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狼諜報員と花屋さん01


※エニエスロビー編後。春島にて。


行き交う人ごみの中で肩がぶつかる。なんて、よくある話。そこに何かを期待する筈もなく。だから、軽く一言交わして通り過ぎて終わるはずだった。
しかし、彼女は立ち止まり、彼の少しずれたネクタイを申し訳なさそうに整えた。


「ごめんなさい、不注意で。」


向けられたのは柔らかでとても綺麗な表情。思わず返事を忘れてしまう程。引き止めるタイミングを失う程。ジャブラはその僅かな時に釘付けになった。
胸は烙印が押されたように熱く、彼女の淡い緑の瞳が網膜に焼き付く。

一度、きちんと頭を下げてから艶やかな髪を揺らめかせて、遠ざかっていく後ろ姿。首もとには先程、触れられた指先の感触が体温と共に仄かに残る。

その姿が消えてしまう前に、


「チャパパー?どうした、ジャブラー?」


傍らに居たフクロウの声も聞こえなかった事にして、ジャブラの足は彼女を追った。

何を言えば良いのか。
頭の中は全く纏まっていないが、もう一度引き止めてその瞳に自分の姿を映したかった。

後、少し。人波を掻き分けて、掻き分けて。


「…おい!」


伸ばした彼の手は、ざわめきの中、細い肩を掴まえた。振り返り、驚きに揺れる瞳にすらジャブラは言い知れぬ高揚を覚える。

(な、んだこれ…)

僅かに乱れた息を整えて、まずは礼を。
ジャブラが気恥ずかしそうに頭をかくと、戸惑いながらも彼女は笑った。

始まりは、ここから。
不器用な狼に舞い降りた思いは、まだ朧気で形に成らず。彼は手を振って去っていく細い背中を見つめる事しか出来なかった。

彼女からは柔らかな花の香りがした。
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2011 02 27

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