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兄弟達の真実_後(キャスパー)


「■■■の事だけど。あの墓石の。あれはフロイドさんの従兄弟だった人物の名だよ。」
「!ヘクマティアルさんの…」
「僕が東南アジアを手掛ける前は、彼が取り仕切っていた。亡くなったのは…7〜8年くらい前かな。」


キャスパーが予約していたホテルに戻ってからの食事の席で、彼は静かに切り出した。ワインを持つ手が妙に艶めかしく、ドレスアップさせられたヒカルは落ち着かずストールの裾を握り締めて話を聞く。
まるで恋人同士の食事の席のようで、そう見えないように彼女は努めて固い雰囲気を保とうとしていた。


「確かめたいなら、フロイドさんに連絡するけど。」
「…いいえ。例えその方が父でももうお会い出来ないなら必要ありません。…迷惑でないなら、私の父はフロイドさんです。」


キャスパーはその言葉にそう、とだけ無表情に答えた。不機嫌そうに見えるが、それほど知り得ない義兄の心情を彼女が推し量ることは出来ない。
妙な気まずさにアルコールに手を伸ばしたくなるが、明日の仕事を考えると出来なかった。
酒に強くないことは自覚している。少し視線を落として彼女は食事に集中することにした。


「…僕はね、フロイドさんが父だけどあの人に愛着はない。白状するとココにも…多分、あまり無いんだ。」
「えっ…」
「フフーフ、意外かい?しかし君はどうだ?戸籍上は家族になって暫く経つけど僕たちの事、どう思ってるんだい?」


青い眼に射抜かれる。どう、と言われても返答に適した言葉が見付からなかった。感謝しているが、兄や姉だと正直、思ったことはない。だって、一緒に暮らす事もなければ、日常的な会話もない。
見た目だけ。血だけが繋がりを示す、唯一の絆。だった筈が、実際彼等ともそれほど近い人間ではなかったようだ。
フロイド・ヘクマティアルと彼の従兄弟の関係性について知るよしもないが、自分はフロイド氏の本当の子供ではないのだろう。結局、独り。振り出しに戻っただけと思えば少し時間を掛ければ割り切れそうだった。


「…私は。私の家族はやっぱりお母さんです。キャスパーさんやココさんには勿論、感謝してますし大切な人ですが。」
「そう。なら、良かった。」


彼女の答に満足したのかキャスパーはにっこり笑うと、口許を拭いてフォークを置いた。まじまじと見つめてくる彼の目は、今日は何処かおかしい。
緊張でそれ以上、手が進まず彼女も食事を終えるとキャスパーはスタッフを読んで会計を済ませた。


「…明日、空港に行く前に送るから今日は此処に泊まっていくよ。」
「え、…でも。私…は」
「もう部屋はとってある。」


ぎくり、と肩が震える。低い声には有無を言わせない強さがあって、彼女は送ってほしいとは言えなかった。手を差し出されて慌てて立ち上がる。
ヒカルは俯いたまま、キャスパーに連れられてエレベーターに乗り込んだ。

無言で硝子張りの外を見つめる。街の明かりが遠く、霞むような雑踏が恋しくて。彼女は今すぐこの空間から逃げ出したい衝動に駆られた。
自分の肩を掴む。怖くて、怖くて、でも泣くことも出来ない。そっとすがるようにガラス越しに手を添えると、後ろからその手を一回り大きな掌が包み込んだ。
驚いて顔を上げた瞬間、夜景の中に映り込むキャスパーと目が合う。情欲が滲むようなその顔に彼女は慌てて離れようと身をよじるが空いた方の腕に後ろから腰を抱き込まれ完全に身体は恐怖で硬直してしまった。


「…。気付いていただろう、本当は前から。」
「や、や…めて、下さい…。キャスパー…義兄さん。」
「こんな時だけ、そうやって僕を呼ぶのかい?…今まで一度も口にしなかった癖に。

無駄だよ…ヒカル。」


首筋に触れる唇に、体が竦む。離れていく体温と、エレベーターが停まる感覚に彼女は小さく息を吐いた。
外へ出ると、ルームキーが手渡されて意地悪く笑うキャスパーと目が合う。彼の手には別のキーが握られており、同室だと思った自分の決めつけにヒカルは死んでしまいたくなった。
首から上に一気に熱が集まる。


「ハハッ…からかって悪かった。でも信用ないんだなあ。いくら僕でもいきなり襲ったりしないよ。…でも今日は思わぬ幸運だった。君が親しい血縁者でない事実は夢のようだ。」
「キャスパーさん…」
「お休み、ヒカル。君は僕のものだ。まあ最初からそうだったんだけど。」


真っ赤になった彼女の頬に軽くキスをして、キャスパーはひらりと身を返す。近くにいる筈なのに視界に入らないチェキータの事も気になって彼女は言葉を返せなかった。父は違ってもキャスパーが義兄であることに変わりはない。
本気でも遊びにでも彼の言葉に彼女は戸惑うことしか出来なかった。特別な義兄と平凡な自分。どう見ても釣り合わない。考えられなかった。

――嘘でももっと前から兄として見る努力をしていれば良かったのだろうか。
ヒカルは部屋に入ると、ドレスを脱ぎ捨ててすぐに浴室へ向かった。
肌に残るキャスパーの感触から逃げるよう、彼女は暫く頭からシャワーをじっと浴び続ける。

女として愛情を向けられても、彼女は少しも嬉しくなかった。

熱い涙が溢れる。
無意識にどこかで家族だと思っていた『兄』
それを失いたくないと思う気持ちに今になって彼女は気づいた。
――――――――
2015 03 21

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