシャーンが歩けば、手綱を引かずともついてくるだろう。
まさか彼に、こんなことをさせるとは。サルシャーンは殆自分に呆れながら、眉を下げて手綱の半分をバートンへと差し出した。

「頼めるか?」

バートンはもう一度主人の顔に自分の頭をすりつけてから、その手に収まった手綱を咥えた。




*




「殿下、お待ちしておりました。」
「サルシャーン!助かった。」

恭しく頭を下げたサルシャーンは、アルスラーンたちの姿が建物から出てくるのと同時に中庭へ馬を連れて現れた。
アルスラーンが馬に乗るのをエラムが支えている間、サルシャーンは他の者たちに手綱を渡していった。そうして出立の準備を整えていると、鎧ゆすりながらホディールが駆けてくる。

「その者共は忠義面して殿下を邪な道への誘い込もうとしておるのですぞ!!」

この後の及んで、この男はまだアルスラーンを手駒にすることを諦めていないらしい。

「それはおぬしの方だろう、ホディール。
殿下を傀儡にしそこねたからといって、八つ当たりするのはやめてほしいものだな。」

ダリューンにそう言われ、ホディールは憤慨したようだったが、すぐに怒りの表情を隠し、人の良さそうな笑みを浮かべた。だが、彼の殺気は隠せていない。ホディールの指示で前へ出た二人の兵を、ファランギースとギーヴが剣で仕留める。

「王太子殿下に近付くに、短剣を隠し持つとはどういうことか。
それとも、この土地ではこれが王侯に対する礼儀とでも言うか?」

直接戦うことに臆したのか、ホディールは屋根の上で控えていた弓箭兵に矢を射るよう命じる。しかし彼らの弓の弦は、これまたナルサスの指示で事前にエラムによって全て切られていた。
これで大人しく城門を開いてもらえるはずだと、ファランギースとギーヴに矢を向けられたホディールの様子を窺うが、どうやらまだ無駄な足掻きを続ける気らしい。

不意に、火が消され辺りが真っ暗になる。

「王太子を捕らえろ!!」
「我らが主をお助けするのだ!!」
「いいぞ!!王太子を狙え!!
この闇に乗じて押し包め!!」

だがホディールの指示よりも早く、サルシャーンやファランギースがアルスラーンのそばを固め、ダリューンが単騎でホディールのもとへと飛び込む。暗闇の中でも鮮烈に感じるダリューンの殺気に悲鳴をあげて逃げ惑うホディールも、すぐに壁へと追い詰められていった。

「場違いに煌びやかな鎧はこの闇でもよく目立つぞ、ホディール。」

そして呆気なくもカシャーンの城主は討ち取られたのだった。




*




降伏した兵により、城門は開けられた。このまま城を抜けられると思っていたが、アルスラーンは列を離れどこかへ向かおうとする。

「殿下どちらへ?」
「せっかくここまで来たのだ。
ホディールの奴隷たちを解放してやろう。」

兵に道を教えてもらい、先導させて馬を進めるアルスラーンの背を、ナルサスとエラムは浮かない顔で見ていた。それを訝しく思っていると、ナルサスはサルシャーンの名を呼ぶ。

「ダリューン共に殿下のそばについていろ。」
「……?わかった。」

奴隷小屋に辿り着くと、アルスラーンは掛かっていた錠を剣で壊し、扉を開け放った。眠っていた奴隷たちは突然現れた少年に、一様に首を傾げている。

「さぁ、行くがいい。お前たちはもう自由だ!」

奴隷たちは言葉を発さない。疑問に思ったサルシャーンは馬を降り、アルスラーンの後ろに並んだ。

やがて困惑した奴隷たちが尋ねる。

「ご主人様は…。」
「ホディール様はこのことをご存知なのか?」
「ホディールは死んだ。
だからおぬしたちは自由になったのだ。」
「ご主人様が死んだ!?貴様が殺したのか!?」

アルスラーンの言葉で空気が変わったようだった。奴隷たちの目は血走っていく。

「とんでもない悪党め!!!」
「え……」
「ご主人様の仇だ、逃すんじゃねぇぞ!!」
「殿下お下りください!」

鍬を振り下ろされる直前、サルシャーンはアルスラーンの腕を引いて躱した。アルスラーンがここへ縛り付けるホディールはいなくなったと奴隷たちを宥めても、彼らは次々と農具を手に取り、聞く耳を持たない。

「俺たちからご主人様を奪いやがったな!!」
「略奪者め!!」

彼らは口々に罵っては武器を手に攻めてくる。一体これはどういうことなのだろうかと、サルシャーンはもちろん、アルスラーンも分からなかった。

知っているのは、ナルサス。
だからそばについていろと命令したのか!

サルシャーンは合点がいくと、立ち尽くしているアルスラーンに迫る奴隷に気がつく。横からダリューンが飛び出し馬に乗ったままアルスラーンを脇に抱えて駆け出すのを見てから、サルシャーンは鞘に収めたままの剣で彼らを牽制しつつ、バートンと共に城門を抜けたダリューンの後を追った。

ホディールは自分の所有する奴隷たちには優しい主人だった。良い主人を手にかけたダリューンもアルスラーンも、あそこの奴隷たちからすれば悪人である。

しばらく馬を走らせてから漸く速度を落としたナルサスが、浮かない顔をしたアルスラーンへと語りかけた。

それを知っていてなぜ教えなかったのかと、サルシャーンはナルサスに問う。だが先に教えていたとしてもアルスラーンは納得していなかっただろう。世の中には自分で経験しなければわからないことがある、と。紛れもなく、それは五年前のナルサス自身のことであった。

「正義とは、太陽ではなく星のようなものかもしれませんな、殿下。
星は天空数限りなくありますし、互いに光を打ち消し合います。」

まるで戦そのもののようだと、サルシャーンは星空を見上げて思う。星の数と等しく、戦場では無数の正義が散りばめられている。そしてここに集う彼ら自身も、無数の星のひとつに過ぎないのだ。

「殿下は大道を歩もうとしておられる。
ぜひその道をお進みください。」

けれど、アルスラーンが灯す輝きを決して消させはしないと、サルシャーン心に誓うのだった。


大蔓穂 -多感な心-

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