はなしゅくしゃ


アルスラーンの姿を探していると、彼はいるべきではない前線に待機していた。サルシャーンが目を吊り上げてそばへ行くと、肩をびくっと震わせてすまぬと呟く。大方、武勲をたてて陛下に認めてもらいたいのだろう。

「私から離れぬように。…初陣だろうと、敵に遅れを取るつもりはございませぬ。」
「わかった。」


「パルス歴代の諸王よ!
聖賢王ジャムシード!英雄王カイ・ホスロー!その他の王者の霊よ!」


地響きするかのように、低く力強いアンドラゴラス王の声が、パルス軍に向けて叫ばれた。


「我が軍を守りたまえかし!!突撃!!ヤシャスィーン

うおぉおお!!とその掛け声で兵達が馬を走らせ、この平野一帯が雄叫びと馬の蹄の音で埋め尽くされる。
これが、戦か。
王によって士気は最高潮に達し、霧の中にも関わらず猪突猛進の如く進む兵達は、この霧さえも晴らしてしまいそうであった。

自軍に怖気付いて尻込みをしているアルスラーンの肩を叩き、頷く。すると彼も弱気ながらも「突撃ー!」と声を張り上げ、サルシャーンの持つ槍の柄がぎりりと軋んだ。


前の馬の後を付いて走ること、ほんの数分だったか数秒だったのか。時間も分からないほど、緊迫した空気に飲まれ、このまま敵陣に討ち入ると、誰もがそう思っていた。

だが、前方の兵が次々と視界から消えていく。

「殿下、止まっ……おぁあああ!!」

アルスラーンの馬を止めた騎兵も後から来る兵に押され、平野に異質として存在する穴の中へ。そしてそこからは慌てふためく兵と馬の声と、水音。

「油だ!!
ルシタニアの奴ら、俺たちを火攻めにする気だぞ!!」

ぼうっ、と霧の奥に見える空から落ちる橙色の光。


「殿下、退がれ!!」


次の瞬間、穴へと吸い込まれていった橙色の火は、底に溜まった油に引火し、高々と炎を巻き上げる。退却を叫ぶもその声は炎に掻き消されて通らず、兵たちは押して押されて、地獄のような熱さへ身を投じることとなった。

「アルスラーン殿下、お退がりください!!」

なんと惨いことを。
焼け爛れていく顔をした者が苦痛から逃れようと、這い出そうと手を伸ばしている。ひゅう、と喉がなった。
戦ならこんな有様どうってことはないのだろうけれど、サルシャーンはそれを恐ろしいと、怯んではいけないのに恐ろしい思ってしまった。

「サルシャーン殿!!アルスラーン殿下をお守りしろ!!」
「あ、ああ!!」

兵が器用に槍でアルスラーンの乗る馬の尻を叩く。するとそれを理解した馬が彼を連れて去っていくのを見て、我に返ったサルシャーンは追いかけた。
燃え盛る炎、降り注ぐ矢。
全ての光景が日常からあまりにもかけ離れていて、戦はやはり嫌いだと苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

言葉を交わす余裕などない。
一刻も早くこの場を切り抜けなければいけないと必死になって、幼い二人は迫り来る敵に気付きもしなかった。

「ぐ、ぁっ!!」
「な…っ、」

サルシャーンは右肩に鋭い痛みを感じ、それによってバランスを崩しバートンの上から転がり落ちる。兜が衝撃で飛び、槍も手から離れた。
前を走っていたアルスラーンが振り返り名を呼ぶも、繰り出される敵兵の槍に彼まで落馬してしまう。
幸いにもアルスラーンは無傷で、すんでの所で攻撃を躱し反撃に出る。彼は折れた槍の穂を相手の馬の首に突き刺した。

「おのれ、よくも…異教徒め!!」

兜を弾き飛ばす金属音。
倒れたまま動けない自分が情けなくて涙が滲んだ。

「殿下ー!!」

敵と重なったアルスラーンの体、しかし崩れ落ちたのは彼ではなかった。
輝く白髪に赤黒い血を吐き散らして、敵兵は体を横たえ動かなくなっていく。対して起き上がったアルスラーンは剣を投げ出し、もつれる足でサルシャーンに駆け寄った。

「サルシャーン、サルシャーン!!」
「…無事です殿下。」
「怪我を…!!」

肩に触れた震えの止まらないアルスラーンの手に左手を重ねて、その顔を見上げる。

こんなはずではなかった。アンドラゴラス陛下は不敗の王などではなかったのだ。卑怯な手を使ってパルス軍を火攻めにし甚大な被害を負わせたルシタニア軍。
この戦、勝てるはずがない。

「殿下の痛みからすれば、こんなもの。」

彼はたった今人を殺めたのだ。

「申し訳ございません。
本来ならば、私が背負うべき業であるのに…。」

青い瞳は濁って光を宿していない。
そんな顔をしてほしくはないのに、この少年は王都にいた時のように温かい笑みを浮かべていれば良かったのに。

「死ぬな、サルシャーン…、死ぬな…。
……か……誰か…………!!」

今サルシャーンの前にいるのは王太子ではない、ただの一人の人間としてのアルスラーンだった。

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