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夢の痕3(スレイヤーズTRY*ヴァルガーヴ)


長い夢。同じ夢を何度も見ていた。
遠い、春を待ち望んでいた頃の夢。あの頃の雪は暖かく、彼女は友人と雪遊びに転がっていた。
笑い声が銀世界に響き、青い空を舞う事に焦がれていた。

黒い翼は白い世界によく映えた。
……あの子の名前は何だったろう。仲間達の躯に寄り添って彼女はぼんやり考える。異界の武器を失った今、永き役目は終わった。緩やかに消え行く命。その中で彼女は懐かしい翼の音を聴いた気がして再び意識を浮上させた。

空を覆う、巨大な闇。その中に、片羽が折れたまま飛ぶ青年を彼女は目にした。緑色の流れる髪に、彼女は目を見張る。手を、伸ばした。


「……ヴァル…」


唇が勝手に動いた。涙が溢れる。久しく感じなかった感情に彼女自身驚いた。闇を撒くもの。魔族の気配を漂わせているが、その中心にいるのは間違いなくあの時のあの子だ。ヴァル、その名前を彼女は唐突に思い出した。
弱々しい声だったが、それに呼応するよう闇の一端が静かに傍へ降りてくる。ヴァルガーヴは雪の中で横たわる彼女を掬うように拾い上げた。



「まさか…。お前、未だこの世界に残っていたのか。」


――ヒカル…

ああ、そうだ。ヒカル。それが私の名前だった。何千年も呼ばれなかった自分の名前。力なく微笑むヒカルをヴァルガーヴの手は躊躇いがちであったが、抱き締めた。
まさか同族で、この世界に残る者が。幼い頃、時間を共にした竜が残っていたとは。閉ざされたこの神殿を幾度眺めに来たか。彼女が独り、ここで朽ちていたとも知らずに。


「…安心しろ。俺が全部終わらせてやる。眠れ、ヒカル。俺の傍で。」


か弱いアストラル体を闇の中に飲み込む。その表情は穏やかで、ヴァルガーヴの腕の中で彼女は淡い光となって消えていった。
共有した時間が意識の中に流れ込む。

(ヴァル…!)

雪の中を駆けていく小さな少女。巫女として特別な力をヒカルは持っていたが、ごく普通の穏やかで無邪気な竜だった。
当時は、純粋に惹かれていた。彼がその気持ちを伝える事はなかったが、屈託のない笑顔は見ているだけで幸せな気持ちになれた。二人で春を待つのは、大切な時間だった。

しかし、雪解けは彼等に訪れなかった。
ヴァルガーヴが翼を羽ばたかせると、古代竜の神殿はその重圧で崩落していった。世界の再生を始めるならこの場所からと決めていた。
同胞達を戒めから解き放つのが、彼のたっての願いだったから。


「…ヴァル。私、黄金竜の巫女に会ったの。」
「ああ、」
「何も知らない、綺麗な娘だった。…私はあれを憎みたくはない。ヴァルにも…憎んで欲しくはないな。 」


消え行く最期まで彼女は他人事ばかりに気取られていた。ヴァルガーヴは何も答えなかったが、唇を寄せた。
追ってきたリナ達の気配を感じてヴァルガーヴは視線を移す。現れたフィリアの姿に、彼は無言で目を細めた。ヒカルが慈しんだ、竜族の娘。

きっとヒカルはこんなやり方を望まなかったろう。
ヴァルガーヴは溜め息を漏らす。しかし、もう引く事は出来ない。世界の浄化へ闇を撒くものは既に動き出している。


「…困ったお嬢さんだな。」


お前がそんな泣きそうな顔で、一人罪の意識に苛まれたところで俺が救われる事なんてあり得ないのに。


俺が望むもの。
神も魔もない、支配のない、清浄な世界。

しかし、本当に望んだものは…、
欲しかったのは。

涙が光の中に一粒落ちた。
―――――――――――
2015 03 30

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