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25背負うもの


目を開くと、眠っていたはずの砂浜でなく知らないベッドに寝かされていた。見慣れない天井。手狭な室内も全く見覚えがない。
ふと、かつての記憶が甦る。前にも似たような事があった。

そう…、確か神羅ビルに連れ戻された時の事だ。
それを思い出して、ヒスイリアの頭にふと一人の男の顔が浮かんだ。


「……レノ…。」


何もない空間に手を伸ばし、彼女はその名前を口にする。

今頃、どうしているだろう。
ちゃんと大空洞から脱出、出来ただろうか。
無事で……いるだろうか。
ぼんやりそんな事を考えていると、急に慌ただしく近付いてくる音がして彼女は手を引っ込めた。

ガチャリ、とノブを回す音がする。
彼女がそちらへ顔を向けると、赤い影が息を切らして室内に転がり込んできた。


「―――え………?」
「は……はぁっ……は………」


驚いて、彼女は呆然と暫し瞬きしか出来なかった。状況が掴めずそのまま硬直していると、頬にそっと手が伸びてくる。
間近に迫る慈しみを湛えた赤い瞳。一瞬、安堵に笑いかけたその眼は見る間の内に泣きそうに歪んだ。
彼女はそんな彼に戸惑いながらも苦笑を浮かべ…少し乱れた黒髪に優しく指を差し入れた。


「……ねえ、ヴィンセント。……こういう時…、なんて言えばいいのかな…?」
「……何も。何も言わなくていい。ここに居るだけで……それでいい…。」


生きていて……良かった。

囁かれた言葉に、ヒスイリアは微笑むと彼の首にゆっくり腕を回す。そのまま彼女が縋るように抱きつくと、その体を支えるように男も彼女の体を抱きしめた。

***

「……じゃあ、ここは貴方達の飛空挺の中なのね。吃驚したわ。少し海岸でうたた寝していただけなのに。」
「ああ。…すまない、シドが勝手に……。」
「…ううん。多分、こんな風に連れて来られなかったら…きっと会わなかったと思う。どんな顔して出て行けばいいか分からなかったし…。」


昂った気持ちが一頻り落ち着いた後。壁に背を預けて身を起こし、ヒスイリアはベッドの上で罰が悪そうに笑った。ヴィンセントは手を握ったまま、空いている方で彼女の白い髪に手を滑らせる。
色素の抜けた髪と四肢。それは、深い魔晄色の瞳をより一層引き立たせ彼女を浮き世離れさせて見せた。
心配そうに自分を見つめるヴィンセントを見て、ヒスイリアは少し困ったように肩を竦める。


「私の事ならもう大丈夫よ?…とは言っても、これじゃ説得力に欠けるわね。」
「………。」
「でも、本当よ。私はもう大丈夫。星の底で切なものを…ちゃんと見つけたから。」
「大切な…もの?」
「ええ。だから……私の事より今は“彼”を一番に考えてあげて欲しい。……クラウドには…会ったでしょう?」


彼女の控えめな問いかけにヴィンセントは小さく首を縦に振る。


「…クラウドは…元に戻るのか?」
「貴方達の助けがあれば……もしかしたら。…私じゃ、彼の身体を引き上げてくる事しか出来なかった。彼の精神に触れる事は出来なかったの。」


ため息を零しつつ、そう言うとヒスイリアは窓辺の方へ視線を投げた。瞳に映る、赤いメテオ。彼女はそれに目を細め、拳を握りしめる。
俄にきつく引き締まった横顔。
ヴィンセントはそれを見て、繋いでいた掌に少しばかり力を込めた。


「ヒスイリア。君は……」
「うん…?」

「君は……これからどうするつもりだ?」


その問いに、彼女はすぐに答える事はしなかった。
繋いでいる手を離すよう促し、床に足を着ける。その歩みはゆっくり窓際へと向かい、二重窓を勢い良く押し開けた。
流れ込む風に長い白髪が梳かされて、さらさらと音をたてて靡く。

一見、静かな夕暮れだった。


「こうして平和な場所にいても……星の悲鳴が聴こえる。世界は刻一刻と…崩壊の路を歩んでいるわ。」


彼女は淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

迷いは……無い。
どうすべきか。
自分はどうあるべきなのか―――。

彼女の中でそれは既に決まっていた。


「体がまともに動くようになったら……私はもう一度、北へ行く。その為に私は帰ってきたの。」


洗練された表情。声。眼差し。
そこに口を挟む余地は見当たらなかった。かつての彼女から感ぜられた儚げな姿はもう、どこにも無い。目の前に佇むヒスイリアは強い意志を携え自らの足で立っていた。
ヴィンセントはその姿に眩しそうに目を細めると、ゆっくりとその場に立ち上がる。


「…そうか。ならば………その時は私も共に行こう。」
「…ッ……ヴィン…」
「私も決めた事だ。例え、お前が何と言おうと………」


言いながら、ヴィンセントは静かに彼女のもとへ歩みを進めた。窓枠に置かれた手を取り、やんわりそれを包み込む。


「もう……私からこの手を離す事はしない。共に戦うのはお前の為ではない。私自身の為だ。」


愛おしげに微笑む瞳。優しさに満ちた表情に、ヒスイリアは一瞬目を見開いた後…彼の胸に頭を預けた。


「……、…ほんと……損な役回りばかりを選ぶ人ね………」


声を詰まらせながら、彼女は溢れ出そうとする嗚咽を噛み殺す。小さく震えるその背を撫でて、ヴィンセントは苦笑した。


「……性分だ。だから気にするな。私は最後までお前の味方でいたい。」


零れ落ちた暖かい涙は、赤いマントを湿らせた。
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2014 02 15改訂版up

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