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硝子の靴の魔法(シュバルツ弟、レイブン)


※GF後、和平済。


「た…頼む!ヒカル!お前が人見知りなのも人混みが好きじゃないのもはわかっているんだが、他に頼める女子がいないんだ。」
「………フィーネさんが来るの?その晩餐会。」


相談がある。そう言われてディバイソンの整備の合間に出た世間話はトーマの恋愛話から始まった。
近々催される帝国での晩餐会に共和国からもガーディアンフォースが招待され、トーマの想い人である古代ゾイド人の女の子も来るらしい、
入場は男女ペア。困り果てた彼の様子にヒカルは心良く頷いた。


「分かった。でも私、正装なんてあんまりしたことないからちゃんとリードしてね。」
「ああ!じゃあ当日の店は俺が予約する。付き合ってもらうからな。」
「ありがとう。あ、でもお金はリーズナブルなところをお願いね!」
「俺が無理に誘ってるんだ。それくらい」
「だーめ!それとこれは別。」


兄であるカールのような注目を浴びる事はないが、トーマもシュバルツ家の御曹司だ。公式な場で恥をかかせるような事があってはいけない。
当日、着せ替え人形のようにメイクアップを施されながら彼女は不安な感情を心の奥に秘めていた。
本当は気が重い。自分は何の肩書きも持たないし、ダンスだってした事がない。
まあ始まればどこか目立たぬよう、紛れてしまえればいいのだが。髪をアップに整えられたところで、部屋の扉がノックされた。


「ヒカル、どんな感じだ?」
「うん、入っても大丈夫よ。」


現れたトーマが面白いくらい固まったのに、ヒカルは所在なさげに苦笑した。普段そう化粧もしない為、自分で見ても別人のようだが…そう露骨に反応されると、こちらまで必要以上に気恥ずかしくなる。き、綺麗だ…。かちこちで笑ったトーマに彼女も少し照れながらありがとう、と返した。

会場へ着くと思った以上にごった返しており、彼女は少し安心した。これだけ混雑していればトーマと腕を組んでも目立たない。
そっとトーマの腕に手を触れると、彼は赤い顔のままぎこちなく彼女をリードして歩き始めた。大広間に入ると、共和国のガーディアンフォース、バン・フライハイトが既に多くの人間に囲まれていた。無理もない。彼は国を越えた、星の英雄だ。
その隣で微笑みながら寄り添うのはトーマが思いを寄せているフィーネ。ヒカルは静かにトーマの腕から手を離すと、彼の背中を押した。

行ってらっしゃい、そう告げると彼女はさっと人波へ消える。恋する気持ちはどんなだろう。歩きながら彼女はぼんやり考える。ヒカルは既に家族がいない。育ててくれた養父も。失う事が怖くて、肩書きもなくて、進んで人を愛せなかった。
だからフィーネを見て、目を輝かせるトーマが密かに羨ましかった。彼は今、きっととても素敵な気分なのだろうと。


「…どうした、一人じゃないか。」
「!」


ブーツの音がして振り返ると、そこには軍服姿のカールが佇んでいた。どうやら彼は今回裏方にまわったようだ。
彼女はやんわり微笑むと、ドレスの裾を少し持ち上げて丁寧にお辞儀をして見せた。


「こんにちは、シュバルツ大佐。大佐は今日は招待客ではないのですね。」
「特別、私が出席を求められるものでもなかったのでな。だが、誘った女性を一人放り出す愚弟に君を任せるくらいなら私がエスコートした方が良かったようだ。」
「…はは、やだな。トーマはそんなんじゃないですよ。共和国のお友達と今、広間で話してると思います。」


肩を竦めて、ヒカルは身を翻す。
カールはその横顔をこっそり眺めた。元より整った顔立ちをしているのは知っていたが、今日の体のラインに沿った衣装は彼女をより女らしく魅せている。
白い肩を抱く資格があるのは今、トーマであるのに、彼は彼女の隣にはいない。何をしているか察しはつくが、馬鹿な弟だとカールは再度ため息をついた。


「だったらボクがパートナーでも問題はないわけだ。」


がっ、と体を引き寄せられてヒカルは躓きそうになりながらも何とか踏ん張る。
嫌なタイミングで会ってしまった。彼女は内心そう思いながらも密着した彼の身体をそっと押し返した。


「…レイブン。人がいますから。」
「なんだ、居なければ問題ないのか?」
「、そういう意味じゃなくて!」
「レイブン、目上の女性に失礼だぞ。」
「大佐、仕事中の人間に小言なんて言われたくないね。ヒカル、ボクがエスコートしてやる。来い。」


彼が強引で自分勝手なのはいつもの事だ。止めに入ろうとしたシュバルツを制して、彼女はゆっくり歩き始めた。相変わらず高圧的な態度を取るが、以前よりずっと性格は丸くなっている。それを知るものは少ないが。
肩を抱く腕が優しい力加減に変わっているのにも彼女はちゃんと気付いていた。
広間に戻りバイキングの前まで来ると、彼女が取り分けた皿を彼は大人しく受け取る。黙って口に運ぶ姿に微笑んでヒカルも自分の食事を裝い始めた。


「…ヒカル。迷惑だと思っているか?」
「いいえ。そんな事ない。ありがとう、レイブン。」
「…」


本心だった。分かっている。彼も気に掛けてくれたんだろう。ただ、レイブンはあまりにストレートに好意を伝えてくる為、それを素直に受け入れてしまうと後ろめたい気持ちになった。
自分はトーマのように、あんなに真っ直ぐ人を愛せないのに。もう、きっと愛せないのに。


「…ねえ、でも。そんなに心配しなくても私は大丈夫よ。」
「解ってるさ。ただ僕があんたを捕まえておきたいんだ。」
「、…」
「嫌じゃないなら逃がすつもりはない。あんたがずるいのも、それが意図的じゃないのも僕は知ってる。」


真っ直ぐに見つめてくる青年にヒカルはぐっと息を呑む。出会った頃の少年はもうどこにもいなくて、その面影だけを残した大人の男性が彼女の頬をそっと撫でた。


「僕はあんたが僕のものになってくれるまでいくらでも待てる。」


ああ、やめて。貴方こそずるい。
彼女が熱を持つ頬に顔を逸らすと、珍しくレイブンが小さく笑った。


「…随分、ヒカルには振り回されたんだ。これからはたまにはそうやって僕に振り回されてくれ。」


心臓が痛くなって、ワルツの音楽がとても遠くに聞こえた気がした。

さあ、今夜はそのままボクと踊って。

――――――――――――
2014 09 20

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