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38Last Dance


バイクのスキール音が真っ暗な街道に大きく響く。
最早、誰も通らなくなった車道脇にヒスイリアはフェンリルを停めると静かに歩き始めた。

……ここへ戻ってくるのは何か月ぶりだろう。
辺りをざっと見回す。数ヵ月前まで毎日行き交っていた、弐番街の街道。幸いにも此所はウェポンによる被害が少なかったのか、明かりが消えている以外は以前との違いはそう見受けられなかった。
魔晄エネルギーの供給が落とされて光の消えた街はこれまでが嘘のように底冷えしていた。
白い息を吐きながら、ヒスイリアは細い路地を迷路のように縫って歩く。数分後、高層ビルの合間に隠れるようにひっそりと建つ小さなマンションが視線の先に見えてきた。
ほんの数年、身を置いていただけの場所だがそれでもやはり懐かしい。
真っ暗なエントランスを横切り階段を昇る。そうして、自室のある階まで来た時――――ふと、扉の近くに黒い影が佇んでいる事に気がついた。

闇の中、朧げな黒いシルエット。
顔までは見えない。
だが、それが誰であるか…該当する人物が彼女の脳裏には既に弾き出されていた。

――ドク、ン…
心臓の鼓動が、主張を増す。
無意識に足がその場で止まり、先へ動こうとしなかった。


「…………どうした?用があるから戻ってきたんじゃねーのか?」


声が聴こえるのと同時に、ふわりと白い息が瞳に映る。ヒスイリアはそこで初めて自分が今、完全に固まってしまっている事に気が付いた。
一呼吸置いて、ぎこちなくブーツの音が再開する。
やがて男の目の前まで来て、ヒスイリアはその歩みを止めた。


「………どうしてここに……?」


彼女の物とはまた違う翠の目が困惑した顔を見て細まる。青白い月光が静かに彼の姿を照らし上げ、その顔をヒスイリアの前に露わにした。


「俺様の勘を見くびるなよ、と。」


言って、男は困惑した表情の彼女を鼻で笑い飛ばすと右手を伸ばしてきた。頬に触れる、懐かしい感触。
しかし、その指先は氷のように冷えきっていた。

……何が、勘だ。
普段は熱い位の掌をしている癖に。
何時間前から。いつからこんな寂しい場所で一人待っていたのか。


「………相変わらず馬鹿ね、レノ。」
「ククッ、何とでも言え。」


実際、来たんだ。
俺の勝ちだろ?

不敵に笑うその様。
それが無性に愛しくて…懐かしくて、ヒスイリアも思わずそれに固い表情を緩ませた。

***

「……ったく…、よく見たら傷だらけじゃない。」


仕舞ってあった薬箱を取り出し新品の消毒液を開けながらヒスイリアは溜め息をついた。
電気もガスも止まっている為、部屋の明りは月明かりのみ。だが時間が少し経てばそれも気にならない程、目が慣れた。
目前の男の顔に浮かぶ打撲と擦り傷の痕。恐らく、クラウド達と戦って出来たものだろう。
少し汚れたスーツも戦闘の後である事を暗に物語っていた。
話しかければ普段なら返ってくるはずの軽口はなく、レノは彼女を黙って見据えていた。視線には怒りも、喜びもない。何を考えているのか分からない。やがて大体の処置を終えると彼女は居心地悪く俯いた。


「…何?私の顔に何かついてる?」
「………ああ、悪ぃ。ツォンさんには聞いたが……本当に生きてたんだなと思って、な。手合わせしても、顔を見るまでは信じられなかった。」
「……。」


感慨深く漏れた声に、何か返すべきか。だが、良い言葉が浮かばず彼女は沈黙した。
ヒスイリアは静かに救急箱を片付けると、彼の隣に腰を降ろし、一呼吸置いて口を開く。


「……どうして避難せずにここへ来たの。神羅はもう終わりでしょう?」
「ああ。社長も動けない怪我してるし…当分、何も出来ないだろうな、と。」
「なら…、!」


発しかけた言葉が、不意に唇を塞がれ遮られる。
深くも浅くもない口付け。彼女が言葉を紡ごうとするのを止めると、レノはすぐに唇を離した。


「……いきなり何すんのよ。」
「クッ……クックッ…。あー…初めからこーしてりゃ良かったんだよなぁ。」
「は…?」
「別にいきなりじゃないぞ、と。ただ、お前の事はいつも頭で考え過ぎてた。……ザックスの事もあったしな。」
「……、レノ……―――」


咄嗟に身を起こそうとしたヒスイリアを押さえこんで、レノはまた彼女に啄ばむ様口付けを落とす。
少し翳りを見せた瞳に安心させるよう微笑み、彼は暗闇に浮かぶ彼女の白い髪をそっと梳いた。
短く切り揃えられた細い髪。
それだけ見ると、まるで5年前に戻ったかのようだった。


「…好きだ。だから一番に助けてやりたかったし、お前の側に居たかった。」


数年越しの…まるでままごとのような恋。こんな簡単な事を言うのに随分遠回りしてしまった。レノは自身で口にした言葉に、喉の奥で笑う。

全く…馬鹿な話だ。
やっとの思いで、言えたのに。
言いたくて堪らなかった言葉だったのに―――。

女に甘い言葉を囁いてこれほど怖いと感じた事が今まであったろうか。額を合わせレノは静かに目を閉じた。
ヒスイリアは言葉なく、じっとレノを見つめる。
好きだというにはその表情はあまりに苦しげで。
好意を示すはずの言葉であるのに…まるで自分に懺悔しているようで。黙って彼の顔を暫く見つめた後、彼女は困ったように溜め息を漏らした。


