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きっといつかこんな日が


※W7編よりしばらく後の話。


幾度の奇跡が降り積もって、それは運命に変わる。


「――…ヒスイ?」


暖かな日差しが注ぐ春島。
街道沿いのオープンカフェからざわめきに混じり、その声は届いた。彼女が反射的に振り返ると、日溜まりの中に懐かしい顔。かつてウォーターセブンで別れた"彼"が賑わいの中で座っていた。


「……カ、ク?」


目を瞬かせてヒスイは、その場で足を止める。姿を見るのは一年ぶりくらいか。
ログが溜まり彼女が造船島を出てから、もう随分経っていた。
立ち上がってこちらへ歩いてくるカクは見慣れた船大工時の繋ぎではなく、タイトな黒服。
同じテーブルには彼と似た黒を纏った人間が幾人か。きっと今が彼の本来の姿なのだろうと彼女は思った。
側まで来て、帽子を外したカクにヒスイは軽く頭を下げた。


「……久しぶりね。驚いた。」
「それはこっちの台詞じゃわい。」
「……ここに居るっていう事はもうあの街での用は終わったの?」


ヒスイが静かに問いかけると、カクは何とも曖昧な表情を浮かべてみせる。聞いてはまずかったろうか。
戸惑う彼女にカクが気付いたかは分からないが、彼は平時とさして変わらぬ調子で言葉を紡いだ。


「……そうじゃの。全部終わったわぃ。失敗してしもうたがの。」


小さく苦笑して、彼は軽く頭をかく。
だいぶ痩せた頬。
彼女は彼を見据えて、それ以上は問わなかった。

聞かずとも、結末のシナリオは想像がつく。


「…他には?」


少しおどけたようなカクの声。
それにヒスイは小さく首を横に振った。


「…。知りたくない訳じゃないけど…野暮な詮索は好きじゃないわ。言ったでしょう?
私はそのままのカクが好きだって。」


そう言って目の前の彼に微笑むと、視界が一気に黒に染まった。
苦しい程の抱擁。驚いて、思わず彼女は手にしていた荷物を取り落とす。
あまりの力にヒスイは軽く彼の背を叩くが、その加減は変わらずキツいままだった。


「…カク、痛い。」
「すまん。じゃが、無理じゃ。」


―――会いたかった。
もう会えないものと覚悟していたからこの奇跡が信じられない。目頭が熱くなるのを堪え、カクは彼女の耳に唇を寄せた。


「――ヒスイ。隠し事はもうやめじゃ。…する必要も無くなった。」


わしは……サイファーポールだったんじゃ。

カクの素性は彼女が考えていたより、ずっと深く暗いものだった。連れられた広場のベンチで、これまでの事をぽつりぽつりと落とすように告げるカク。

ウォーターセブンでの事。
エニエス・ロビーでの事。

もっとずっと昔の話も………

温かい彼の手は繋いだまま。
ヒスイは隣で彼の口から語られる真実を、一つ一つ受け止めた。


「わしも今となっては追われる身じゃ。
お主と一緒じゃな。」


そう呟いてカクは愉快そうに笑った。
心配してヒスイは彼を横目で見やるが、憑き物が落ちたように、カクの表情は晴れやかで明るい。対して、彼女の憂いだ瞳に気付いたカクは肩を竦め、少し口を尖らせた。


「なんじゃ、その泣きそうな顔は。お主がそんな顔をする必要はない。」
「……、だって…」
「言っておくが、わしは前からお主には話したいと思っておった…。お主の秘密だけわしが知っておるのも気分が悪かったし……わしの事も分かって欲しかった。」


そっと頬を滑る指先。彼の真摯な言葉は彼女にとってこの上なく嬉しかった。
真実など知らずとも、カクへの気持ちは変わらなかったろうが、そうして自分の事を考えていてくれた事が彼女の胸を締め付ける。
感極まり、小さく俯むいてしまうヒスイ。
それを見て、カクは優しく笑い、柔らかく額に口付けた。


「大好きじゃ、ヒスイ。」


漸く、思いのまま君を愛せる。
それがとても幸せで…政府に追われている事など一瞬どうでもよくなってしまう程、カクは彼女との再会が愛おしかった。
かつて悲壮な顔で告白をしたカクはもういない。
愛する人間を抱きしめて、彼はヒスイの髪に顔を埋めた。


「カク…」
「ヒスイ。これから先は一緒に行こう。」


これからは一緒に背負っていこう。
ずっと一緒が幸せとは限らない……以前お主はそう言ったが。もう…お主を離しとうない。

ヒスイ、お主と一緒に。
わしはこれからの未来をもう一度生きてみたいんじゃ。
――――――――
2011 01 27

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