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ドレスの裾は狩人に握られている(鉄血*ラスタル)


※セブンスターズ家の令嬢。
マグギリスらと同世代くらい。


軍事名家の末娘として生を受け、学校を卒業した後、何の疑いもなくギャラルホルンの事務官として働き始めた。昔から頭は良かったが、他の兄弟達のようにガンダム操縦の適性はなく、劣等感に苛まれながら彼女は日々を過ごしてきた。
何故、自分だけが。いわれない中傷も気にならなくなるほど耳は慣れてしまった。
社交界パーティの出席も時間の無駄とは分かりつつも体裁を保つ為の一環。まだ成人していない身では断りようもなく、彼女は華々しい世界の片隅でじっとしていた。そつなくやりこなせればいい。後、一年足らずでこの我慢も終わりだ。彼女は自分に言い聞かせた。


「やあ、今夜も実に美しいな。」
「…」


その夜は一人バルコニーで時間をもて余していると背後から聞き覚えのある声が掛かった。
溜め息をつく。振り返る気にはなれなかった。忙しい身であるのに、わざわざ顔を出しに来たのか。
職務上、あまり感情を表にしないヒカルは良い意味でも悪い意味でも態度を崩さないが、この人物に関しては別だった。


「…エリオン家のご当主がいるべき場所はこんな薄暗い隅ではございませんわ。」
「俺の居場所は自分で決める。君は違うのか?ヒカル。」
「、ファーストネームで呼ばないで下さい。…私に構わないで、エリオン卿。」


ドレスの裾を持ち上げて立ち去ろうとするが、行く手に聴こえた靴音に身体は動かなかった。
逃げ道を塞がれて、ヒカルは仕方なく男と向かい合う。切れ長の瞳が、目線を合わせようとしない少女を見つめる。半年ほど前、彼女は目の前の男に求婚された。
エリオン家の跡取りであるラスタルが、見初めた事でそれまで空気のような存在だった彼女は一気に注目を集め始めた。彼女の親はラスタルの申し出を歓迎しヒカルを飾り立てそれまで強制しなかった社交界にも出すようになった。セブンスターズ同士の婚姻は何の障害もなく、彼女の意向は尋ねられすらせず事はすらすらと進んでいった。

こんな筈ではなかった。
しかし叫んでも届かない声に彼女は無力と運のなさを悟った。家。国。軍。巨大な見えないこの牢獄から成人と共に飛び出す気でいた彼女にとって、ラスタルとの婚約話は先の道を閉ざす暗幕。何故、自分なのか。権力を広げたいだけなら他にも適した人間はいたはずなのに。
無理に化粧をして着飾った自分が彼女は嫌いだった。


「さあ、手を。もうすぐダンスの音楽が始まる。」
「結構です。私はただの軍人です。そして、あと半年したら20歳になる。漸く成人致します。そうしたら私は地球を出ていくつもりです。縁談のお話がどのように伝わっているか存じませんが私は再三お断り致しますと申し上げております。」
「…じゃじゃ馬だな、お嬢さん。だが、だから気に入ったんだ。大人しくただ隣にいる女などつまらん。」


大柄な身体は容易く距離を詰める。長い腕に背中を捕らわれ、ヒカルは抵抗を仕掛けて止めた。
光の当たる建物の中は、自分の意思だけでは動けない。理解している。腕を組み、婚約者の隣を歩くのも今は責務だ。家にいる限り、それは一生変わらない。ラスタルと結婚しても同じこと。

(そんなの…生きてるなんて言えない。)

冷たい表情のまま、流れる音楽とラスタルのリードに身を任せていると不意に耳元に唇が寄せられた。


「なあヒカル、俺は人一人存在を消すくらい造作もない。」
「…心得ております。」
「望むなら君を殺して新しい人生を与える事も可能だ。」
「そうですね。しかし、それは本当に新しい人生だと云えるでしょうか?」


初めて、今日、ヒカルはラスタルの目を真っ直ぐに見つめた。猛禽類を思わせる類いの光を放つ彼の瞳は正直嫌いではない。けれど、駄目だ。この人と一緒にいても変わらない。変われない。


「私はラスタル様のビスクドールになるつもりはございません。」


寄せられた唇に、目を閉じる。
口を開けろと舐める舌に、彼女は黙って顔を背けた。


彼女の部屋の引き出しには火星の独立運動を支援する少女の記事が、そっと、奥に仕舞われている。
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2016 11 27

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