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遠くのピノキオ君3


「かはっ…」


咳き込んだ口から少しだけ血が飛び散った。
周りにある緑の葉に鮮烈な赤が混ざり、カクの瞳は薄ぼんやりとした視界をさ迷う。
海賊に負けた。政府の敵に。自分達の陣地である不夜島で。CP9に敗北は赦されない。敗北は意味するのは――即ち、死。
傷口からとくとくと流れる血。
それを止血しようともせず、彼は大の字で建物の裂け目から覗く空をただ見つめていた。


「…また派手にやられたのね。」


草を踏みしめる足音。冷静な瞳がカクを捉え、そっとヒスイは彼の脇に膝をついた。


「…おぬし、戦わんかったんか。命令違反じゃぞ。」
「勘違いしないで。私は私が納得した戦闘以外しないだけ。」


気道を確保し、彼女は自らにカクを寄り掛からせる。暖かい。冷えきった身体にヒスイの体温は心地良く、彼はそれ以上口を開く事なく無意識に口元をゆるりと緩めた。


「…カク?」
「、ふふ…。いや、怪我の功名じゃと思うて。このまま死ぬのも悪くないの…」


目を閉じて笑むカクにヒスイは僅かに息を呑んだ。ぎゅう、思わず刹那強く彼の服を握りしめる。黙々と傷の処置を施す彼女だが、その表情は先刻と異なり深い哀を帯びた色に染まっていた。


「…簡単に命を手離して死ぬ位の気持ちなら私の手を煩わせないで。」


生きてよ。それは彼女なりの、精一杯の言葉だった。カクはその声にまた申し訳なさそうに低く笑う。
そうだった。
泣いて"死なないで"と哀願したり、涙する女性では元よりない。
だが、側にいれば確かに愛を感じたし、今も心配しているヒスイの感情が胸に優しく流れ込んだ。


「…すまん。すまん、ヒスイ。わしは」


遠すぎて、声すら聞く事の許されない状況で。いつの間にか君の気持ちは愚か、自分すらよく見えなくなっていた。
譫言のよう呟くカクに、ヒスイは静かに笑んで首を横に振る。


「いいの。謝って欲しいわけじゃないわ。」


満足に動けないカクを背負い上げ、ヒスイは遥か下界を覗く。バスターコールの掛かった島にもう、時間は少ない。
遠くに見える海軍船舶。
彼女はそれを視界に捉え、唇をきつく結んだ。


「行こう。貴方を死なせはしないから。」


力強い声に、カクは背負われたまま彼女を後ろから抱きしめる。ヒスイの匂い。
強い生命力に満ちた彼女に当てられ彼は自然と目頭が熱くなった。


「…ヒスイ」


この想い―――。
必ずもう一度、告げられるようになるから。
もう一度だけ、馬鹿なわしを待ってくれるか。
名を呼ばれて首を捻った彼女に、カクは触れるだけの口付けを頬にした。

君が好きで、好きで、
けれど君が隣にいないのが死ぬほど寂しかった。
誰が君の代わりになるわけもないのも、承知してなお、過ちを犯してしまうほどに。

それはつまらない嘘と建て前の奥に秘められた、誰も知らないピノキオの本音。
―――――――――
2011 06 01

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