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宝石箱の鍵は刺さったまま7


恐ろしくてフードを両手で押さえながらヒカルは外への自動ドアをくぐった。
初めて自分の目で見たクロロは真っ暗のコートを羽織り冷ややかな雰囲気を醸し出す美丈夫だった。周りの雑音は耳に入ってこない。唇は震えて、うまく閉じられなかった。


「ヒカル。」


耳に響いた彼の声に全身が恐怖に強張った。

見つけ出すのは容易かった。当然だ。蜘蛛と繋がりはあってもヒカルは一般人と何ら変わりはい。
あえて俗世間から隔離してきた為、うまく隠れる術を彼女は知りはしなかった。クロロは大人しく自分の前に立ったヒカルの顎をそっと捉え上を向かせた。


「…見ないで。見ないで、下さい…嫌ッ」


涙を流し、俄に取り乱す彼女のフードをあっさり外す。現れたのは何ら変わらぬ美しい顔に…濡れた赤い瞳。どうしてそんな絶望に満ちた顔をしているのか。嗜虐心に火が点きそうになるのを我慢してクロロは再び顔を隠させると、震える彼女の肩を抱いた。


「…一先ず落ち着ける場所に行かないか。どうして此処にいるのか、聞かせてもらう。」


努めて穏やかにクロロは彼女に語りかける。記憶が戻った線が濃厚かと思われたが、しかし、怯えて泣きじゃくるヒカルは肩に触れるクロロの手を握りしめてくる。

(―――違うな。…)

記憶は戻っていない。クロロは近くのカフェに誘いながら、携帯を取り出してメールを送った。
穏便に事実を確かめる方法はある。彼は小さな背中を撫でながら逃げられないよう、彼女の足回りを念で固めた。

何も聞いてこないクロロにヒカルは違和感を覚えた。落ち着いた照明のカフェの奥の席に二人は静かに腰を降ろす。恐る恐る取り出す手鏡。硝子に映った瞳は真っ赤で彼女は驚きに息を呑んだ。
喉がひきつる。フードを外そうとするとやんわりとクロロに制され、ヒカルは大人しく手をテーブルに置いた。
フロアスタッフが珈琲を二つ運んでくる。湯気立つそれをただ見つめていると、目の前の彼が仄かに笑う気配がした。


「…飲めよ。少しは落ち着くだろう?」


促されるまま、ヒカルはカップに口を付ける。少しだけ落ち着く呼吸。…大丈夫、何が原因かは分からないが目は元に戻っている。
だが、しかしどう話すべきなのか。彼女は大いに迷っていた。


「―――早かったですね。」


低音の、女性の声に顔を上げる。パクノダ…、そう呟く前に長身の彼女はヒカルの隣に座った。
パクノダはヒカルの手に触れてクロロにちらりと視線を投げる。クロロは優雅に寛いでいたが、やがてカップを置くとヒカルに視線を戻した。


「ヒカル、二つ質問する。正直に答えろ。」
「…はい」
「何故、許可なく俺の与えた部屋を出た。」
「…」
「二つ目。記憶は戻っているのか。」
「…いえ。」


クロロの黒い目がパクノダを見やる。パクノダは少し黙っていたが、ヒカルから手を離すと長い足を組み替えた。


「大丈夫です。問題はないかと。…ヒカル、正直にあった事を団長に話しなさい。そのまま伝えて構わないから。」


彼女の言葉にヒカルは驚いて顔を上げた。『そのまま』パクノダは確かにそう言った。困惑するヒカルを他所にパクノダの視線は涼しげで、ウェイターに同じものを注文した。


「あたしの能力は対象者に触れる事で記憶を引き出す。誤魔化しも嘘もきかないわ。」
「、ッ」
「あたしから団長に伝える事は簡単よ。でも、あんたの口から言う方がいいんじゃないかしら。」
「…分かり、ました」


極度の緊張でヒカルは青ざめた顔をしていた。しかし、もう隠したままには出来ない。彼女は意を決して顔を上げてクロロを見つめた。

***

「……なんだ、そんな事か。視力が戻ったなら良かったじゃないか。」


視界が開け、瞳が一時的に碧に戻った事を話すとクロロは拍子抜けしたように息をついた。
ヒカルが俯くと、クロロは顔を上げろと命令する。フードから覗く血色の目。彼はそれを見つめながら静かに話を切り出した。


「だがヒカル、勝手を赦すのはこれきりだ。お前は俺のものだ。今後、許可なく俺の与えた空間から離れる事は死を意味すると心得ておけ。」
「はい…」
「この件についてはまた仕事が終わってから話をしよう。…さて、そろそろ戻るか。」


素直に彼の言葉に頷くと、漸くクロロは柔らかい表情を彼女に向けた。
店を出て、外で売られている傘を買おうとするとクロロがヒカルを引き寄せる。貴方の肩が濡れてしまう、そう告げるが彼は聞く耳持たずでヒカルはパクノダに視線をやるが彼女は穏やかに苦笑を漏らすだけだった。


「お宝の方が大事だ。」


そう言って肩を抱く手に力を込めたクロロに、ヒカルはそれ以上進言する事が出来なかった。


嬉しかった、けれど。
彼は蒼い眼でもいいとは、言ってくれなかった。
―――――――――――――
2014 05 06

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