×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



君との距離


「──のう、ヒスイ。」
「何ですか?」
「…敬語はやめぃ。お主の方が上じゃろう。」


よそよそしい態度をとった罰として、今日の昼は外で弁当が食べたいのぅ。

カクのそんな連絡で、本日のランチはガレーラを離れた小さな公園になった。
この水上都市で出会って以来、何かとカクはこまめに連絡を寄越してくる。
初めは、政府に通達でもされているのではとヒヤヒヤしたがどうやらそうでもないらしい。
───初めに交わした約束通りに。

『お主がワシの事を口外しないなら、お主の事にも干渉せん。』


突然のランチの誘いにヒスイはとても慌てたが、宿の厨房を少し借り、あり合わせを箱に急いで詰めた。
ガレーラまでヤガラを乗り継ぎ休憩時間に間に合うよう走る。着いてみればカクは既にドッグの外に立っていて彼女の到着を待っていた。


「五分遅刻じゃ。」
「!だ、だってそれはカクが急に…」

「冗談じゃ。本当に作ってきてくれたんじゃな。」


くつくつ笑って、彼は小さく礼を述べる。そして、ヒスイを抱え上げると、迷わず街へと羽ばたいた。
幾度目かのダイビング。流石に悲鳴は上げなくなったが、怖いものはやはり怖くて固まってしまう。


「……カ、カクっ
あの、飛ばずに移動出来ないの…っ」
「ははっ。この方が早い。ヒスイは本当に怖がりじゃのう。」


掴まるものが何もない中、縋るのは彼の繋ぎしかない。ぎゅ、と目を閉じバスケットを抱いて彼女はカクの胸に頭を寄せた。
ヒスイの見ていない所でカクはふと優しく笑う。
捕獲対象である彼女にこんな気持ちを抱くのは間違いだと分かっているが、溢れ出す想いは止まらない。

いつか、彼女が笑って自分の腕の中に収まってくれたら……そんな叶わぬ願いさえ抱いてしまう。
こんな気持ち気付かなければ良かった、と思う。

気付かなければ…


「…カク?」


着いたよ、とヒスイの声がして腕の中から重みが消える。

日溜まりのある明るい公園。
彼女は棒立ちのカクを置いて、パタパタと弁当箱を出していた。いい匂いがふわりと広がる。
用意が出来てシートに座るが、カクの表情は変わらずぼんやりしたまま。


「…のぅ、ヒスイ。」


広げられたおかずからサンドイッチを一つ口に入れて彼は彼女を見つめる。


「もし、ワシがただの船大工でも…
お主は友達になってくれたんじゃろうか。」


思わず、言うべきでない言葉が口をついて滑り出る。
こんな所、ルッチに見つかれば大目玉だ。
サイファーポールに入って以来、任務以外に興味を抱かなかった。
抱いても結局それは捨てざるを得ない。
家族や友人と呼べる人間は、ずっと同じ機関に属するものしかいなかった。だというのに──。
まるで暗闇で光を求めるよう何故か彼女に関しては必要以上に求めてしまう。
どこか消えない哀を帯びた眼に、自らを重ね合わせているのか──。

押し黙ったカクにヒスイはゆるりとカップに注いだお茶を渡す。
その表情は穏やかで、とても嬉しそうに微笑んでいた。


「私…、カクが初めての友達だよ。」


ありがとう、と。彼女は丁寧にお辞儀をする。
そして、初めて見た時の遠い目でここではない過去を見ているようだった。
確信する。彼女にも消えない心の傷痕がある。

カクは差し出されたカップを受け取ると、それを喉に流し込む。暖かい……。まるでそれは彼女のように少し冷えた体を潤した。


「ヒスイ……」


細い肩を包み込むよう抱き寄せて、カクは柔らかい頬に顔を寄せる。ヒスイは少しくすぐったそうに身を捩ったが、そのままパンを頬張った。


「カク?早く食べないと休憩終わっちゃうよ?」


彼女の言葉。それに頷くものの、離す気にはなれなくて。カクは暫く駄々っ子のように、空を飛ぶ時と反対にヒスイに縋りついていた。
───────
2011 01 07

[ 63/110 ]

[*prev] [next#]