×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



その恋、前途多難04


宿の机の上に置かれた指針は、次の島を指し示す。
当然だ。ログはもう一月は前に溜まっている。
ウォーターセブンに居着いて早、半年。
今まで留まっていた理由――それはこの街が思いの他、心地良く、気の許せる人物が出来たからだった。
だが、そろそろどうするか考えねば、これからの動きが取りづらくなる。
政府から追われる身であることを忘れた日はない。
夕日に照らされる港で商船をぼんやり眺めていると、後ろから軽く肩を叩かれた。


「よォ…、待たせたか?」


振り返ると、そこにはこの街の人気者。息を切らしている所からすると、来る途中でまた誰かに追われていたようだ。ヒスイは笑って首を横に振り、立ち上がって汚れを払った。


「お疲れ様、パウリーさん。」


会うのは少し久し振りだった。

***

「いらっしゃ………あれ、ヒスイちゃん?今日入ってる日だったか?」
「…いえ。今日はオフです。知り合いと。」
「はは、そうかい。じゃあ好きな席に座りな。」


細路地にある小さな居酒屋の暖簾をくぐる。
ヒスイは一言二言、店主と笑って会話すると先に奥の席についたパウリーの向かいに腰を降ろした。


「…迷惑じゃなかったか?」
「全然。ごめんね、いつもここで。表にある騒がしいお店は苦手で」
「な、何言ってんだよ!俺がここが良いっつってンのに。」


少し申し訳なさげに笑うヒスイを、パウリーの慌てた声が遮る。
彼女がバイトしている事を話してから、時折催される二人の会食は専らこの店が行きつけになった。
人の多い中心街では、パウリーは有名人でとにかく目立つ。カクやルッチにしてもそうだが、ヒスイは暫くして彼らの人気ぶりを知った時、人前で船大工に近づく事を極力控えるようになった。
目立つ行動はとにかく避けるに越した事はない。
働く職場のマスターが信頼のおける人物と分かるまで、とにかく彼からの誘いは悉く避けた。
(勇気を振り絞ったパウリーがその行動に逐一打ちのめされていた事を彼女は知る由もない。)

さらりと一通りメニューを頼んで、ヒスイは席を立ち上がる。


「…今日は何、作ろうか?食事が来るまで時間あるし。」
「……いいのか?」
「勿論。ワンドリンクはサービスするわ。」


酒が入るとパウリーは普段より少し饒舌になる。
ヒスイもカクテルを呑みながら、今、彼が造っているというガレオン船の話を聞いていた。


「…後はマストを挿せば、完成なんだ。」
「そっかあ……私が前に乗ってた船もガレオン型だったわ。次はどんなのに乗ってみたいかなあ…。ねえ、パウリーはどんな船が旅にはおすすめ?」


ころころと笑って彼女はグラスを傾ける。
だが、それを境にパウリーが静かになってしまったので、ヒスイは自然と話題を切り替えた。

いつもなら決して飲み過ぎる事はないパウリー。
だが、そろそろお開きにという時間になって、珍しく彼はテーブルに伏せった。
ヒスイが声を掛けても、返る言葉は夢うつつ。どうしたものか困っていると、奥から水を持ってマスターがそろりと現れた。


「送って差しあげればいいじゃないか。…付き合ってるんだろう?」
「ま、まさか。私、この街の住人じゃないのに…パウリーさんはよくして下さる大切なお知り合いです。」


ニヤリと笑うマスターを苦笑混じりに交わし、ヒスイはぐったりとした彼を引き起こす。体の造りは華奢な部類に入るヒスイだが、力はそこそこある為、彼に肩を貸す事は造作もなかった。


「じゃあマスター…また明日。」
「ああ、気をつけてな。」


少し肌寒い夜風に吹かれながら、ヒスイは寝静まった街をゆっくりと歩く。
深く染み付いた葉巻の匂い。必然的に鼻腔を擽るその香りはヒスイを無条件にほっとさせた。


「…、元気にしてるのかな。」


若くして煙をくゆらせていた白髪の彼にはもう何年会ってないのだろう。
軍を飛び出してから歳を重ね、自分も随分大人になってしまった。

今ではあの似合わなかった葉巻も、彼を彩る飾りとなっているだろうか……。
ふふ、と彼女は少しだけ笑った。


「……なァ、今、誰の事考えてるんだ?」


ふと、耳に響いた冷静な声にヒスイはハッと現実に返る。顔を上げると、目と鼻の先に先程まで泥酔していたパウリーの顔。

良かった。
ようやく酔いが醒めてきたようだ。
微笑んで、ヒスイが口を開きかけたその時、背中に鈍い痛みが走った。


「…、った」
「答えろ、ヒスイ。」


―――前言撤回。
逆に悪酔いしているかもしれない。強い力で押さえつけられ、ヒスイは痛みで顔を歪ませる。


「ちょっと…、痛い!パウリーさん!もう送りませんよ!」
「…結構だ。"お知り合い"になんざ送って貰う義理はねェ。」
「――!!」


これ以上なく、ヒスイはその瞳を大きく見開く。見つめるパウリーは無表情で、…しかし何処か哀しげだった。

まさかあの時起きていたとは…―――、
何とも言えぬ間の悪さにヒスイは軽い目眩を覚えた。


「……パウリーさん、あれは」
「知ってる。お前はもうすぐ此処を出て行く気だし、どうせ俺が常日頃から女と遊んでると思ってンだろ。」
「そ、そんな事思ってない…!でも、」
「うるせェ!俺がいつもどんな気持ちで…ッ」


口内に広がる苦味。言いかけた言葉は最後まで紡がれる事はなく。乱暴な口付けは普段の優しく奥手な彼からは想像も出来ず、ヒスイがパウリーの胸を叩いたのは随分経ってからの事だった。


「行くな……ヒスイ。」


懇願するような、小さな声。
途切れ途切れに漏らす言葉は、まるで泣いているようだった。ヒスイは大人しくなったパウリーを抱きしめ、その大きな背中を優しく叩く。
明日には全部忘れてしまっているのだろうか。
それはそれで構わないのだが…、やはり考えるとちょっと悲しい気分になった。


「…今度はそれ、酔ってない時に言って欲しいな……」


おやすみなさい、パウリーさん。
彼を家に押し込んでヒスイは玄関の扉をそっと閉める。
遠ざかる足音。自らの性格を心底恨めしく思いながら、パウリーは冷たいフロアにジャケットを脱いで転がった。


「……出来るならンな事、とっくにやってる…」


酒の力を借りなければ、こんな事さえ言えない俺を知ったらヒスイはどう思うだろう。
パウリーは深いため息を零した。

愛している。
ただ、それが君に対する全てなのに。
――――――――
2011 02 04

[ 78/110 ]

[*prev] [next#]