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その恋、前途多難05


「ねぇ、パウリーさん、これはどう見るの?」
「ああ、そりゃあな…」


喧騒の中、二人が身を寄せ見つめる視線の先は金券と泳ぐヤガラ達。賭博場などこれまで経験した事のないヒスイはパウリーの隣で終始きょときょと辺りを見渡し、質問を繰り返していた。

"今日は周りが気にならない所に俺が連れて行くからよ。"

目立つ場所を嫌うヒスイにパウリーがそう言ったのが今回ここへ来た事の発端。だが、確かにここでは周回を走るヤガラに皆、夢中で人目は気にならない為、彼女はとてもリラックスしていた。
有名人であるパウリーですら、今はピースのほんの一つ。各々から上がる歓声が大きなうねりとなって会場は圧巻してしまう程熱狂の渦に包まれていた。


「ヒスイのはA-Cだから…だー!ちょっとこのままじゃ歩が悪ィな。」
「ふーん。あ、じゃあパウリーさんのは今いい感じだね。」


目を輝かせて、券を握るパウリーは普段よりずっと幼く見える。
少し高い場所に位置する横顔はとても楽しそうで、近くにいるこちらまで明るい気持ちにさせてくれた。
大人だったり、子供だったり。
不思議と目が離せなくて視線が気づけば彼を追う。
気持ちの良い位、素直で魅力的な人。彼の持つ陽の波は彼女の心も殻ごと優しく飲み込んだ。


「…ふふ。あはは!あっ…見て!パウリーさん!!」
「ぐわァ!!嘘だろ、オイ!!」


ヤガラの順位が変わる度絶えず百面相をしているパウリー。ヒスイもそれにつられるよう声を上げて破顔する。

ねぇ、これ以上、貴方の素敵な所を見せないで。
外れたレースを屈託なく悔しがり、また笑う姿に胸が高鳴り、また張り裂けそうになる。

島を離れたくなくなる。
別れを決断する時はもう過ぎているのに。

***

商店街で食材を買って、一人、借り宿の帰路を歩く。

退屈じゃなかったか。本当か。
じゃあまた来よう。
帰り際、磁針なく尋ねてくれたパウリーを思い出すと顔が綻ぶ。こんなに大声を出してすっきりした気持ちになれたのは本当に久しい。
だが、ヒスイのそんな明るい表情も舞い降りた一つの影によって呆気なく泡玉のようにふつりと消えた。


「ヒスイ」


彼女の前に降りたのは、この大きな街でほんの僅か彼女の素性を知る人物。思わず、紙袋を抱える腕に力が入る。
対してカクは、固い表情を変えず彼女の隣に足を運び腕の中の荷物を取り上げた。


「あ…!」
「持とう。少し話があるんじゃ。」


一言述べて歩き出すカクに、ヒスイは小走りでついて行く。胸がざわつく。
彼がこんな風に怖い顔で会いにきた事は今まであった試しはない。
聞きたくない。率直に、彼女はそう思った。

***

「単刀直入に言っておく。パウリーにはこれ以上入れ込むな。」


普段より一オクターブ低い声。
囁かれたカクの声はとても小さかったが彼女はその音にぶるりと身を震わせた。
無意識に拳を握る。少し前を歩くカクの服を、彼女は思わず掴まえた。


「…彼に、何かする気なの。」
「…そうではない。だがこれはわしからの最大限の忠告じゃ。わしはおぬしが嫌いでない。じゃから言うとると自覚せい。」


するり、と。細い手が服の裾から外され、カクから荷物を返される。いつの間にか着いていた宿の前。
夕日に佇む二人の影は長く伸びて、カクの黒にヒスイは完全に覆われた。


「いいな、悪い事は言わん。ログが溜まっておるなら早く島を出た方が身の為じゃ。」


おぬしも分かっておるじゃろうがな。
逆光でカクの表情はヒスイからは読み取れない。だが、その姿がかき消える刹那、彼女の頬をカクの指先が優しく滑った。

空から注ぐ暖かな光は変わらない。
辺りの景色も何一つ。
だが彼女は急な寂寥感に襲われ思わず零れた涙を乱暴に拭った。


――分かってる。判ってるよ、そんな事。
でも取り上げないで。
漸く一緒に笑えるようになった人だから、どうかどうかもう少しだけ。


「好きだなんて、言わないから。」

―――――――――
2011 03 16

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