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ほんの少し(レイブン)


終戦してから幾度目かの冬。
帝国の街はイベントを前にきらびやかに彩られ、以前よりもずっと近代的な建物が増えた。

かつては主に軍用兵器として扱われていたゾイドだが、今ではバトルスタジアムに登場し、人々を楽しませる娯楽として活躍している。変わっていく。少しずつ。そして、積み重なり徐々に大きく。ヒカルは一人アパートに帰ってきて、ポストを開けた。


「………そうか、結婚したんだよね。」


入っていた葉書を見て、微笑む。学校を卒業して、後に共和国へ移り住んだ蒼い髪の少女。幸せそうに写る白いドレス姿に、彼女も温かな気持ちになった。
一人で部屋への階段を登りながら、冷えた空気を少しだけ恨めしく思う。私も前に進めているだろうか。立ち止まったままではないだろうか。慌ただしく仕事をしていると何も感じないが、ふと時間が空いた時、漠然とした未来が怖くなる。

夜の街の片隅で、自分だけが取り残されているような。真っ暗な部屋の鍵を開け、明かりをつける。周りも確認せず真っ直ぐソファにダイブして、ヒカルは溜め息と共に目を閉じた。


「平和ボケしたもんだな。」
「…!」


耳に響いた声に、咄嗟に身体を起こす。
鍵は間違いなく閉めたし、閉まっていた。ともすれば、元から室内にいたのか。護身用の銃を素早く取り出すが、顔を確認して直ぐに脱力した。

……そうだ。こんな盗るものもないアパートに強盗が来る可能性は低い。露出の高い服を好んで身に付ける趣味もなく、元軍人である自分が女として狙われる可能性も低かった。
この部屋の鍵を持っているのは自立するまで養っていたリーゼと、あと一人。


「……来たなら電気くらいつけててよ、レイブン。貴方、今、忙しい時期なんじゃないの?」
「まあな。」


端的に呟いた声は低く、淡々としていた。
彼はバトルスタジアムが開かれるようになってから、素性を臥せてパイロットとして活躍している。
それが功を奏したのか、ミステリアスだと人気を呼び、かつては帝国の悪魔と呼ばれた彼は今、英雄になっていた。

彼も変わっている。良い方向に。


「何で今日、帰ってくるって分かったの。」
「お前のクライアントに直接、聞いた。」
「ちょ……、何をまた勝手に、」

「勝手だと?もう半年も顔を見てなかった。」


不満そうな横顔を見ると、まだ子供な所も残っているなと思う。彼は成人してから癇癪を起こすことが無くなりぐっと落ち着いた。もう彼も一人立ちした立派な男性だ。
距離の保ち方も安心してお互い弁えているくらいに。
彼女はやんわり苦笑を漏らした。


「ごめん。仕事してたらあっという間で。私は貴方をテレビなんかでよく見るから。」
「だから俺の機体だけ整備していればいいと言ってるだろう。」
「そうね。考えておくわ。」


生返事に眉間にシワを寄せたレイブンを見てヒカルは笑った。
懐かしく思う。あの頃。少年だった彼のゾイドを整備していた頃はまだ自分も若く、戦火の中ではあったが命を燃やして生きていた。

平和を望み、それが叶い、歩いてきたこの数年。
平凡で幸せな日々ではあったと思う。
そして、私はこの先ーーー。


「……その顔、嫌いだな。」
「え?」
「あんたは暫く会わないと本当に何処かへ消えてしまいそうだから。」


髪を掬って、頬にレイブンの指先が触れた。
どきりとするよりも、この子はまだ私に好意を持ってくれているんだなと感心してしまう。幾度、断ったろう。幼いあの頃から、彼の瞳は変わらないけれど、幸せになって欲しくて。その相手は自分ではない気がしていた。


「……私は消えたりしないよ。ずっと留まる事もしないだろうけど。」
「じゃあ、俺は追い続けてあんたより少しだけ後から死ぬ。」


硬直した。出会った頃の養父の顔がフラッシュバックした。
誰かから、何か聞いたのだろうか。偶然?心の奥の、一番、蓋をして過ごしてきた部分を触れられて彼女は震えた。


「俺を幸せに出来るのはあんただけだ。あんたを追い掛け続けられるのも俺だけだ。」


顔を両手で挟まれる。
近付いてくる眼差しは優しく、熱を帯びていて。
ヒカルは動揺を隠せず顔を真っ赤にしてしまった。

まずい、と本能的に思う。
いつもなら上手く交わせるのに、受け入れてしまいたいと思うなんて。


「レ、…」


狼狽えた彼女を見逃す筈もなく、レイブンはそっと唇を重ねた。


「そろそろあんたを俺にくれ。」


誰のものにもなる気がないなら。
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2019.12.20

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