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狼諜報員と花屋さん02


花壇に撒く水がキラキラと光る。
煌めく朝露を瞳に映し、ヒスイは穏やかに微笑んだ。
花屋での短期の仕事は春島だからかたくさん募集が出ていてすぐに採用が決まった。顔が出る仕事は比較的避けてきたが、そう長居をする予定ではない為構わないかと今回は決めた。
この島は居心地が良いが、観光客が多い分、人間の入り乱れも多い。追っ手の存在が察知しにくい島でもあった。


「サクラ草…マーガレット。
パンジーに…………アネモネ。」


花言葉は儚い恋。
ヒスイはその花の前で足を止め、そっと顔を近づける。これまで生きてきた中で恋愛などする余裕はなかった。
海軍を飛び出し、常に薄い氷の上を渡るような一人旅。深く関わる人間を持たない生活の中では、恐らくこれからも誰かを愛し、また愛される事もないだろう。
ショーウィンドウの内側から、行き交う人混みに腕を組む男女を見てヒスイは小さく息をつく。
諦めに似た気持ちは冷静さを与えてくれるが、憧れが消えるワケではない。
望みはある。いつかは穏やかで追われる事のない普通の生活を心許せる人と……と。
束の間ぼんやりしていると、彼女を現実へ引き戻すようドアベルの鈴が音を立てた。


「…!いらっしゃいませ。」


ゆったりと入ってきた来客にヒスイは慌てて頭を下げる。街では珍しい、和風のようなそうでないような風貌。あ、と思う。あの時はスーツだったが先日街中でぶつかった人だ。
切れ長の瞳と目が合うが、彼の方から視線を逸らした。


「…何かありましたらお声かけ下さい。」


ヒスイも変わらず態度を崩さない。
もう忘れてしまったのかもしれないし、一人で選びたいのかもしれない。
彼女は笑顔でお辞儀をすると、少し距離を置いてカウンターの中へ戻ろうと踵を返した。


「あ…!あの、よ。」
「はい?」


不意に響いた制止の声に彼女は踏み出した足を半ばで停める。振り返ると、離れたつもりが意外に近く。呼び止めた本人は少し落ち着かない様子で彼女をそわそわと見下ろしていた。


「あ、その…覚えてるか?」
「…ええ。その節は失礼致しました。またお会い出来ましたね。」


彼女が素直に答えると、彼もほっとしたように笑った。


「花、選んで貰いたいんだが。…同僚の快気祝いに。」
「喜んで。ご予算等、教えていただけますか?」

***

明るい色の花を選んで、ヒスイはブーケを形にして行く。
花同士が喧嘩しないよう。お互いがその美しさを引き立たせるように。話の合間で男がジャブラだと名乗ったので、彼女も自分の名を告げた。強面からは想像がつかなかったが、ジャブラは気さくで話上手だった。
丁寧に、心を込めて彼女はジャブラに鮮やかな花束を手渡した。


「…どうでしょうか?」
「ああ。…アイツにゃ勿体ねェくらいだ。ありがとな。」


不安そうな彼女に満面の笑みでジャブラはそれを優しく受け取る。
帰り際。多めに置かれたベリーと、差し出された花が一輪。ヒスイがきょとんとして顔をあげると、ジャブラは礼だと彼女にその花を握らせ、逃げるよう店を出て行った。

手に残る一輪の赤いアネモネ。
そのアネモネの花言葉は………


「、ジャブラさんっ……」


思わず、彼を追って店の扉を押し開ける。

待って。待って。
店先を歩くジャブラの服をヒスイが軽く引っ張ると、彼は驚いた顔で足を止めた。


「あの、…ありがとう。大事にしますね。」
「あ…、あァ。」


しどろもどろな返事にヒスイもつられるよう少し照れた笑みを零す。
嬉しかった。頭を下げて、ヒスイは再び店へと戻る。例え彼が花言葉の意味を知らなくても。
もう、これきりでも。
花を贈ってくれた彼にヒスイは胸が暖かくなった。


「…ヒスイ!」


ああ、だからどうか期待させないで。
とも思う。振り返ったその先でジャブラは彼女を見ていた。


「―――その…、またな。」


未来のないこの気持ちは、
果たしてどうするべきなのだろうか。
彼女は笑顔を浮かべたが、頷く事は出来なかった。
―――――――――
赤いアネモネの花言葉"あなたを愛す"
2011 03 08

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