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君の心臓に鎖をかけて飾りたい(ラスタル、ヴィダール)


※セブンスターズ家の令嬢。ラスタルの婚約者。
ヴィダールに関してはややネタバレあり。
↑と同じ夢主。


「この資料を急ぎ揃えてもらえるか。」
「…畏まりました。少し掛けてお待ちくださいませ。」


ヒカルの所属する事務課には主に入隊、異動、退役の手続きで訪れる者が多い。個人で役所に出す人間もいるが大体は軍に内設されているこの部署を訪れ、事務官の案内で書類を書く。
その日はピーク時から見れば時期はずれで比較的静かな一日を過ごしていた。
目の前に座った男性に顔をあげて、内心驚く。聞き覚えのある声は、戦死した知り合いのものによく似ていて、彼女は笑顔を作るのがいつもよりワンテンポ遅れてしまった。
フルフェイスのマスクをつけた男性はラスタルが最近、傍に置き始めたモビルスーツのパイロットだ。素性の知れない彼が重宝されている噂はあまり派閥等に興味のない
ヒカルの耳にも届いており、その存在だけは知っていた。

(ヴィダール…)

目の位置が分からないのは不思議な感覚だ。どこを見ているのか把握出来ないが、何だか視線が痛い気分になる。少しそわそわしながら無言で仕事をしていると、意外にも小さな笑みが前から漏れた。首を傾げる。


「……いや、すまない。急ぐには急ぐが、普通で構わない。落ち着いて処理してくれ。」
「は…はい。雑な仕事は致しません。そう映ったなら失礼を。」
「いや、私こそ上司の婚約者殿に不躾だった。」
「…私をご存知なのですね。お気になさらず、私の職務にエリオン公は無関係です。仕事とプライベートは別ですから。」


フランクに話す彼はなんというか気さくな人物で拍子抜けした気分だった。同時にそんなに分かりやすいほど焦っていたかと思うと恥ずかしい。
彼女はひとつ咳払いすると、淡々と普段通りに進めていった。

多分、慌てたのは顔が見えないだけではない。気のせいではない。彼の声はやはり似ているのだ。明るくて、いつも眩しい場所にいた、あの男の子に。いや、男の子だなんて失礼だ。記憶の中にある姿が幼い頃のものであるだけで、ここ数年でいくどか見掛けたその人は立派な青年だった。
セブンスターズ家の後継ぎとしても、モビルスーツのパイロットとしても優秀で、自分などとは違うところで生きている人間なのだと、ガラス越しに見るよう彼を見ていた。
たまに会話するだけだったが、蒼い髪を揺らし、過ぎる横顔は朧気にまだ思い出せる。


「…ガエリオさん、」


ヴィダールが去った後、ヒカルは久し振りにその名を口に出した。
カルタさんも、ガエリオさんも、大人になってからは疎遠だったけれど…。もう会えないのだと思うと、寂しさに胸が痛んだ。

数日後、ラスタルに誘われたディナーの席でヒカルは静かに食事をしていた。以前、ジュリエッタも交えて行ったカジュアルな店の方が彼女は好きだったが、毎回そうもいかない。彼は艦隊の司令官であり、自分よりもずっと大人だ。
きっとラスタルの思考に追い付く事は一生掛かっても無理なのだろう、相変わらず不釣り合いな女だと彼女は小さく息をついた。


「…先日、ヴィダールに会ったそうだな。」
「は…。ああ、はい。書類作成にいらしておりました。」
「君を誉めていたぞ。」
「…大した事は何もしておりません。」


(誉める…?何を?)

目を瞬かせて、彼女は内心首を傾げる。ヴィダールとは本当に事務的な会話しかしていない。
ラスタルの方に視線をやると、珍しく少し不機嫌そうな顔をしていて驚いた。強面だが、仕事以外でそんな風に表情を変えることは今までなかった。
弁明するべきか考えたが、何に対してかも分からない。結局、ヒカルはもやもやとした気持ちを抱えながらも気付かない振りをして食事を続けた。

アリアンロッド艦隊に正式に配属する為の書類。ヴィダールがラスタルの机にそれらを纏めて置いた時、ラスタルはふと口を開いた。


「どうだ…久し振りの再会だったんじゃないか?」
「…ああ。しかし元々、さほど親交はない。俺よりマクギリスの方が近しかった令嬢だ。だが…、そうだな。美しい女性になっていた。」


淡々とヴィダールは述べて、司令室を出ていった。ラスタルはそれを聞いて複雑な思いに駆られた。ヴィダールがそれとなく彼女を誉めたことも引っ掛かったが、自分がいない隙にマクギリスが彼女を駒に利用しないか不安が灯った。あの青年にヒカルが手を出されるような事があれば即刻こちらも動かねばならない。
ラスタルはやや間を開けて、溜め息をつく。

逆に彼女を駒にこちらからマクギリスに事を仕掛ける事も出来る。しかし、それには危険が伴い、彼女を大きく傷付ける可能性も出てくるだろう。
もう二度と、心を閉じて開かなくなる未來を考えると、彼はその手を使う気にはなれなかった。
自分よりもずっと若いが、芯の強い女性。たまに見せる笑みが何より大切で、寄り添う僅かな時間が愛しい。一人の娘に艦隊の司令官が振り回されているなど言葉だけでは何ともチープでラスタルは年甲斐もないと笑えてきた。

(――いっそ、彼女も転属させてしまうか)

肩にストールを掛けて、店を出る準備を始めるヒカルにラスタルもゆったり立ち上がる。会計を済ませて、振り返ると彼女はラスタルの傍でぼんやりと遠くを見つめていた。兎を捕まえるようにそっと彼女の肩を抱く。


「ひとつ聞いておきたいんだが。君はまだ現場に出る意思はあるのか?」
「…それはラスタル様に私を使っていただけるということですか?」
「そうだ。」
「公私混同無しなら、是非お願いしたいです。」


迷うことなく、告げた彼女にラスタルは快活に笑った。昔のヒカルを思い出す。モビルスーツのエンジニアをしていた少女は汚れていたが、表情は輝いていた。夢を追い求める顔をしていたあの頃を見つめていたのが懐かしい。

保証は出来んな、そう呟いて、ラスタルは再び彼女を促して歩き始めた。
――――――――――――
2016 12 04

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