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→ショーケースには手を触れぬよう(キャスパー、東條)


たまの休日は与えられている部屋の片付けをして、少しだけ屋内を散歩して。外へ出るには護衛をつけなくてはならない億劫さに出掛ける気にもなれず、ヒカルは淡々と過ごしていた。
生活させてもらっている手前、我が儘は言えない。
たまに持ってきていた昔のアルバムを取り出して眺める。

平凡な日常は遠い昔の夢のよう。太陽の下で笑う顔を眺めて彼女はファイルをそっと閉じた。
ふと携帯に目を移すと、着信を告げる光が灯っている。慌てて確認してみると、ディスプレイに表示されていたのは日本人の名前だった。


『東條さん』


彼は義姉であるココ・ヘクマティアルの私兵であり、彼女の持つ部隊の中では唯一同じ国籍だ。以前、南の島で対面した時、日本語で会話出来た事は驚く程彼女の心を安心させた。
更に、専門とする分野に共通性があった為、ヒカルはそれ以来、時々メールでやり取りをするようになっていた。まるで兄のような、勝手な親近感を彼に内心抱いているのは秘密。
実質的な経済面、生活面で面倒を見てくれているのは、義理の兄に当たるキャスパーだ。しかし、彼に他愛ない会話を持ち掛ける事などは気が引けて、自分から連絡を取った事など皆無だった。

(東條さん…、日本支部には来ないのかな。)

彼女は携帯を見つめて溜め息をついた。

ヒカルの携帯のメール回数が多くなっていた事に気付き、何となく送信先を確認したのが事の発端だった。
キャスパーは愕然として、履歴を見つめる。海外とやり取りしている個人回線の殆どは一人の人物。これが、妹のココだったならまだ目を瞑れたが相手は彼の元部下である男だった。
間違ってもヒカルは彼の好みではない…筈だ。ともすれば何の用件があって二人は連絡を取り合っているのか。直ぐ様、確認したい衝動に駆られたが理性がそれを押し留めた。


「キャスパー?顔がひきつってるわよ。」
「…嫌だなあ、チェキータさん。そんな事ないですよ。」


…こうしては居られない。暫く日本へ足を運んでいないから、会いに行かなくては。しかしどうする?直接的に聞いた処で怯えさせるだけなのは決まりきっている。キャスパーはイライラとした気持ちを吐き出すように息をつくと、ノートパソコンを静かに閉じた。

***

「ヒカル、ここには慣れたかい?」


忙しい合間を縫って出向き、連れていった食事の場で口をついたのはそんな台詞だった。我ながら情けない。ヒカルは不思議そうに瞬きした後、苦笑を浮かべて首を縦に振った。


「…はい。周りの方はよくしてくれます。」
「そう。…何か変わった事はないかい?たまにしか顔を見られないから君の事はいろいろと聞いておきたいんだが。」
「大丈夫です。必要なものは揃えて頂いてますし、不便はありません。…気にしていただいてすみません。」


違う。謝罪なんて必要ない。申し訳なさそうに僅に微笑むヒカルを見て、キャスパーは小さく溜め息をついた。どうしたら、東條秋彦との関係を彼女は口にするだろうか。上質なステーキを頬張りながら目を細める。
手を伸ばして黒い髪に触れてみる。彼女は驚いた顔をしたが、抵抗はなかった。同じ色でも彼女の目の色は柔らかい青。裏の世界に落ちてきても普通の少女と変わらない無垢な目は彼を惹き付けてやまない。


「…いっそ、アジア支部に移してしまおうか。」
「え?」
「いや…、何でもないよ。」


口に含んだ珈琲は、いつもより薄い味に感じた。

***

『トージョ。最近、僕の義妹と随分仲良くしてもらっているみたいだけど何か理由でもあるのかい?』
「何だよ、キャスパー。そっちのお嬢にはプライベートないのか?」


いや、当たり前か?と、見た目に反して、軽く笑い飛ばす東條にキャスパーは内心、苛立ちを募らせる。そう、真面目そうに見えて実際東條はごく普通の女好きだ。まさかヒカルに手を出すとは考えにくいがキャスパーは努めて冷静に釘をさしておいた。


『お前がココのものであるように、あれは僕の所有物だ。立場を履き違えてくれるなよ、トージョ。』
「…分かった、肝に命じておくよ。これからは怖いお義兄様に許可をもらってからヒカル嬢には連絡をするよう伝えてくれ。」
『…。』


無言で途切れた回線に東條は堪らず苦笑する。話には聞いていたが、予想以上にキャスパーは彼女に終着しているようだ。彼自身ヒカルに対して恋愛感情は皆無であり不都合なら連絡を取り止めても良いのだが、あのキャスパーを振り回している少女との繋がりは何とも捨てがたい魅力があった。

だからといって、不要な面倒ごとはごめんだが。


「ったく。俺はロリコンオヤジじゃねーっての。」


牽制しとくならルツかヨナ辺りだろ。とんだとばっちりを喰らった東條は悪態をつきながらも楽しげで、携帯をベッドへ放り投げた。
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2015 03 11

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