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ミラーレースを透して笑む(犬飼 澄晴)

犬飼がヒカルの姿を初めて見たのはランク戦のフォローに彼女が来ていた時の事だった。裏方の機器関係で作業している所を彼女は迅に呼び止められていた。


「あれ、なんか珍しい人ハッケーン!ヒカルさん、今日は此処担当なんですか?」
「こんにちは、迅さん。ええ。普段は声が掛からないんですけれど、急遽欠員が出たそうなので勉強も兼ねて。」
「そうなんだ。ま、会えてラッキー。俺、今日、解説任されてるんでちゃんと見てて下さいよ。」


無邪気に傍らで笑う迅にヒカルは少しだけ困った顔をして笑っていた。一見、何ら特色のない会話だが犬飼は迅の言動に少し違和感を覚えていた。

(ふーん。ヒカルさん……ね、)

とびきり美人の部類ではないが、落ち着いた佇まいは大体の人間なら好感から入る容姿だろう。ただ声をかける機会もなく、その時は遠目にすれ違っただけで終わった。

***

見知った容姿になったヒカルだが、二宮隊との接点は無く、月日は過ぎて行った。犬飼がはっきりと彼女を認識するようになったのは数カ月後のランク戦。再び訓練場で、荷物を持って歩いている姿を見掛けた。

ああ、あの人、見た事あるな。ぼんやりとそう思って視線が流れかけたその時。事態は急転する事になる。


「ヒカルさん!」
「あ、こんにちは、影浦くん。お久しぶりですね。」


(え。今、カゲから声掛けてたよ、な……?これはちょっとビックリ。)

迅とは違い、影浦は副作用の事もあって誰にでも声を掛ける人間ではない。しかし、その彼が自らヒカルを呼び止めて何やら世間話をしているようだった。


「此処にいるの珍しくないっすか?」
「そうですね。でも最近は他支部にも足を運ぶ機会増えてますよ。ランク戦もログ見てます。頑張ってますね。」


朗らかに話すヒカルを前に影浦は少し照れくさそうな笑顔を見せていた。犬飼は俄に震える。まさか、ボーダー内で影浦に気を許させる女性がいたとは。感情が刺さったのか、影浦の視線がすっと平静に戻り犬飼を向く。つられてほぼ同時にヒカルも犬飼の方を見た。

絡んだ視線に、ヒカルはハッとした。面識はないものの彼女は犬飼をランク戦のデータとして知っていた。そっと影浦に視線だけ送ると、明らかに機嫌が悪そうな顔をしている。
これは場所を変えた方が良さそうだ。ヒカルは犬飼に視線を戻した後、小さく会釈した。


「影浦くん、私、まだ此処詳しくなくて。良ければ○○の場所を知っていたら教えてくれませんか?」
「あ?…ああ、構わねぇけど。…それ、俺が持つ。」


彼女の持っていた荷物をさっと取り上げ、影浦は歩き出した。彼としては犬飼の視線を跳ね除けるより、断然、ヒカルとの時間が優先だった。滅多に会えない気に入っている女性が目の前で困っているのだ。助けない選択肢がある筈もなかった。

離れていく二人の背中を見て、犬飼は察する。彼女は人を見る能力が高いようだ。今も揉め事を起こさせない為にわざと影浦を使ったのだろう。隊員の中でも影浦の隣を笑顔で歩き、使える人間が果たしてどれ程いるだろうか。
犬飼はこれを機に彼女に割と興味が湧いたのだった。

***

「あー、やっちゃった!提出物一つ忘れてたし。」


先日の個人ランク戦から数日後。二宮隊の作戦会議室で、氷見がスマホを見ながら声を上げた。自然と視線が集中して氷見はあっと口を押さえる。


「大声ですいません。オペレーターの関連の事で。…とりあえずヒカルさんに連絡してみるかー」
「…それ、本部のオペレーションルームに直接持ってくの?」
「え?ああ、そうですね。ヒカルさんがそれで良いって言ったら。」
「じゃあ、それで良いなら俺、後でちょっと本部に用事あるから、任せてくれても良いよ。」
「え?」


何となく腑に落ちない顔をして氷見は犬飼をじっと見る。しかし、彼は黙って笑うだけなのでこれは問い詰めても無駄だと踏んだ彼女は通信後、資料を封筒に入れて犬飼に渡した。


