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その恋、前途多難01


※カク、ルッチと既に面識あり。


その遭遇は、借金取りから逃げる最中だった。
曲がり角を折れてスピードを上げるつもりが、影で見えなかった華奢な体をパウリーは豪快に道端へ吹っ飛ばしてしまった。


「…っ、たた」
「!悪ィ…ッ、大丈夫か!?」


壁に寄りかかった彼女にパウリーは慌てて走り寄る。目をやれば、レギンスが破れ、膝から滲む赤。
けれど、当の本人は汚れを払い彼に明るく手をあげた。


「ああ、大丈夫。大した事はないので行って下さい。」


パウリーはその表情に一瞬言葉を詰まらせる。
嘘だ。大分勢い良く撥ね飛ばしてしまったのに痛みがないはずがない。
近づいてくる足音と罵声。パウリーは頭をかいて躊躇いをみせたが、次の瞬間ガバッとヒスイを抱き上げた。


「え、」
「……ギリギリOKだ。」
「えっ…!?あの」
「捕まってろ!」


驚いて目を瞬かせる彼女を余所に、パウリーは裏路地を縦横無尽に走り抜け水上都市を駆け登る。
ドッグ内に入ってしまえば、ヤツらも追っては来られない。


「あ、あの…かすり傷ですから、本当に大丈夫なんですけどっ」


抱えられた彼女は、戸惑いながらそう言うがパウリーは耳を貸そうとしない。女は苦手だ。無駄に露出したり、男を惑わすような香りを振り撒いたり。だが、自分が怪我をさせた人間を放っておくなど出来るはずもなかった。

(──本来、部外者は立ち入り禁止だが今は致し方ねぇな。すまねぇ、アイスバーグさん。)

網の張られた柵を飛び越え、パウリーはガレーラの工場内へ滑り込んだ。

***

「………。」


勢いで医務室まで連れてきたまでは良かった。
が、彼の予想外だったのは昼休憩で医者が出払っている事だった。

……まずい。
パウリーは、今更ながら冷や汗をかいた。
椅子に降ろした彼女は、じっと自分を見据えて大人しくそこで待っている。

(どうすりゃいいんだ…!!
手当てして帰らせてェが、ま、まさか…俺が女の足を触るワケには……)

ぐるぐると煮え切らない思考が渦巻き、パウリーの動きを鈍らせる。
無駄にフリーズした空間。


「何しとるんじゃ。」
「どわっ!!」


その珍妙な沈黙を破ったのは第三者であるカクの一声だった。背後から突然掛けられた声に、パウリーはこれ以上ない程の速さで部屋の隅に飛び退く。
対してごく普通に入ってきただけのカクはそれを訝しそうに横目で見やると、処置用の椅子に座わっているヒスイに視線を移した。


「……ヒスイ?ここで何しとるんじゃ。」
「あ…、えと」
「あちゃー、だいぶ擦りむいてしまっておるのう。」


そう呟いたが早かったか否か。
カクはごく自然に、彼女のレギンスを捲りあげ、消毒液と脱脂綿を手に取り処置を行い始めた。


「……お、お前ら、し、知り合いか…?」
「まあそうじゃのう。」
「はい。」


会話もそこそこ。手際良く、事を進めるカクにヒスイは礼を言いつつ頭を下げる。
その反応に、カクが穏やかな視線を向けたのでパウリーは内心、ドキリとした。
カクに彼女がいるという話は、聞いた事がない。
しかし明らかに街の女に向ける瞳とはその表情は違っていた。

(な、なんで……俺が動揺してんだ…!
別に知り合いなんだから仲が良くたっておかしくねェじゃねえか…!)

妙にもやもやしながら二人のやり取りを見ていると、不意に彼女がパウリーの方へ顔を向けた。


「ありがとうございました、わざわざ連れてきてくれて。」
「処置したの、わしじゃがの。」
「ふふ、カクさんもありがとう。」


そう言って、朗らかに微笑んだ顔に、パウリーは完全に目を奪われた。
優しく美しい翡翠色の視線にざわりと心が泡立つ。


「…ご挨拶が遅れてすみません。私、ヒスイと申します。貴方は?」


その問いにうまく答えられたか定かではない。
ただ、先に謝るタイミングを逃してしまった後悔と、向けられた純粋な笑顔に熱くなる気持ちを殺して頭を下げる事でパウリーはいっぱいいっぱいだった。
────────
パウリー視点ではレギンス=ズボン希望(笑)
2010 12 27

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