「………そんな顔されたらどうしていいか分からないわ…」


赤子をあやす様に彼女はレノの頭をそっと撫でる。


「……ありがとう…レノ。貴方は私を信じてくれた。ジェノバ細胞に侵されておかしくなっていた私を見捨てないでいてくれた。もう充分よ。」


レノの首に自身の腕を巻きつけてヒスイリアは囁く。大空洞でレノを見た時から、…いや、本当はもうずっと前から分かっていたのかもしれない。
ただ、……これまでの関係があまりに心地よくて。
気付いてからも…このまま、何も気付かない振りをしたまま一緒に居たかった。
心を赦してもずっと一緒に居られる安寧など考えられなかったから。


「だから、お願い…もうこれ以上、過去に囚われないで。私はそんな事望んでない。ザックスの事で貴方が私に懺悔するのなんか望まない。レノ、貴方はタークスなんだから。」


タークスとしての誇りを持って、ずっと生きてきたんだから。そっとレノの身体を押し戻し、ヒスイリアは徐に立ち上がった。
彼女は小さな鍵を取り出して壁際のクローゼットへ足を向ける。レノがそれに訝しげな視線を向ける中、ヒスイリアは扉を開けると中にある隠し金庫へ視線を落とした。
物の少ない彼女の部屋で、唯一厳重に管理された電子ロックのかかった金庫。ヒスイリアがそれを無言で解除すると、少し埃のかかった蓋を開けた。


「私も…もう一度だけソルジャーに戻る。」


口端を持ち上げて彼女は静かに語りかける。両の掌に手にした柄から伸びる、透明な細い刀身。
彼女がそれを自身の目の前で合わせると、一陣の風が室内に巻き起こった。
穏やかだった瞳に、戦いの時に見せる炎が宿る。


「……風龍(フォンロン)…。ここに仕舞って在ったのか…………」


レノが驚いたように呟くと、ヒスイリアの目が頷くよう薄く細まった。


「懐かしいでしょう?セフィロスと出た初ミッションで私が得た竜の牙。5年前のあの日が来るまで…私の全てを注いだ、私の矛――――。」


一振りして鞘に仕舞うと腰のベルトに固定する。固定する金属音だけが少しの間部屋に響いた後、決意を込めた声がレノに向かって発せられた。


「明日、クラウド達と一緒に大空洞へ発つ。そして――――私達はセフィロスを討つわ。」
「、お前……っ…――――!」


レノは思わず立ち上がる。だが、ヒスイリアの方へ近寄る前に彼女が黒いアンダーシャツをたくし上げた事で彼の足は見事に止まった。彼女の真剣な眼とレノの視線がまともにぶつかる。
唐突に、目の前に晒されたヒスイリアの身体。
その光景にレノは頭が真っ白になった。
言いかけた言葉が何も喉を通らない。
瞳に映る彼女の身体を侵す異変が俄かには信じられなくて。

……信じたくなくて。
呆然としたままのレノを見据え、彼女は無表情のまま口を開いた。


「………私も奇跡みたいに星の深部から世界に還ってきたわけじゃない。もう、時間がない。星も、私も。そして……あの人も。」


静かにシャツを元に戻して、ヒスイリアは眼を伏せた。


「………ごめんね、レノ。私は、もう一度レノに会えて良かったと思ってる。本心よ。感謝してもしきれない………

けど……、アンタは……――――」
「言うな。」


謝る唇を塞ぐ様に、レノはその腕に彼女を抱き寄せる。
温かみの戻ってきた彼にヒスイリアは身を委ねると、その身体を抱き返す事で応えた。
影が一つに重なり、ゆっくりと柔らかい寝台に沈む。

(ずっとこのまま居られたらいいのに――――――。)

肌に触れ、そこに居る事を確かめるようレノは掌を滑らせながら、彼はふといつか彼女の言っていた
言葉を思い出した。

あの時からヒスイリアは分かっていたのだ。
目頭が熱くなるのを堪えながら、レノは乱暴に口付ける。
このままここに閉じ込めてしまえば彼女は何処へも行けない。
どうせ逃れられぬ運命なら―――このまま二人でここで最期を迎えるのも悪くない。

悪くない…、が。
それでは………きっと彼女の心は肉体が滅びる前に死ぬのだろう。

あの時と同じように、手の届かない所で。


「………なあ、ヒスイリア。」
「…?」
「世界とか、そんなのはどうでも良い。だから……」

今度こそ―――お前の思う通りにしろ。

それだけ穏やかな声で彼女に言うと、レノは行為を再開する。ヒスイリアの身体が少しだけ震え、その頬に光るものを目にしたが彼は気付かない振りをした。

月明かりが翳り…熱い吐息の白だけが闇色の中に混じる。

その夜。
眠りに落ちた彼女が目覚める前にレノは部屋を後にした。
浅い呼吸を繰り返し、死んだように眠る彼女に彼は瞳を細めると、一つ……届かぬ約束を落とす。


『7日後――――。お前と行ったカームのあの酒場で。』


空は、ゆっくりと白ばみ始めていた。
―――――――――――
2014 05 04

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