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12愛しさゆえに


「―――僕、君に黙っていたんだけど、ずっと愛しているひとがいるんだ。」


静かな声だった。
ウタの目を見て、ヒカルは黙って続きを待った。
覚悟は何も出来ていない。彼がこれから何を話し出すのか予想出来るようで、出来なかった。
後ろでは月山習が眠っている。もしかしたら既に起きているかも。彼にウタと暮らした事実を隠すつもりはない。だが、膝は震えていた。気丈に振る舞っても先伸ばしにしてきた罪悪感と恐怖は拭えなかった。


「…この二年、僕は君を好きになりたくて、努力した。」
「、ウタさんは私を大切にしてくれました。」
「うん。本当に君が可愛かったからね。不幸にも人間から僕らの世界に堕ちてきた君なら愛せるかと思った。

でも…、駄目だ。君じゃ書き換えられない。」


そっと、頭を撫でられる。目元に彼の指先が触れて、知らぬ間に涙が伝った事に気が付いた。
食い下がることは出来ない。確かめる事も。ウタがこのタイミングで自分を手離そうとしている事実だけが、彼女を苦しめた。彼女が、元恋人と再会した今。


「…そんな顔をしないで。二度と会えないわけじゃない。
僕はこれからもあの店にいる。」
「ウタさん…」
「困ったらいつでもおいで。…荷物も、ゆっくり纏めてくれて構わない。じゃあね、ヒカル。今日はそれだけ。君が生きてて安心したよ。」


あまりに自然に扉が閉まる。すがるよう彼女の手は冷たい鉄の板に触れた。
遠ざかる足音に立ち竦む。この二年間の思い出が急速に暗転していくようで、呼吸を忘れた。
部屋の中で、人が動く気配。ヒカルは咄嗟に振り向いて距離を取った。


「……習。私はこの二年間、ウタさんと暮らしていました。あの日、研に会いに行く前に、止められて。」
「そう。」

「さっきの質問の答え。私は貴方を愛せません。
あの頃にはもう戻れないから。」


滑稽だ。たった一人では、何も出来ないのに虚勢を張ることしか出来ない。放り出された身の振り方をこれから急いで考えなくてはならない。月山習を巻き込まない形で。


「…構わないよ。それでも。僕の目が届く場所でこれから貴女が生きてくれるなら。」
「、貴方を頼って生きる資格なんて私には」
「さっきもこだわっていたけれど、何故、資格が必要なんだ?君らしいと言えば君らしいが、これは僕の願望だ。」


距離を詰めてくる月山に、ヒカルは抵抗するよう体術を繰り出した。驚いて咄嗟に彼は受け止める。目を丸くする月山を彼女は見つめ返した。


「この二年で、喰種や人間と戦う訓練もしてきました。もう習にずっと守ってもらわなくても私は生きていける。」
「…、それは、カネキ君の為に?」
「いいえ…、自分の為です。…私は結局、自分の事で精一杯…。」


ウタさん。ウタさん…。
貴方は、習のところに私を帰そうとしたんでしょうか。

だったら、貴方に誰か好きなひとがいるなんて言わせて私だけが幸せを掴む事なんて絶対に出来ない。


「習…、私をよく見て。私は、醜い。」
「……優しいだけだよ、貴女は。昔と変わらない。だから僕を助けに来てくれたんだろう。」
「…、」
「ヒカル、隣に座ってくれないか。僕を愛していなくてもいい。
今は君の無事をただ側で感じていたいんだ。」


月山は静かにソファに座り直した。
優しい横顔に視界が歪みそうになる。泣いてはいけない。
彼女は必死に歯を喰い縛った。

***

「で、うーさん自らあのこから手を引いちゃったわけ?
何その古くさいメロドラマみたいな展開。」


時を暫くして。イトリのバーで、ウタはグラスを傾けていた。不思議と胸は痛まない。寂しさはあるが。最初から予感はあったのだ。彼女は自分を選ばないと。


「酷いなあ、イトリさん。多分、こうなるってわかってたでしょ?」
「何、甘えたこと言ってんの!分かんないわよ、他人の事なんて。奪うことも、殺すことだっていつでも出来たでしょうが。」
「…そうだね。でもあのこは食べたくなかったんだ。」


性欲や食欲が沸かなかったわけではないが、隣でふわふわしていれぱ良かった。過去に囚われながら、側で寂しさを埋め合うのが心地好くて。静かに笑うヒカルがウタは好きだった。
月山への気持ちが残るのは知っていた。彼女が不器用なのはわかっていたから。


「うーさん、アタシ達はピエロよ。そんな顔は貴方に似合わない。」


赤いルージュの唇が弧を描いて、ゆっくりと重なる。
溶ける氷の音がひとつ。ウタは棘眼を静かに閉じた。

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2018 08 07

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