「てか、犬飼先輩。ヒカルさんの事知ってるんですか?」
「うん。まあ、何となく?」


人通りの少ない廊下を歩いて、犬飼はオペレーションルームに向かう。そう言えば直接話すのは初めてだ。歳上と話すのは馴れているから、好奇心は膨らめど殆ど緊張はしなかった。


「失礼します。二宮隊の犬飼です。」


彼の声に呼応して、ヒカルがゆっくり振り返る。改めて見ると目が綺麗な女性だと思った。犬飼は気さくな笑顔を作る。今夜はもう彼女しか残っていないようで、室内は誰もいなかった。


「遅くにありがとう、犬飼さん。お話するのは初めてですね。」
「そうですね。この間はどうも。初めまして、ヒカルさん。」
「此方こそ。氷見さんに気にしないよう伝えてあげて下さいね。」


優しく微笑むヒカルに、犬飼はおや、と違和感を覚えた。彼女が影浦を前にしていた時と違う感覚。こうして正面で捉えているのに、まるで其処に居ないような。


「当直ですか?」
「ええ。後、一人いますけど今、夜食を買いに出ています。」


資料を受け取ると、ヒカルは再び椅子に座ろうと背中を向けた。自然と腰周りに目が行く。すると、ふと意外な事に彼は気付いた。


「ヒカルさんて…、細身なのに身体結構鍛えてるんですね。」
「え、」
「いや、近くで見ると案外筋肉質なのが意外で。」
「…犬飼さん。そんな事、ぱっと見で分かるんですか。」
「俺、姉が二人いるんで。あ、唐突にセクハラみたくすいません。」
「いえ。そうですか。…私も一応、訓練だけはしているので。あまり公言はしていないので、そっとしておいて貰えると嬉しいです。」
「分かりました。」


ふーん、影で努力するタイプ。成る程、カゲの好みっぽい人だな。犬飼は伏し目がちに笑う彼女を見て、率直に思った。年齢より若く見える彼女は、沢村と同じ位に見える。所作も丁寧で、女性として悪くない。このままこれで終わるには少し惜しいと感じた彼はもう少し踏み込んで見ることにした。


「ちなみにヒカルさんが練習してるポジションは?聞いちゃ駄目なヤツですか?」
「…いえ。駄目ではないですけれど。アタッカーを中心にやっています。」
「へえ。」


自分から切り込みに行くタイプには見えないけど。
見た目に似合わず、負けん気結構強いのかな。


「じゃあ今度、俺と模擬戦やりましょうよ。色んな人の攻撃パターン見とくの、勉強にもなるんで。」
「えぇっ…。いえ、あの。私、戦闘員ではないので勝手に犬飼さんとそんなお約束は出来ません。お力になれず申し訳ありませんが。」
「えー、そうなんだ。せっかくやってるなら、実戦積んだ方がいざって時役に立つと思うんですけど。」


実は忍田本部長と打ち合っています、などと正直に話す事は出来ずヒカルは苦笑を漏らした。
犬飼も正論を口にして線引きする彼女にそれ以上喰い下がる事は出来ず、残念そうに一歩下がる。当たり前の事だが、ガードが堅い。そこで気付いた。…ああ、彼女は大分類では同類だ。周りの空気を読んでそこに合わせる。だから、さっき彼女の笑顔に違和感を覚えたのだ。影浦への表情はきっと本心だったから。


「じゃあ、今日のところはこれで。気が向いたらまた相手してください。」
「ありがとう、犬飼さん。資料、ありがとうございました。」


ヒカルは帰っていく犬飼を見送った後、ほっと内心脱力する。会話は途切れない相手だが、小綺麗で押しの強めな陽キャという感じの彼は少し苦手な部類だった。


「…ふう。私もまだまだね。」


でも、彼の言葉の中で引っ掛るものがあった。ランク戦のログはよく見ているものの、上位クラスの戦い方を実体験出来るのは魅力的かもしれない。緊急性の高い場合、今の状態で果たして多少なりとも役立つのか自分では判らなかった。

(いずれにせよ、忍田本部長と要相談…かな。)

コンビニから帰ってきた同僚を笑顔で迎える。
大規模侵攻が近く迫っている事を、この時彼女はまだ知るよしも無かった。

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2022.06.25

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